第3話
「はぁ……はぁ……この森じゃないのか?」
ミレイの水晶玉が示したのは街はずれの森だった。
ここに姫が迷い込んだらしい。
似たような景色が続き、慣れていないと道に迷いそうだ。
「おーい!」
ようやく見つけた人の影を見て、ジュンヤは思わず大声を上げた。
「どうしたのー?」
声を聞いて、二人の少年が振り返った。
「この子を探しているんだけど見なかったか?」
捜索するときに必ず使っている姫の写真を見せた。
「うーん……知らないね」
「知らないね」
二人は首を横に振った。
「分かった。ありがとな」
少年たちに別れを告げ、道を進む。
「後は岩山ルートか……ヤバいな……」
木々の間から岩肌がむき出しの山が見える。
あの山は魔物が住んでいることで有名で、人はまず立ち入らない。
もし、シルベーヌがあそこに立ち入りでもしたら、ひとたまりもない。
一刻も早く姫を探し出さなければならない。
ジュンヤは走るスピードを上げた。
「ひゃあ!」
シルベーヌは岩に足を取られ、転びかけた。
慣れないことはするものではない。
しかし、目的の物はこの山にある。
見つからないと決まったわけではないのだ。
そう簡単にあきらめるわけにもいかない。
そう思った矢先、彼女は自身を覆っていた結界が消えていたことに気づく。
「嘘でしょ、魔物避けの効果が切れてる……?」
首から下げていた小瓶を取り出した。
小瓶の中身は魔物を遠ざける効果を持つハーブが入っていた。
しかし、ハーブはすでになくなっており、中身は空っぽになっていた。
すでに陽は落ち、月が昇り始めている。
夜行性の魔物が行動し始めるまで、残り時間はわずかだ。
「だ……誰か助けてーっ!」
シルベーヌの目の前はまっくらになった。
「む! 嫌な予感がする……ここでもないのか?」
ジュンヤは森から登山口に入り、道なりに進んで行った。
道はあるていど舗装されているものの、自由に動き回れるほどではない。
そのうえ、シルベーヌは山にすら登ったことがないのだ。
今頃、体力が尽きてどこかの洞窟で休んでいるかもしれない。
「けど、流石に道を外れてたら探しようが……ん?」
甲高い叫び声が聞こえ、ジュンヤは足元を見下ろした。
「きゃー! 来ないでー!」
両手を前に突き出して、シルベーヌは後ずさりする。
全身が鱗の覆われ、 右手に剣、左手に盾を装備している。
この山に住むと言われているモンスター、トカゲ男だ。
「うまそうな匂いがしてくると思ったら、お前、王族かぁ……」
大口を開け、ぎらりとした歯を見せて笑う。
下品な笑みを浮かべながら、彼女にじりじりと近づく。
「わ、私を食べたら私死ぬわよ!」
「あっはっはっは! そうだなぁその通りだ」
「わ、笑い話じゃないわよっ!」
自分でも何を言っているんだろう。
パニックのあまりに頭がうまく回っていないらしい。
「おい、そこに何があるんだ?」
上を見ると、少し離れたところでジュンヤがこちらを見ていた。
別の道を通って来たのだろうか。
「なんにもねぇーよ。ちょっと珍しい石を見つけてな」
トカゲ男は後ろを振り返り、彼に返事を返す。
「あなた、どういう……」
どうするつもりなのだろうか。
あそこからでは攻撃は届かない。
「俺はうまいものは誰にもやらないんだよ」
化け物は彼女の方に徐々に近づく。
「ひいいっ!」
「抵抗しないのか? ちょっとは泣き叫んでくれないとつまらんぞ?」
「キャ、キャアアアー!」
「そうそう、それだああーっ!」
右手の剣を振り下ろそうとした瞬間だった。
ジュンヤが助走をつけて、おもいきりジャンプした。
「スパイラルクラーッシュ!」
彼の両足がトカゲ男の頭に直撃した。
そのままばたりと倒れ、反動でジュンヤは両足で着地する。
スパイラルクラッシュというか、ただのドロップキックだ。
わざわざ名前を変えてまで叫ぶ意味もない。
しかし、このような必殺技こそ、ファンタジーな世界にふさわしい。
何を言ってもレイカが譲らなかったのだ。
「ここぞと言うときに決める技には必ず名前を設ける事」
親衛隊の規則として、本当に設定されてしまった。
しかし、こんなおふざけのような規則でも、隊員たちのモチベーションを上げるのに一役買っているらしい。
何でも、技がバシッと決まった瞬間が最高に気持ちがいいとのことだ。
確かに言われてみれば、悪い気分ではない。
というか、適当に考えたもんでも決まるとかっこよくなるもんなんだな。
目を回しているモンスターを見ながら、しみじみと思う。
「あの、ジュンヤ……どうして?」
シルベーヌがおずおずと声をかけた。
状況が今一つ、理解できていないのだろう。
「下の方を見たら魔物が騒いでたんすよ。ったく、冒険もほどほどにしてください」
「でも、これじゃああなたも遭難……」
「ほら」
彼はしゃがみ、背中を見せる。
「乗って下さい。飛びますよ」
「う、うん……」
ジュンヤは姫をおんぶして、岩山を下った。
魔法のほうきがなくても、空を飛ぶ手段はいくらでもあるらしい。
この世界に来て、初めて知ったことだった。
街に灯がともり始めた頃、二人はようやく城にたどり着いた。
王から何を言われるか全く想像がつかないが、死なないだけマシだ。
「おお、出迎えごくろーさん」
城門の前にいたレイカに片手をあげて、ジュンヤはあいさつする。
「あ、ジュンヤ! なんであなたは!」
「レイカー! ごめんなさい!」
シルベーヌはレイカの胸に飛び込む。
「じゃあ、後は任せたぜ。親衛隊隊長さん」
「ちょ、話はまだ……」
終わってないと言い切る前に、彼は逃げるように立ち去った。
追いかけようにも、姫が離れない。
レイカはためいきをつき、彼女を引きはがした。
「どうして姫は街を出たんですか」
目に涙を浮かべ、姫はゆっくりと話し始めた。
「あのね、これ……」
首から下げた小瓶を取り出した。
中には虹色に輝く小石が入っていた。
「転移石のかけら? 本物ですか? まさかこれを探しに?」
シルベーヌたちの世界から別の世界に行けると言われている石である。
その世界の名前は、並行世界や裏世界とも呼ばれている。
石の力でその世界に行ってしまった者が何人もいて、誰も帰って来なかったらしい。
どこに行くかも分からないし、一度飛ばされてしまえば、二度と戻って来られない。
シルベーヌはその力に目をつけた。
この石を使えば、レイカたちが元の世界へ戻れるかもしれない。
「私、レイカ達を早く元の世界に返してあげたいの」
姫は小瓶を彼女の手の中に握らせた。
どこまでも真剣で、まっすぐに見据える。
自分たちのためにここまで頑張ってくれた。
そう思うと、怒る気力もなくなってしまった。
「そういうのは私達がするからいいんですよ。でも、ありがとうございます」
レイカは姫の手を握りしめ、笑みをこぼした。
夜空には満月が浮かんでいる。
どこまでも白く、美しい月だ。
気を緩めた瞬間、体がどっと重くなった。
あちらからこちらへと、走り回ったせいだろうか。
「今夜も月が綺麗だねぇ……ふあぁ~あ。今日は早く寝るか……」
ジュンヤは思い切りあくびをしたのだった。
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