ショートストーリー

2巻発売決定記念SS:初対面

完全書き下ろし2巻の発売決定記念SSです。

(1巻もKADOKAWAブックス様より好評重版中です!)

書籍版では専属宮女・李琳を加筆しており、Web版との相違点を埋めるためのSSとなっております。

書籍版読者の方にも楽しんでいただけるようにはしておりますので、宜しければどうぞ↓↓

――――――――――――



SS-6 初対面


「初めまして、紗耶さや様。本日より専属宮女として拝命いたしました、李琳りりんと申します。精一杯ご奉仕させて頂きますので、どうぞ宜しくお願い申し上げます」


 紗耶の目の前で、叩頭こうとうしながらハキハキと挨拶をしたのは、金髪を愛らしくおかっぱにした小柄な少女だった。

 まだ見慣れない後宮のみやの中で、宮女服をサラリと捌いて平伏した少女に、紗耶は唖然として固まる。


「……え……あ……いや、まずは頭を上げて……え……?」

「お許し、有難うございます」


 紗耶の困惑を他所に、ニコリと完璧な微笑みで顔を上げた、李琳りりんと名乗った少女。

 そのあまりの人懐っこい笑みに、思わずほんわかと笑みを返してしまった紗耶だったが、


「いや、違う。なに、どういう事……?」


 こちらを見上げたまま、若干ホッとした様子の李琳りりんから視線を外し、その隣に立つ宦官かんがんに問いかけた。

 彼は内侍省ないじしょうに属し、後宮の運営の為あらゆる範囲に及んで仕事をしている官で、少しお話が、と、李琳を連れて紗耶のみやを訪ねてきた張本人なのである。


「はい。そこの李琳は本日付で紗耶様の専属宮女として任じられた者です。若輩者じゃくはいものではありますが、働き者で身元も確か、どうぞ使ってやってくださいませ」


 淡々と紹介して頭を下げる宦官に、更に混乱する紗耶。


「そ……んな話、ありましたっけ……?」

「お伝え出来ていなかったことは申し訳ございません。ただ、陛下より宮をたまわれている特別な妃嬪の方々にご不便をかけては、後宮の威光が陰ってしまいます。どうぞご容赦頂き、李琳をお使いくださいますようお願い申し上げます」

「……え……いや、でも……」


 それは個人的に凄く不都合が……色々と……あるんですけど……。とは言えない事情が辛い。


「この李琳は、そろそろ紗耶様に宮女をお付けしなければ、と考えていた矢先に、熱烈に志願してきた者です。きっと紗耶様の良いように動いてくれることかと存じます」

「え、志願?」

「はい、それはもう何度も。……ご面識があったのでは無いのですか?」

「……ありましたっけ……?」


 この世界に迷い込んで五年、後宮か尚書省の中でしか生活していない紗耶としては、その中のどこかで知り合っただろうか……と記憶を辿る。……が、そんなすぐに思い出せるぐらいなら最初から気付いているはずで、案の定思い当たる節が無く、どうしようかと焦る紗耶。


「……えっとー……」

「――あの、以前に助けていただいた事があるだけで、ご面識など滅相もないことです。李琳が勝手にお姿やお見かけする場所で、紗耶様の事を知り、お慕いしていただけですので……」

「お慕い……いや、助けたって、何かあったかな……?」

「はい。紗耶様にとっては大したことではなかったのかもしれませんが、李琳は大変救われたのです。ですから是非、紗耶様のお側で働かせて頂きたいと直訴いたしました。ようやく叶い、こうして機会を頂けて大変嬉しく思っております」


 ニコニコと話す李琳を前に、全く思い出せない紗耶は内心更に焦る。

 そんな大事なことをしたらしいのに全然覚えていないなんて失礼過ぎるだろう。いや、まさかと思うが人違いの可能性は……。


「今日は一縷いちる様はおられないのですか?」


 青く輝く綺麗な瞳で、宮の中を見渡す李琳に驚く。


一縷いちるのことも知ってるの!?」

「勿論でございます。一縷いちる様とご一緒におられるところを拝見しておりましたから。あ、動物が苦手といった理由で辞することもありませんので、どうぞご安心くださいませ」


 そりゃ安心だわ……じゃなくて……。

 一縷のことも知ってるなら人違いじゃないのか。いや、過去の私は何をしたんだ、本当に……。


「李琳もこう申しておりますので、紗耶様が大事になされている一縷様のお世話も問題ございません。宮女としての適性につきましても、厳しく確認し精査しております。働きぶりに問題がございましたら交代・人員の追加も検討いたしますので、その際はお申し付け頂ければと思います。……ですのでまずは、どうぞ家具や空気と同等にお考え頂き、お側においていただければと思います」


 淡々とした宦官の言葉に、これ以上何を言おうが無駄だと察する。

 後宮の妃としては鷹揚に受け入れるのが正しい振る舞いなのだろう。あまりゴネると李琳の立場が悪くなりそうで、自分の妃としてのしがらみを思い出して溜息を吐きたくなる紗耶。


 なんて面倒な事態に……とは思うが、この子に一切の非がないのは事実だ。


「誠心誠意努めさせていただきます! もし至らない点がございましたらすぐにご指摘くださいませ。ご快適に過ごしていただけるよう、全力で改善させていただきます」


 絶対自分より年下だろう少女に、ここまで健気な言葉で宣言されてしまえば、もう紗耶としては受け入れる他なかった。

 常に刺々しく当たってくる妃達や、意見の擦り合わせが上手くいかない官吏とのバトルなんかだと、遠慮する事なく物申せるのだが、こう下手に出られると調子が狂って仕方ない……。


