2巻発売記念SS:昼食(前編)

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書き下ろし2巻の発売記念に、SSを前後編として更新予定です!

2巻でも登場する新人官吏達のお話ですので、もし気になられた方は書籍の方もチェックして頂ければ嬉しいですー!

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 その日、尚書省しょうしょしょう戸部こぶの新人官吏かんり露覚ろかくは、同期である兵部へいぶの官吏・しゅうと昼食をとっていた。


「ご馳走様でした。あぁ、食べた食べたー」

「……お前は、見た目に似合わずよく食べるよなぁ……」


 箸を置き、満足気に手を合わせたしゅうを見ながら、露覚ろかくは呆れたように呟いた。

 お互い、ぜんの中はもう空だ。

 午前中をしっかり働いた後だから、露覚も結構な量を食べたつもりだったが、それでも愁には及ばない。

 小柄な身体のどこにそれだけの食事が消えていったのかと、思わず不思議になってしまう。


「そうかな? 兵部へいぶだとこれぐらい普通の量だけどね」

「そっちは体育会系だものな……」

「それそれ。なぜかそう言われることが多いんだよねぇ」


 ちょっと暑苦しいだけなんだけど……と首を傾げながら、膳の外にまではみ出していた皿を手に取り、重ねていく愁。

 傍で見ている分には、熱血漢な兵部へいぶ尚書しょうしょを筆頭にして、全員が肉体派の官吏ばかりだというのが兵部の印象だった。

 穏やかながらも能吏な戸部こぶ尚書しょうしょが率いる、文化人ばかりの戸部とは対照的である。


「体格だけなら露覚も兵部に向いてると思うよ。兵部尚書も戸部に取られたーって残念がってたもんー」

「……やめてくれ」


 兵士でも通じるぐらいの上背を茶化され、あまり動かない表情筋を総動員して苦笑する。

 長身を生かすことのない猫背気味の姿勢は、露覚の慎重すぎる性格を表していると言っても過言ではない。……つまり、体育会系の兵部には、性格的についていけないだろうことが明白なのだ。

 愁が言った『体格だけ』というのは、同期ならではの遠慮のない冗談だった。


「あはははは。でもその身長は本当に羨ましいんだけどなぁー」

「そうか……?」

「だって女の人って、背が高い人の方が好きでしょう……?」

「…………」


 そう言って口を尖らせる愁に、思わず口籠る。

 愁の場合、身長が高くないという以前に、今のような子供っぽい言動を、女官たちに可愛がられているのだが……本人的には不服だったらしい。

 あまり気の利いたことを言えない露覚は、何と言ってあげれば良いの分からず、真顔で静止してしまう。

 ……と、その時、


「――白湯さゆのお代わりは如何かい?」


 小さな銚子やかんを片手に持った、恰幅かっぷくの良い女官が近づいてきた。食事処を任されている、厨房担当の才葉さいようだ。

 人好きのする笑顔で、露覚たちの手元にある空になった湯呑みを示している。


「あ、有難うございます、頂きます」

「はぁい、どうぞ。ついでに膳を下げさせて頂きますね」


 てきぱきと白湯を注いでくれた才葉は、そのまま流れるような動作で露覚の膳を持ち上げた。

 それを思わずぼんやり見送ってしまいそうになった露覚だったが、ハッと我に返って慌てて手を添える。


「すみません、手伝います……!」

「いいわよぉ、ゆっくりして下さいな」

「いえ、これぐらい……」

「え、なら僕も持って行きますよ」

「あらまぁ、お二人とも。助かりますわ」


 露覚と愁が次々に立ち上がれば、才葉は驚いたように目を丸くし、そしてニッコリと笑った。


「そこの台の上に置いといて下さいな」


 才葉の言葉に頷き、膳を持って行く。

 慣れない事をしているのは、自覚していた。官吏になるために勉学ばかりに励んでいたせいで、こういうことは非常に苦手だったのだが、少し前、上司の行動に感銘を受けた露覚は、見習ってみようと思ったのだ。

