第58話


「っ、くっせぇな……おい!! 全然ちゃんと閉じられてねぇじゃねぇかっ!!」



 バタバタと室内へ踏み込んできた男達は、死骸の入れられた箱が目的だったらしい。沙耶はしゃがみこんだ状態でそっと顔を出して、木箱を確認する男達を目視した。




「あれ、ちゃんと蓋したと思うんすけど……」

「これじゃ臭いがダダ漏れじゃねぇかっ!! 魔獣の嗅覚を考えろっ!!」

「え、魔獣っすか?」

「ぁあ〜〜もういい! さっさと壺を中に入れろっ!」




 檄をとばす男の言葉に、連れて来られた男が2人、再び扉から出て行った。その衣は陛下が着ていたものと酷似している。会話の内容からしても、先ほど沙耶達が出会った番兵の2人だろう。


 対して残った男は薄気味悪そうに木箱から離れると、牢の中を覗き見た。


 ――燭台に照らされて見えた横顔は、沙耶達を連れてきた、あの砂糖商のものだった。


「よぉ、大人しくしてるな」


 気安く声を掛ける砂糖商に、座り込んだまま胡乱な眼差しを返す来趾らいし


「……そう思うんならこんなところ、早く出してくれませんかね」


「ふんっ、そうだなぁ……本当ならゆっくり話し合いでもする予定だったんだがなぁ。……ここを使う事情が出来ちまったんだよ」

「…………?」

「すぐにでも出してやるよ。土産に砂糖も渡してやろう」

「は…………?」


 突然の解放宣言に、唖然とした顔の来趾らいし。そりゃあそうだろう。あんな無理やり、わざわざ時間をかけて連れてきたにも関わらず、こんな簡単に解放するなんて、意味がわからない。しかも砂糖を土産に、だなんて、どんな冗談だ。


 燭台の光が小さく揺らめき、砂糖商のニヤリと笑う顔に陰影が落ちる。


「どういう、ことですか……?」

「なぁに、そのままの意味さ。こんなくせぇ場所に閉じ込めて悪かったっていう、詫びの品さ」


 やはりどこか大仰に、含みのある言い回しをする砂糖商に、困惑顔の来趾らいし。砂糖を欲していた彼だから、貰えるというなら喜んで頂くだろうが、何か裏があるような言い方が気になる。

 来趾らいしの警戒する姿に、砂糖商が鼻で笑ったかと思うと、背後の扉を振り返った。


「――おぉ、あそこに並べろ。扉はさっさと閉めろよ」


 男達が戻ってきたのだ。2人とも両手に壺を抱えている。……あれは確かに、調味料店に卸しにきた時に、砂糖を入れていた壺と同じものだ。


(まさか、本当に……?)


 本当に砂糖を渡すつもりなのか? と呆然と見つめていれば、いつの間にか壺が10数個、来趾らいしのいる牢の前に並べられた。しかしそれでもまだ不足だったのか、男達は追加の壺を取りに出て行く。


 しっかりと扉が閉められた事を確認した砂糖商は、所在無げな来趾らいしを無視して、懐から紙の束を取り出した。

 燭台の光に近づけて、何かを確認する砂糖商。

 ペラペラと何枚かに目を通しているうちに、再び扉が開いて男達が追加の壺を並べ始める。


「……あ、あの、これは……?」


 とうとう我慢できずに来趾らいしが問うと、砂糖商は男達に牢のかんぬきを外させ、扉を開いた。


「砂糖だぜ? 欲しかったんだろ?」


 そう言いながら、壺を牢の中に運び入れさせる砂糖商。その様子に一層困惑する来趾らいしだったが、1つの壺の封が開けられると、驚いたように目を見開いた。


「これっ……本当に、お砂糖を下さるんですか……?」



 沙耶の位置からは見えなかったが、中には本当に砂糖が入っていたらしい。来趾らいしが驚愕の眼差しで砂糖商と壺の中を見比べている。


「あぁ、やるとも。土産に、な」

「……こんなにたくさん、ですか?」

「牢の中に入れたやつは、好きにすればいい。土産だからな」


 そう言ってまた嘲笑うように口元を歪めた砂糖商は、再び封をした壺を並べ直すと、牢の外に出て、残りの壺を仕分け始めた。

 これはココ、それは向こう、こいつは牢の中でいい、と、細かく男達に指示している。出荷前の砂糖を倉庫に置きにきた、というには少し不思議な光景だ。


 ……なにより、気になるのは、音だ。


(若干だが、重たく鈍い音と、軽く響く壺がある……)


 軽微な差はあれど、運び込まれた壺は全て同じ種類である。殆ど重さだって変わらないだろうに、沙耶の耳には2種類の音が聞こえていた。


(軽い……中身のない、空の壺がある……?)


 しかも、その数の方が圧倒的に多い。来趾らいしに中身を見せた壺以外には、数個しか重たい音はしなかった気がする。だが、全ての壺は同じように封がされていて、一見して違いはわからない。

 実際来趾らいしは、全ての壺に砂糖が入っていると勘違いしているように見える。


 ……これじゃあまるで、全ての壺に砂糖が入っている、と偽装しているみたいだ……。


「その壺はこっちでいい……ぁあ、とりあえずその木箱をこっちに避けてから……違うっ、こっちだ、貸せっ!!」


 カリカリとした様子で紙束を握りしめていた砂糖商は、何かの指示が通らなかったのか、紙束を置いて自らも壺を動かし始めた。それはちょうど、沙耶が身を潜めている荷物類の、すぐ隣だったのだ。


 一瞬、声を荒げながら近づいてきた砂糖商に身を竦めた沙耶だったが、たちまちその意識は、目の前に置かれた書類に奪われた。


(……これ……収支の書き付け……っ!?)


 悪筆で書き殴られているが、これは間違いなく、砂糖商が管理している砂糖についての詳細な記録だった。今、一番確認したかった情報の1つ。


 沙耶は見つからないようにしながらも、必死に目を凝らし、その内容を記憶していく。


(……なに、この二重になった数字……獣害が起こらなかったら、っていう予測の数字?)


 数カ月にわたって記載されている数字には、途中から明らかな修正が入って、2種類の数字が管理されているように見える。


(次の書類も見たい……)


 見えているのは1枚だけ。その下にもまだ沢山の証拠があるはずだ。


 沙耶は思わず、そっと指を伸ばして、1枚目の紙をずらした。




(こっちの数字だと獣害なんて殆ど影響してない……領主にちゃんと納めて……え……?)



 次の書類を見ると、今度は獣害の補填がどちらの数字にも加算されている。ということは、この片方の数字は、獣害が起こらなかったら、という可能性の話じゃない。


(帳簿の二重管理……? 砂糖は、魔獣の被害を受けていなかった……?)


 恐ろしいスピードで書類を目で追っていく沙耶。


 そしてまた、次の1枚……と指を伸ばし……、


「――ほぉ……こんなところにネズミが入りこんでたか」



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