第49話

***




 その日、下働き女は普段の仕事に加えて、1人の虜囚の世話を指示されていた。


 城下で砂糖を買おうとして目を付けられたらしい、不運な女だった。大人しそうな見た目と、地味な男装をしていたが、よく見ると整った奥ゆかしい美貌をしている。どこかの良家の息女かもしれない、とは思ったが自分には関係なかった。


 だってそれが仕事なのだ。

 魔獣のせいで不安定な状況が続くこのお屋敷で、きちんとお給金を頂き続けるためには、割り切って働くのが一番だ。


「姐さま、あそこの部屋です」

「……ぁあ忌々しい。この屋敷に娼妓がいるだなんて……」


 女の隣で、爪を噛んで愚痴を零すのは、この屋敷の女主人だ。と言ってもお屋形様の奥方様ではない。妾だ。

 皇族方や高位の貴族しか正式な側室は迎えられないが、お屋形様のようにそれなりの金と権力があれば、こうやって別邸に愛人を住まわせることぐらいわけはない。


 この屋敷は、田駕たが州のいち領主であるお屋形様が、皇都での足掛かりを兼ねて設けた、姐さまの為の別邸なのだ。


「申し訳ありません。商人と何かトラブルになったとのことで、お屋形様のご裁可を待たれると……」

「トラブルなんて、その場で処理してくれば良いものを。何のために旦那様が護衛を付けていると思っているのかしら? このお家の大事だいじに、そんなことで旦那様のお手を煩わせるなんて、無能ね」

「おっしゃいます通りで……」


 姐さまは神経質そうに細い眉を顰めている。ただでさえツリ目気味なのに、余計に人相が悪くなっている。よく見れば塗り過ぎた白粉おしろいがシワになってヨレていた。侍女は直して差し上げなかったんだろうか……。


「ふんっ。とは言え、この屋敷はわたくしが旦那様からお任せされているのです。たとえ薄汚い娼妓であろうとも、把握しておかなければならないのよ」

「姐さまにご足労させてしまい、申し訳ございません」


 文句なら連れてきてしまった商人に言いなよ、とは思うが、あの商人はお屋形様が重用している男だ。姐さまも叱咤し辛い相手なのだろう。

 何より、女主人として、というのは建前だ。普段、自分が使えるお金や権力の事以外には、殆ど興味を示さない女なのだから。現に、座敷牢に入れられた男のことなんて、頭の片隅にもないだろう。


「娼妓なんて……旦那様にそんな汚らわしい女を差し出すなんて……」


 ガリッ、と爪を噛む音が聞こえた。


 つまりはそう言うことだ。

 手土産が娼妓だなんて許しがたい、と苛立っておられるのだ。


 別にお屋形様は清廉潔白な方では無い。悪いが色好みの部類に入る。姐さまが嫌がるから、この屋敷には姐さま以外のお相手を入れていないだけで、良い年をして派手に遊び歩いておられる方だ。

 今日だって夕刻にはこちらに来られる予定だったのだが、さっき早駆けが持ってきた言伝で、『宴』にご出席される事がわかった。その宴の列席者や趣向によっては、翌朝に女性への贈り物の手配を命じられるのだから、お察しである。


 そんなお屋形様のご気質は、姐さまもよおっく知っている。

 だからこそ、新たなお気に入りが出来て、自分の地位が危うくなるのを恐れているのだ。


(あの虜囚、それなりに着飾れば、十分美人だろうし……)


 姐さまの機嫌が悪くなるのは間違いない。が、自分は虜囚の世話を任されている身。

 なるべく姐さまには冷静になって頂き、仕事をまっとうしなければならない。


「――開けなさい」


 姐さまが顎しゃくったのに一礼してから、女は心張り棒を取り去り、立て付けの悪い戸を引いた。


 そこには、ベッドに腰を掛けた麗人がいた。



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