 付き合わる形になってしまった愁には申し訳ないが、何事も経験だろう。

 器を滑らせないよう慎重に歩き、そっと台の上に置いた露覚。

 よし、ちゃんと出来たぞ、と思いながら顔を上げれば、目線の高さにある小窓から、奥にある厨房が見えた。

 調理が一段落したようで、片付けを始めているらしい。

 そういえば殆どの官吏たちが食事を終えている頃合いだ。露覚らのように、食後の時間をゆったり過ごしている者はいるが、箸を動かしている者は見当たらない。

 ……のだが、ふと配膳用の机に視線を向ければ、料理が盛られたまま手付かずの膳が置かれるのに気付いた。


「……あれは……」

「――あら、今日はまだ来られてないわねぇ。紗耶さや様の分ですよ」


 思わず疑問の声を出していたらしい。心配だったのか、後ろを付いてきていた才葉がさらりと答えた。


戸部こぶ侍郎じろうの……?」


 まだ食事をされていないのか、と眉を寄せた露覚。

 戸部の若き次席であり、内外で『氷華ひょうか』として名の通った露覚の上司だ。普段から忙しいのは当然知っている。だからこそ、食事はしっかりと取って頂かないと倒れないか心配だ……なんて考えていたのだが、しかし、愁が抱いた感想はそこじゃなかった。


「え。戸部侍郎、これだけしか食べないんですか?」


 嘘でしょ、と信じられない様子で膳の中を覗き込んだ愁。

 というのも、皿の数は露覚と同じなのだが、どれも控えめすぎる量しか盛られていないのだ。愁の半分どころか、露覚の半分程度にも見えない。

 時々、戸部侍郎が食事をされているところを見かけて、少な目だなぁとは思っていたが、改めて愁に言われると心配になる量だ。


「そうですわね。紗耶様は少食な方ですから、いつもこのぐらいをご所望されるのよ」

「いやいや! 女性だってもっと食べるでしょう? うちの姉なんか僕と張り合うぐらい食べるもんだから、家族が揃った食事はいつも争奪戦で……」


 驚いた勢いのまま、女性が好まないだろう話を暴露し始める愁に、才葉は、あちゃーと言わんばかりの表情で額に手を当てた。


「……全く……これだから愁様は……。乙女心を知りたいのなら、もう少し周りを見なさいな」

「あ……うぅっ……胸に刺さります……」

「ほら。入り口を清掃している子がソワソワしだしたわよ」


 何を呆れられたのか理解した愁が、涙目で胸を押さえる動作をするが、才葉はあっさりと無視して楽しそうに扉の方を顎で示した。


「……え、そうですか?」


 突然何だ、と愁も振り返ったが、すぐに首を傾げる。

 露覚も同じように確認したが、若い女官が扉付近を丁寧に清掃しているようにしか見えなかった。

 何が言いたいのか、と才葉に視線をやる。


「何かあるのでしょうか……?」

「見ていればわかりますよ」


 ふふ、と小さく笑って、何故か厨房に繋がる小窓に顔を向けた才葉。

 そして、


「汁物、温め直しておいて!」


 威勢よく中の人間に声を掛けると、戸部侍郎のものだと言った膳を手元に引き寄せ、箸や湯呑みなんかを綺麗に並べ直し始めたのだ。

 まさか……? と思い、再び扉の方へと視線を戻せば……、


「――あ、戸部侍郎! どうぞこちらのお席に……!」

「遅くなってすみません。有難う」


 若い女官が頬を上気させて案内するのは、白すぎる金髪を片胸に垂らした涼やかな表情の美貌の官吏、戸部侍郎その人だった。




<後編に続く……>




***

2巻では店舗特典SSを2本書いております。

その他、アニメイト様ではB6サイズビジュアルボードの特典もありますので、宜しければ☆

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