皇都である城下町へ
第43話
***
尚書省の大門を出てすぐ、目の前に広がっているのは、城下で一番の大通りだ。
朝の準備を始める者たちが、少し肌寒そうにしながらも活気よく働く姿は見ていて気持ち良い。どこの世界でも、商売人は働き者だ。
爽やかな空気に足取りも軽く、沙耶は日中より人通りの少ない道を歩き出した。
「――これは……だから……なら買い取ろう」
「いやいや、他所だったらこのぐらいで……」
「じゃあこの額なら……そのクズ野菜と交換でもいい――」
「――よし成立だ」
生鮮食品を扱う店が、軒並み開店を始めた頃合いだった。農家や商人が、採れたての野菜や果物なんかを、店に卸しにきている。
(早過ぎるかと思ったけど、もう結構お客さんが来るんだなぁ……)
物珍しさに何度も足を止めては観察してしまう沙耶。こんな時間に城下にいるなんて、初めての経験なのだ。……というか、そもそも本来なら後宮から出られない身。こうして外を出歩いていること自体オカシイ話だが、まぁ、それは全力で棚に上げておく。
時折、客引きなのか何なのか、男女問わず声を掛けてくる人がいて鬱陶しかったが、まぁそれも街を歩く1つの要素として楽しめば問題ない。
適度にあしらいつつ歩くこと暫く。
ようやくこの前の調味料店を見つけた沙耶。
やはり徒歩だと結構な時間がかかってしまった。普段、後宮と尚書省の中だけで生活しているから、体力の無さが顕著だ。もう少し運動しないとなぁ、と思いつつ、調味料店の近くで足を止める。
店先では、この前スパイスを粉末にしてくれた店主が、何かを仕入れている最中だった。農民風な男から木桶を受け取ると、奥の台にひっくり返し、空になった木桶と共に代金を払っている。
それが済むと、今度は次に並んでいたエプロン姿の男から何か注文を聞いたようだ。大きめのザルに、大豆の発酵調味料を数種類入れて渡すと、代金を受け取ったらしい。客はどこかの料理店の使いなのだろう。
店主の忙しそうな様子に、沙耶は仕事の邪魔になってはいけないと、近くの木に凭れかかった。人並みが途絶えたら声を掛けてみようかな……と思っていると、次は台車を引いた男が何かを卸しに来たようだった。
すぐに気づいた店主が笑顔で迎え、男が台車の中を見せながら何かの商談を始めたのだが……途端、恐ろしく険しい表情をした青年が、2人の間に割って入った。金髪を短く刈って、少し粗末な身なりをしている、だいたい20ぐらいの青年だ。
何だろうと見ていると、青年は台車の中を見て声を上げ、何かを激しく捲し立て始めたのだ。そしてオロオロする店主を押し退け、台車を遠ざける男に掴みかかろうとしているのを見て、沙耶は慌てて駆け寄った。
「――っこっちにも売ってくれなきゃ困るんですよっ!」
「だぁから、それはこっちにも事情があるっつってんだろ……」
「それが何だっていうんだっ! 売り渋りのおかげで、俺は働き口を無くしたんだ! なのにっ、城下へ来てみたら……っ!」
胸ぐらを掴んで激しく詰め寄る青年に対して、台車を背に構える男。
その台車には一体何があるのかと覗いて見れば……、中には封のされた壺が数個入っていた。その内の1つは、店主に見せる為か封が開いていて、薄茶色い塊が確認できる。これは、もしかすると……。
「だぁからぁ、砂糖は魔獣に襲われて足りてねぇんだよ。俺たち砂糖商だって困ってんだ」
「嘘だっ! 城下に卸す分がこんなにあるんなら、他の州に少しぐらい分けてくれたっていいじゃないかっ。倍額でも買うって言ってるのに、この店主には相場のままだって!?」
「これは城下に卸す分って上が決めてんだよ。田舎モンは黙ってろっ!」
そう言って砂糖商の男が、しつこく詰め寄る青年を強く押し退けた。その拍子にたたらを踏んで地面に尻餅をつく青年。彼は話の流れから推察すると、他の州で砂糖を扱う商売をしていたらしい。
ここの店主だけは話が見えず、オロオロとしていたが、状況が掴めた沙耶は、その細い眉をひそめて、瞬時に思考を巡らせていた。
(砂糖の品薄は、他の州にシワ寄せがいっていた、のか……? となると、非常に意図的だ。需要と供給のバランスが崩れて、国全体として価格が高騰するより、悪い……)
魔獣の被害による影響を、城下には悟らせず、地方を見捨てることで保たせていた、ということなのだ。どんな理由での操作なのか全く見当はつかないが、誰かの思惑が動いているのは間違いない。
「なんだよ……じゃあいいです、この店に売ってください。俺がそれを全部買い取りますからっ」
「馬鹿か、殆どは売り先が決まってんだよ。なぁ店主」
「……ぇ、ぁ、はい、そうですね。菓子屋とお貴族様で殆ど……」
「っ、どこの貴族ですか!? 直談判しに行きます!」
「ぇぇえっ、そんな事はとてもとても……」
2人の間に挟まれた店主は、対応に苦慮して困惑顔だ。両手を前にして宥めるような動作をしながら、助けを求めて周囲を見渡した。
――その視線が、沙耶とぶつかった。
「……――あぁっ! これはこれは、以前、シナモンをお買い上げくださった……っ!」
誰でもいいから話題を逸らしてくれ、と言わんばかりの笑顔だ。
この騒動に介入して良いものか、判断がつきかねていた沙耶にとっては少し不意打ちだったが、このまま傍観しているわけにもいかないだろうと、腹をくくって足を踏み出す。
「おはようございます、店主。シナモン、紅茶に合ってとても美味しかったですよ。……えっと、これはどうされたんですか?」
「いやいや、それはようございました。……えー……ね、どうしたんでしょう……」
愛想笑いのまま、脂汗を拭う店主。
それに苛立ったような声を上げたのは青年の方だ。
「……お客様ですか? 悪いけど今ちょっと取り込んでるんです。後にして下さい」
「こっちは全く取り込む気なんてねぇぞ。お前が帰ればどうだ」
「っ何を!?」
「――まぁまぁまぁまぁ!」
慌てて店主が間に入るが、お互いに一切引かない姿勢ではどうにもならない。
ひとまず落ち着いて話す必要がある……というか、店先では営業妨害もいいところで、衛兵を呼ばれかねない事態だ。
「あの……別の場所でお話しされては如何でしょう? 流石にそろそろ往来も……」
そう言ってさりげなく周りを気にするそぶりをすれば、流石に2人も居心地悪そうな表情で居住まいを正す。
「ちっ……目立つのはな……」
「裏に来てください。売れない理由をきっちり説明してもらうまで、帰しませんから」
すかさず青年が、砂糖商を逃すまいと店の裏手へ誘導していく。
それを見送つつ、
(……付いて行ってもいいかな……?)
是非とも砂糖商の言い分を聞きたかった沙耶は、少し躊躇ってから、2人の後を追った。何かあってもダメだから、見守る役、ということで。
その場に残された店主は困ったように頭を掻いていたが、新しく来た客に声を掛けられ、接客に戻ったようだった。
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