第59話
「――ほぉ……こんなところにネズミが入りこんでたか」
(やってしまった……っ)
書類の数字に夢中になりすぎて、思わず身を乗り出しすぎたらしい。
頭上から聞こえた声に、恐る恐る振り仰ぐと、
「やぁ、もう1人のお客人。……せっかく部屋を用意してやったんだが、気に入らなかったのかな?」
あからさまに見下した表情の砂糖商が、すぐ背後に立っていた。
「…………っ!」
「衣も出しとけと言ったんだがな、着替えてないのか? ん?」
絶対的優位な立場の砂糖商が、揶揄するように笑う。その奥には、焦ったように口を開けてソワソワする
思わず肩を揺らして驚いてしまった沙耶は、動揺を隠すように低く息を吐いてから立ち上がった。
「……ちょっと、散歩に出ただけですよ。姐さまが、お許しくださったので」
「姐さまだと……? ちっ……あんのアマ……」
沙耶の返答に、小さく吐き捨てた砂糖商。すぐに振り返ると、番兵の1人に、女手を呼んでくるように指示を出した。
「迎えを寄越すから、おとなしく部屋に戻んな。こんな臭ぇ場所、長居したくねぇだろ?」
「私は、解放してもらえないのですか……?」
「あー……そりゃ、お前、捨てるには勿体ねぇからな」
そう言って下衆に笑いつつ、
「…………!? っなぜ、また閉じ込めるんですか!?」
「まぁ待ちな。その時になったら勝手に開くから安心しろよ」
「勝手に……?」
自動ドアじゃあるまいし、どういう意図なのか全くわからない。しかし砂糖商はそれ以上の回答を拒むように手を振ると、
「いいから。……それよりもその手に持った書き付けを寄越しな。お前みたいな女には、意味なんてわかんねぇだろ」
そう言って向けられた手。
それは沙耶が無意識に掴んでいた、砂糖商の書類の束だった。せっかく見つけた証拠を手放したくなくて、思わず拾い上げていたらしい。
沙耶は素直にその言葉に従おうとして……、
「……お屋形様って、どういう方なんですか? 私、お名前も知らないので、心づもりが……」
あえて砂糖商の要求を無視して胸元に抱え込むと、部屋に戻り渋るように一歩引いた。
時間がないのだ。ここで書類を手放して、次に見つけられる保証もない。読めないと思われているならそのまま、ついでに家名でも聞き出せれば万々歳だ。
しかし、聞こえなかったフリで誤魔化せるかは微妙なラインだった。
「……はぁ……これだから女は……。……お屋形様は、
溜息と共に面倒そうに頭を掻いた砂糖商。どうやら彼は、沙耶が侍るかもしれない相手に怯えていると解釈してくれたようだ。
説得するような言葉に、かかった……という本音は隠して、心細そうな様子を続ける。
「……そんなに有力な方なんですか?」
「そうだ。少し前なんて、お屋形様のご息女が後宮に召し上げられたんだぞ。このままいけば、ゆくゆくは皇妃となって国母にもなれる
「…………!?」
後宮……? 皇妃……?
そんでもって、少し前に召し上げられた
「
居丈高に言い放った砂糖商の言葉に、沙耶は口をあんぐり開けたいのを、なんとか堪えたのだった。
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