第60話
「
「そうだ。間違っても聞いたことねぇ、なんて言うんじゃねぇぞ」
恫喝するような言葉に、不謹慎にも乾いた笑いを堪える。
いやいや、知ってますとも。
ご当主もご息女も、よぉっく存じております。
(ていうか、砂糖を扱う貴族なんて
あの当主の強引で贅沢な様子を見れば、非情な手段を講じる事も考えられるとはいえ、順調に大きくなっていた事業をそんな形で壊すなんて理解に苦しむが……。
「普段は気前の良い方だが、怒らせるとバッサリだからな。容赦しねぇよ。今年だって不作のサトウキビを――……あー、この話はやめとくか……」
「え、不作だったんですか?」
サトウキビが不作だったなんて、そんな話は聞いたことがない。あの当主だって恐ろしく景気が良さそうだったし、
……しかし、さっきの書き付けにはそれが数字として現れていただろうか……?
「ま、今年は寒くて、虫もよく出たからな……って、そんなこたぁいいんだ。時間がねぇ。さっさと――」
「――でもここにあるだけで凄い数の壺ですよね。全部お砂糖が入っているんでしょう?」
「そうに決まってるだろっ。余計な話をすんじゃねぇ! いいからその書き付けを――」
――ドンドンドンッ!
「すいやせん、入りやす! 下働きの女を連れてきやしたー!」
苛立ち始めた砂糖商の言葉を遮って、不調法に扉を叩いて入ってきたのは、番兵ともう1人。沙耶に湯を持ってきてくれた、あの金髪をひっつめた女性だった。
口元を衣の袖で覆い、悪臭に顔を顰めながら中へと足を踏み入れた女は、室内に佇む沙耶を見つけて、あからさまに目を泳がせた。
「……あ、あの……お呼びで……」
「あぁっ!? お前、こいつをちゃんと部屋に閉じ込めとけよ! 姐さまが何を言ったか知らんが、これはお屋形様へのご献上品だぞ? 勝手をすんじゃねぇ!」
苛立ちをぶつけるように乱暴に言い放ち、しっしと手を振った砂糖商。
女はその指示に酷く動揺した様子で、沙耶と砂糖商を見比べる。
「どうした。さっさと連れて行け」
「あ、はい……あの……っ」
「なんだっ、時間がないからさっさと――」
ピィィイイイイイイイ……ッ!!
怒りに声を荒げた砂糖商の言葉は、今度は突如鳴り響いた警笛にかき消された。
「…………?」
「っ……まずい……。おい、急げっ! お前はその書き付けをさっさと寄越すんだっ!!」
瞬間、顔色を変えた砂糖商は、どうしていいかわかっていない部下達をよそに、何度も扉を振り返りながら沙耶へと詰め寄った。
無理矢理にでも書類を奪い返そうと、逃げる沙耶との攻防戦を繰り広げる砂糖商だったが、意識は常に扉……いや扉の外に向いているらしく、しきりに背後を振り返っては焦燥感に顔が歪みはじめた。
「くっそっ。時間が……っ」
「どうしたんですか、さっきの音は?」
「うるせぇ!! いいからさっさと渡せっつってんだろっ! 読めもしねぇ書き付けを持って、どうする気だ!?」
「警笛ですよね? 何か起こったんですか?」
「あぁあめんどくせぇなぁ! じゃあいいっ、お前もここに閉じ込めるぞっ!」
書類を体で隠し続ける沙耶に、ラチがあかないと判断したらしい砂糖商は、扉を気にしつつも最大限の脅し文句を口にした。
……筈だったのだが。
「……あぁ、時間がないんですよね。――腐肉を漁る、魔獣が来るから」
「…………!?」
「ここに閉じ込める、ってことは、お砂糖でもくださるんですか? ……冥土の土産に」
「…………っ……」
ひらひらと、一枚の書き付けを手に艶やかに笑う沙耶を、誰もが呆然と見つめた。
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