虜囚

第47話



「着いたぞ」


 その言葉と共に取り払われたほろから見えたのは、夕日を背景に建つ大きな平屋の屋敷だった。すでに敷地内にいるらしく、私兵と思わしき男達が、馬車の通ってきた門を閉じている。

 籠の鳥状態で生活してきた沙耶にとっては、全く見知らぬ風景だ。しかし移動時間と、砂糖商の言動から、だいたいの候補は頭の中に浮かんでいた。


(皇都の外れには、辺境貴族達の別宅が点在していたはず……)


 砂糖商が出入りするのだから、田駕たが州に関連した貴族だろう。となると、戸部が管理している土地情報の中に、そんな地域が何個かあったことを記憶している。


 その中のどれか、だろうが……。


「さっさと出ろっ」


 砂糖商が急かすように声を上げ、近くの馬房に馬を繋いだ2人の男も近付いて来た。

 モタモタしていると引き摺り出されかねない状況に、沙耶は一瞬、どう動くべきか思考を巡らせる。


 というのも、衣服が着崩れたままなのだ。このまま立てば、女だとバレる可能性が高い。


(……けど、彼らが私たちを連れてきたのは、砂糖の現状を、中央政府に知られたくないからだ)


 役所に訴えかねない来趾らいしと、尚書省の関係者かもしれない沙耶だから、こうやって拘束されている。恐らく、この屋敷を所有する貴族か、その周囲の人間が、この問題の根源になるはずだ。

 ここまで連れて来てどうする気なのかは全く不明だが、すぐに危害を加えるつもりならあの場でやっているだろう。何かの目的があると見ていい。


 ……であれば、男だということで警戒されるよりも、女だとバレて油断してくれる方が、事実を掴みやすいんじゃないだろうか。まぁ……別の意味で面倒な事態になる可能性はある、が、最悪の場合はなりふり構わず一縷に頼ると決めていた。


「おいっ、引き摺り出されてぇのか!?」

「今、出ます」


 男達の面倒そうな声音に、静かに返答した沙耶。そして後ろ手に結ばれたまま、よっこいしょと立ち上がった。


 ……のだが、


「いえいえっ、俺が先にっ……!」

「……ぇ……?」


 沙耶を押し退けるように、突然来趾らいしが立ち上がったのだ。まるで沙耶を背中に隠すような動きに、男達が眉を顰める。


「あ、来趾らいしさん……」


 もしかして女だとバレないように庇ってくれたのか……とも思ったが、ここまであからさまだと逆に怪しい。不器用か。


「おい、お前……何か隠そうとしてるのか?」

「い、いえ、まさかっ! 俺が先に出たいだけで……」


 男達が不審そうに背後を覗こうとするが、来趾らいしは頑張って沙耶を隠そうと身体を動かす。だが何かを隠そうとしているのは明らかで、すぐに男達が繋いでいた紐を強く引っ張った。


「あ、ちょっ、ぅわぁああっっ……っ……!!」

「――なんだよ、やっぱ女じゃん」


 抵抗むなしく、荷台から引きずり落とされた来趾らいし


 その向こうで、男達が沙耶を見つめて口元を歪めた。


「んだよ、俺ら間違ってなかったじゃねぇか」

「紛らわしい格好すんなよなー」


 わざとらしく嘆く2人に反して、沙耶は毅然と立ち上がり、自ら荷台を降りた。


「……っつ……沙耶さん……」

「大丈夫ですか、来趾らいしさん。怪我は?」

「や、大丈夫です……あの、すみません……」


 地面に膝をつき身体を案じてくれる沙耶に、来趾らいしは悔しげに唇を噛んだ。


 すると、その様子を見ていた砂糖商が、沙耶を上から下までしげしげと見つめる。


「……女……? ……つーことは役人じゃねぇのが確定する……のか……。ちっ、連れて来ちまった……」


 忌々しげに舌打ちをする砂糖商。お屋形様に確認するしかねぇな……とため息混じりに呟き、出迎えにやってきたらしい下働き風の女達に指示を出し始めた。

 どうやら沙耶は、彼女達に連れて行かれるらしい。


 心配気に見つめる来趾らいしを安心させようと、小さく笑って頷いてやると、彼も男達に小突かれるようにして、どこかへと連れて行かれたのだった。



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