第45話



 慌てて振り向いた先にいたのは、男が2人。どちらも背が高く、乱雑に服を着崩していて、あまり良い印象を持てないタイプの雰囲気だ。


 どうやら砂糖商とは知り合いらしく、ちらりと目を合わせた男たちは、次いでニヤニヤと沙耶を見た。


「なぁ、美人さん? さっき会ったよなぁ」


 その迷いない言葉に、見間違いで押し通すには無理があるか、とため息を吐きたい気分だった。

 確かに会っていたのだ。それも尚書省を出てすぐの大通りで。


「……お前たち、この男とどこで会ったって?」

「役所の大門前。大通りでナンパしたんだよ」

「男だったけどなぁ」


 砂糖商の問いに、ぎゃははは、と笑い合う男たち。

 緩い、どうでも良さそうな態度を見せる彼らだったが、砂糖商と挟むように沙耶たちの退路を塞いでいる。自然と、沙耶と青年は身を寄せるように近づいた。


「確かに先ほど会いましたが、それが、何か?」

「大門のとこに立ってた守衛に、挨拶してたよなぁ。だから俺たち、中に呼ばれた娼妓なのかと思ったんだよ」


 あいつら良く男装してるからなぁ、と言って再び馬鹿笑いをする2人。


 そんなところまで見られていたなんて、予想外だ。門から出るところを直接見られていないのは救いだったが、それを気にする、ということは、彼らにとってソコに不都合な事があるのだろうと確信する。


「男……っつっても役人じゃねぇだろうが……ツテのある人間か?」


 沙耶を上から下まで観察するような砂糖商に、どう回答すべきか悩む。

 ここで官吏だと明かすことで、彼らが引いてくれるなら良いが、違った場合……。


「……守衛の方とは、たまたま目が合ったので挨拶を……」

「…………あやしいな。今日は何の用でここに来た?」

「新しい品がないか、見に来たんです。ただの買い物ですよ」

「数日前に来たばかりで? また?」

「何か問題が?」

「調味料店をそんな頻度で覗くかな。新しいもんなんて、そうそうねぇのに?」


 不審さもあらわに見つめてくる視線に、この問答が限界だと察する。ハナから怪しいと決めてかかってくる相手には、何を言っても無駄だろう。


 一方、折れる気のなさそうな州の青年は未だ砂糖商を睨みつけたままだった。この調子ではいざという時に、腕を引いて走ったとしても逃げられそうにない。


 どうするか……と言葉に詰まったのを見透かしたのか、砂糖商の男がニヤリと笑って両手を広げた。


「知ってるか? 砂糖ってぇのはな、高貴な方々の大事な外交品なんだよ」

「…………」

「今は特に、大事な時期でなぁ……。変なケチでもつけられちゃあ、こっちのクビもヤバイことになりかねねぇ。っつーわけでな、…………2人揃ってご同行頂こうか」


 そう言った男が冷酷に顎しゃくると、背後の2人がサッと動き出した。


「っ、ちょ、何ですかっ! 暴力で訴える気ですか!?」

「それはお前達次第だなぁ。なぁに、ちょっと話し合う時間を作るだけだ。こっちの被害がうまく伝わってないみたいだからなぁ」

「嘘だっ、そんなことを言って……っ。くそっ、近付くなっ」


 にじり寄る男たち。それに合わせて青年が怯んだ様子で後ずさり……、


「……っぐ……っ」


 近付いてくる男を押し退けようとした青年に、男の拳が襲い掛かった。腹と顎に1発ずつの重たい衝撃を受けて、青年は蹲るように地面へ倒れこむ。


「よえー。お前そんなんで突っかかってきたわけ? 馬鹿だろ」

「っ……くそっ……足を、どけろよっ……!」

「聞こえねぇなー。なんか足元から声がするけど、地面が喋ってんのかなぁー?」

「ぎゃはははっ、でっこぼこの地面だなぁ!」


 蹲る青年を嘲笑しながら踏みつける男達。その光景に、思わず止めに入りたい衝動で身体が動いた沙耶だった、が、


「はぁいはーい、美人の兄ちゃんも無駄に暴れんなよ? 手が滑ったら危ねぇからなぁ」

「……刃物……っ……」

「おっと。大きい声も嫌いだぜぇ。素直に手を上げな」


 懐から小刀を取り出した男達。男の1人は青年の首筋に、そしてもう片方は沙耶に向け、ちょいちょいと刃先を揺らして脅すそぶりを見せてくる。

 そんな相手に立ち向かえるような護身術なんて、沙耶が習得しているわけもなく……、


「……抵抗は、しません。話し合いが済めば解放してもらえるんですよね」

「もちろん。砂糖の現状について、よぉく理解してくれりゃあ、怪我ひとつなく自由の身さ」


 素直に両手を上げた沙耶に、薄ら笑いで約束をする砂糖商。

 足で踏みつけられたままの青年も、不本意そうに顔を歪めながら、数拍を置いて小さく手を上げた。


 2人の完全降伏する姿に、刃物を手で弄びながら鼻で笑う男たち。


 ……その背後で、


(――今は、要らないよ)


 少し離れた店の軒に、白銀の毛並みを持った大型の獣がいた。


 こちらを窺うように静かな瞳を向けながらも、前脚を落とし、いつでも飛びかかれるように体勢を低く構えている、一縷だ。


 沙耶はあえて、そんな一縷の動きを制するように目線を投げてから、近づいてくる男たちを丸腰に見据えた。


(……招待してくれるというのなら、伺いましょうか)


 脳裏に浮かぶのは、朝、出がけに会った工部侍郎の話だ。


 ……やはり、田駕たが州には何かある。


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