第52話
***
夜風は思いの外、寒かった。
はじめ廊下に出た沙耶は、指示書や収支一覧が保管されているような部屋は無いかと探したのだが、徐々に人の気配が濃くなり、あまり奥まで足を踏み入れることが出来なかった。階段も気にかけていたのだが、
結局、すぐに庭へ身を隠すことになり、そのまま屋敷の外周を歩いている。
(うーん……そりゃあ虜囚を閉じ込めておく部屋なんて、屋敷の深部からは遠いよね……)
思ったよりも広そうな屋敷は、月夜の綺麗なこの時間になっても、深夜番がしっかりと立っているのだから侮れない。これが別宅であるということを考えると、それほど手厚く人が雇えるぐらい余裕のある家格なのだ。『今は大変な時』だと聞いた気がしたが、大した逼迫感は感じない。
(…………
ふと、
思いつく貴族は何人かいるが、素直に国の援助を請えない理由は全く思い浮かばない。
ここまで来ると魔獣の被害は確かにあったように思えるし、大きな収入源である砂糖が被害を受けたはず。なのに国の介入を拒む、ということは……?
そこまで考えたところで、正面の角から男らの話し声が聞こえてきた。
「――あんなくせぇもん、お屋形様はどっから……」
「しっかり封をされてたのに……お前が食糧箱だとか言って勝手に開けたからだろ?」
「すげぇしっかりした木箱だったんだぞ。なんか高そうな模様も書いてあったし、絶対に高価な菓子だと思うだろうが」
(……2人か……)
雑談をしながら歩いて来ているらしい2人は、恐らく警護の為に雇われた男なのだろう。室内に常駐する者たちより、少し重たい足音がする。
沙耶はさっと茂みの陰に隠れた。
「俺まで侍従長にどやされたんだからな。給金が減ったらどうしてくれる」
「悪かったって。けどそんな大事な物なのに、地下に置きに行け、なんて意味がわかんねぇな」
「……大事な物っつーか、ヤバイもんだろ、あれ。ニオイからして」
「…………やっぱりか……開けた瞬間、不気味な臭気がしたんだ……。……そういえばさ、言ってなかったけど、同じ木箱を見たことあるんだよな、本宅で。あの魔獣の襲撃の後、何故か製糖所に移動されてたんだ」
「じゃあ噂は本当なのか? あの襲撃は、お屋形様が魔獣を呼んだせいだっていう……」
(何だって……っ!?)
……パキッ……!
「誰だ!?」
驚愕で、思わず身を乗り出して、足元の小枝を踏み鳴らしてしまった。
(まずい……っ、見つかる……!!)
男達の駆け寄る足音が迫って来る。
とっさに部屋まで戻ろうかと背後を振り返るが、室内へと繋がる渡り廊下までが遠い。
このまま外周を走って逃げるのも無理だろう。何より、今の話の裏が取りたい。
(今ここで見つかるのは……!)
祈るように身を固くして、息を潜めた。
その時、
「――静かに」
「……っや……――――!」
背後から突然、抱き竦められたのだ。
自分より一回り以上も大きな男の身体が、沙耶をすっぽりと覆い隠す。厚い胸板は筋肉質で、その腕は力強い。
「おいっ、そこに誰かいるのかっ!?」
鋭い
「――んぅ……っ!?」
無理やり振り向かされて顎を掴まれ、あろうことか、唇を塞がれたのだ。
衝撃的すぎて、ただ呆然とされるがままに、押し倒される。
「そこかっ!? …………って、なんだよ、お楽しみ中かよ……」
「はぁあ!? くっそ羨ましいなぁ、おい! お屋形様が帰って来なくて暇だからって、娼妓買ってんなよなー!」
沙耶を隠すように、だがどう見ても身体を重ねている、構図。
外套代わりに巻きつけておいた掛け布のおかげで、雑草がチクチクすることはないが、それでも小石の転がる地面から沙耶の頭部を庇うように手を差し入れてくれている男。
(へっ、いや、ちょ…………どこ触って……っ)
「あー……やってらんねぇ」
「さっさと運んじまって、俺たちも休憩貰おうぜ……」
第三者の乱入にも気付かないぐらい、お互いに熱中しているようにしか見えない2人。
当然、呆れたようボヤいた男達は、居た堪れなさからか、溜息交じりに頭を掻きながら立ち去っていった。
(いや、ちょ……待ってっ。私も……私も連れてってーーーっ!!!)
されるがままになっていた沙耶も、状況なんておかまい無しに、男達と一緒に戻りたい衝動に駆られていた。
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