『世界を変えようと思った少年』

 俺はこの世界が嫌いだ。

 皆一様に世界は裕福になったと言う。それが嘘でも見栄でもないことは俺も分かっている。

 けれど、この世界は嫌いだ。好きにはなれない。

 

 少し昔の話だ。

 と言っても十五年ほど前、俺が生まれて少しした後の話だ。

 佐々木冬至ささきとうじという名の思想家がいた。

 佐々木さんは俺と同じくこの世界が嫌いだった。いや、この表現は少し違う。

 俺は佐々木さんに感化されてこの世界が嫌いになった。


***


 『TIME IS MONEY』

 

 この言葉が現実のものになってから数十年が経つ。

 世界はもちろん困惑した。なにせいきなり意味不明なルールが追加されたのだ。

 だが、すぐに人々はこのルールの利便性を理解した。

 余っている時間。つまり余命が無駄になることはない。世界はすぐに自殺願望を持っている人々を集めた。生命エネルギー、つまりは余命を奪うためだ。

 しかし、だからといってそれを咎めるものはいなかった。

 そりゃそうだ。リサイクルと同じ発想なのだ。自殺したいと思っているなら自殺させればいい、それで世界が裕福になるのだから。

 俗にいう、WIN-WINって奴だ。最高じゃないか。


 だが、それを咎めた者がいた。

 狂っていると、否定した者がいた。

 その人こそ、佐々木冬至。世界最高の愚者であり、そして世界最高の天才だ。


***


 そんな回想を今している場合ではないことを少年は理解していた。

 けれど、回想をしたくなるくらいには目の前の現実は現実離れしていた。

 もちろん、相手の正体は分かっている。分かっているからこそ動揺している。少年の身分では会話することすら許されないほどの高貴な人物。

 

「……あなたは本物ですか?」


 少年は震える声で問う。普段は敬語なんて使わない少年でさえ、敬語で。


「きっと、そうだね。その質問は死ぬほど受けてきたから、多分間違いないよ」


 少女は頭上に五桁の数字を表示させて、少し笑いながら答える。

 それだけで、十分だった。五桁の数字を頭上に表示できる人間など世界でたった一人しかいない。

 更級華憐さらしなかれん。通称、神の子。


「更級華憐様。俺、いや僕なんかに何の用でしょうか?」


 少年は膝をつき、深くお辞儀をしながら問う。

 当たり前だ。少年の命は更級が握っていると言っても過言ではない。更級が少し苛立ち、膨大な余命で風でも吹かせれば少年の命は消えてなくなる。そんな力関係なのだ。

 

「あはは、堅苦しいなあ。君にお願いがあるんだ。川澄大河かわすみたいが君」

「俺に、お願い……?」

「そうだよ、お願い。私じゃ出来ないことを君にやってもらいたいんだ」

「更級さんが出来ないことを俺が出来る……? そんなものはありませんよ。あなたの二万年を用いさえすればどんなことだって可能なはずだ」

「無理なんだよ。だから君に頼んでる。言い方を変えようか。君にしか出来ないことがある。時がすべてを支配する世界で、その世界に抗うような君の固有の変換。私の二万年を自由に使っていい。私の目標を達成してさえくれれば、君のやりたいことに私の二万年を使ったっていい」


 少年には理解が出来なかった。神の子とまで言われている伝説の少女にさえ出来ないことが、少年に出来るとは到底思えなかった。

 けれど、神の子が自分を頼ってきている。その事実だけで十分だった。

 少年はただそれだけで突き動かされる。


「そうまでして達成したい目標ってのは何なんだ?」

「良い質問だね、川澄君」


 更級は、高い高い空を見上げながら、言った。


「私はね。私が生まれた理由が知りたいんだ。それさえ分かったなら死んだって良い」


 それは少女の本心だった。ずっとずっと昔から胸に秘めていたたった一つの願いだった。

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