 とはいえ、これを前例として、今後もこうやって勝手に人員を増やされたり、宮を大きくされるのは困る。

 平穏(……?)な官吏ライフが崩れ去ってしまうかもしれない不安要素は、すべからく排除しなければならないのだ。


「分かりました。……ですがこれ以上、人手を増やしたり宮を大きくするつもりはありませんので、今回限りとしてください」

「ご理解いただき有難うございます。紗耶様のご意向は頂戴いたしましたので、そのように配慮をさせていただきます」


 宦官が事務的に説得の定型文を披露してくれたが、後宮において、そんな配慮があってないようなモノだということは重々承知している紗耶。


(ここで言ってもどうにもならないことは分かっているけれど、でも念の為に伝えておくことは大事……ということで……)


 上の言葉が絶対の環境において、あまり不満を表して目を付けられたら、それこそ面倒だ。

 せっかく目立たず表に出ることもなく、ここまで快適な環境を作ってきたのに、最近はどうしてこうなった……。


(ま、何かあれば陛下に直訴するっきゃないか……)


 郷に入っては郷に従え。何とかなるさー精神で、目の前の李琳に向き直る。


「……では、これから宜しくお願いします。……えぇと、李琳、さん……?」

「っ、李琳、と。まかり間違っても紗耶様付きの宮女である私に、丁寧なお言葉はお止めくださいませね」


 紗耶を見上げる姿勢のまま、ぱぁああっと喜色を浮かべた李琳だったが、すぐににっこりと笑って放った言葉は、結構はっきりと遠慮がない。

 あ、この子見かけによらずヤリ手かもしれない……なんて。


 ……戦々恐々とした時も、ありました(過去形)。




「えと…………では……要約すると、紗耶様は密命を帯びて、日中は陛下の為に官吏の姿でお助けをしている……というわけですね!!」

「…………へっ!?」


 両手を顔の前で合わせ、目をキラキラと輝かせて詰め寄ってくる李琳にたじろぐ。

 話さないわけにはいかないだろう、と数時間様子を見てから、恐る恐る婉曲に、日中後宮を不在にすることを伝えてみたのだが……何故かとてもノリノリで話を聞いてくれた挙句に、ちょっと斜め上な感じで誤解されて、声が上ずった。


 いや、まぁ……ある程度概要としては間違っていない……のか……?


「こんな後宮の外れにある小さな宮で、大型の獣とお二人で過ごされ、しかも殆ど外に出てこられない不思議な方だとお聞きしていたんですけれど……そんな素晴らしいお役目があったのですね! お部屋にも難しそうな書物ばかり……感服いたしました!」

「え……うん……ありがとう……? あの、でもほんとこの事は内密に……」

「勿論でございます! 私、紗耶様のような方が上に立ってくださればと思っておりましたので、お支えし甲斐がございます!」

「いや、そんな言うほどのものじゃなくて……」

「――それ以上のお言葉は不要でございますっ! 密命ですものっ、李琳などに話して良いわけがございません」

「…………えーっと……」


 何故か頰を紅潮させ、恥じらうように、だが興奮を隠せないテンションで顔を覆う李琳。

 今の説明のどこにそんな楽しい要素があっただろうか……と思いつつも、肯定的に受け入れて、協力してくれそうな雰囲気は有難い。


「あぁ……っ、陛下もそんな……紗耶様をお側に置いておきたいからって……っ」

「…………?」

「質素な衣の庶民だから表に出てこないと見せかけて……もうっ、誰にも知られたくないなんて独占欲じゃないですかっ。実は日中ご一緒だなんて……っ」

「……あれ、なんかちょっと意味が……」

「李琳は紗耶様に尽くし抜く覚悟で志願して参りましたっ! この秘密は墓場までも手放す事はございませんので、どうぞ日中のことは李琳にお任せくださいませ!」

「あ……うん、それはとても有難いです……」

「紗耶様がお幸せであれば、李琳は感無量です……っ。全力でお手伝いさせて頂きますね!」


(あ、やっぱり違う。盛大に違う)


 この微妙にズレた認識をどうしたものかと、数秒……。


「まぁっ、紗耶様は官吏の衣までご自分で!? まぁまぁまぁ……っ!! そんなのこれからは李琳がお支度させて頂きますからっ。当然、何か夜にございましてもすぐに整うように準備を――……」


(うん…………ま、いっか。害はない)


 李琳の仕事ぶりは恐ろしく早く完璧で、たった一人で、宮を持つ妃の専属宮女として配属されるだけあるのだが。

 その天然っぷりに紗耶が振り回されるようになるまで、当然、時間はかからなかった。


 そして湯浴みの時間になり、結っていた紗耶の髪を手に取った李琳が、声を上げて腰を抜かしたのもまた、当然だった。



<完>



――――――――――――

お読み下さり有難うございました!

実は今回でSSは6本目になります。

ちょっとずつのお話ですが、楽しんで頂けていたら嬉しいですー。


↓過去のSS履歴↓

SS1-露覚の同期(メロンブックス様限定SS)

SS2-李琳の日常(TSUTAYA BOOKS様限定SS)

SS3-踏青の職域(ゲーマーズ様限定SS)

SS4-とある売り子の話(重版決定記念:カクヨムフォロワー限定メール配信)

SS5-李琳の衣替え(重版特典応援店舗限定SS)


では、もし機会がございましたらまた!

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