第67話
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長くなったので2つに分けました。
既にお読みくださった方には紛らわしくてすみません><
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「……
「なっ……なんですかっ、お前、こんな場所で……!」
貴女こそこんな所でどうしたんですか、と聞こうとして、その姿に口を噤んだ。
亜麻色の髪に紺碧の瞳を持つ美少女は、実家の騒動を耳に入れた筈だろうに、煌びやかな絹の衣と玉のあしらわれた帯を巻き、髪に生花を挿した絢爛な装いは変わらずだった。それはまぁ良い。その手に、大振りの籐の籠を持っている以外は。
「こ……この籠は別に……少し実家の梅が漬かりすぎてしまったから、処分しようとしていただけよっ。不敬だわっ、頭を下げなさい!」
聞いてもいないのに、沙耶の視線に気付いた
やはりそうか、と落胆する。
今、彼女は、抜け穴を使って梅の実を後宮の外へ運び出そうとしていたのだ。漬かりすぎていようが腐っていようが、何も知らなければ全て女官任せにするだろうに、わざわざ彼女自身が証拠隠滅に動いているのだ。あの時、抜け穴で拾った梅も、これが真相なのだろう。
「なによっ、頭を下げなさいと言っているでしょう!? それとも何? 陛下に呼び出されたからって、私と張り合おうなんて思ってるのかしら? そんな見窄らしい格好で?」
口汚く罵っているつもりだろうが、滲み出ているのは焦燥だ。やましい場面を見られたことへの焦りと、崖っぷちの現状が、彼女の心を乱れさせているのだろう。
「私はもうじき四夫人に入るのよっ。陛下にもお呼び立てして貰ってご挨拶出来た……垂氷様だって降格したし、席は空いたのよっ。そのために……っ」
「――その為に、梅の蜜と称したお酒を振舞われたんですか」
「…………っ!?」
ばっと顔色を変えた
愛らしい唇がわなわなと震え、どさりと取り落とした籠からは梅の実が数個転がっていく。かと思うとキッと睨みつけ、つかつかと歩み寄りながら右手を振り上げ――、
「っ……ひっ……!」
「……一縷……」
平手打ちしようとした体勢のまま、恐怖の表情で固まった
しなやかな肢体で音もなく跳躍してきた一縷は、その静かな眼差しを、
「一縷、いいよ、大丈夫」
彼女に出来ることなんてもう、沙耶を平手打ちするぐらいしかないのだ。……だって今もなお、梅の実を処分するぐらいに、梅酒を漬け続けているということは、もう誤魔化せる量ではないのだろう。
沙耶の制止に素直に頭を下げた一縷は、するりと足元へとすり寄ってきた。暖かい毛並みを撫でながら、沙耶は再び口を開く。
「強いお酒を大量に振る舞われた
「……騒がしい事をしたのは
「でもお酒だと知って渡したのでしょう? あわよくば自滅すればいい、と」
「毒味役だって同じ壺から確認したわ。お酒だと分かったなら忠告するでしょう?」
「そこが疑問だったんです。でも、やりようはいくらでも考えつきます」
これまで見かけた沙耶と違い、一縷を従えて凛と佇む姿に圧倒されたのか、一歩、
「一番簡単に思いつくのは、毒味役の買収」
「……はんっ、ありえないわ。
「では、梅の蜜の糖度の高さを利用した方法は如何でしょう。本来のアルコール発酵していない梅の蜜を水で薄め、濃度を下げたものを、壺の上澄みに流し込んでおく」
「…………」
「これなら、毒味役への一杯として上澄みをすくって差し出せば、単純に飲みやすい梅のジュースですね。きっとすっきりと清涼感があって美味しかったでしょう。……毒味役の方に、梅の蜜を飲んだ感想をお聞きしても?」
「…………っ」
悔しそうに顔を歪める
であれば。
これ以上、不穏分子を後宮に居座らせる気はない。
ここは陛下の安息のために在るべき場所なのだから。
「今なら、後宮を辞することも容易と思いますよ」
生家が失脚した今ならば、と暗に促せば、真っ赤な顔で怒りを露わにした少女。
「この私にっ、出家しろと!? お前みたいな卑しい庶民が、なんて口を利くのっ!!」
怒り心頭の彼女には、一縷への恐怖心なんてすっかり消え失せてていたのだろう。大きく振り上がった右手に、撫でていた毛並みがピクリと反応したのは気付いたが、あえてそのまま平手を受けた。
パシリ……ッ!!
乾いた音とともに頰が熱くなり、ジンジンと痺れる。
(……可愛い見た目に反して、結構重たい一撃だわ……)
左手で頰を抑えながら、荒々しく呼吸する目の前の少女に視線を戻した。
ひたり、と見据える視界の端に、影が落ちる。
「……ぇ……うそ…………そんな……」
頭を戻した拍子にするりと滑り落ちたのは、髪を隠していた布だった。
「嘘よ……そんな、そんな髪色……瞳が黒いだけじゃ、ないの……!?」
信じられないものを見るように、沙耶を叩いた右手を抱えながら後ずさる
沙耶は悠然と落ちた布を拾い上げ、慣れた仕草で再び髪に巻き直した。
「今なら、私からは何も言いません。貴女も、私のことは言わないでくださいますよね」
彼女のプライドの高さであれば、自ら敗北を認めるようなことは決して口にしないだろう。格下だと思っていた沙耶が、黒々と美しい髪を隠していたなんて、絶対に認めたくないに違いない。
「いや……嘘よ……御即位されても全然、瑞兆の気配はなかったんだもの……。今上陛下には『月輪の君』は遣わされなかったって、聞いたもの……。知っていたら、そんな……きゃっ」
首を左右に振りながら後ずさっていた
そのまま、へたり込むように沙耶を見上げる。その眼差しは、憑き物が落ちたように消沈していた。
「…………後宮を、辞します」
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