第42話
「着替えを、手伝ってくれないか? ついでに髪も結ってくれ」
恐ろしく迫力のある流し目に、思わず身体を反らして距離を取った沙耶。
気怠げな色気で、人を惑わしかねないお願いをする工部侍郎は、殆どの女性が魅入ってしまうだろう完成された美の化身だ。きっと常であれば、指名された者は、惚けたままフラフラと望み通りの手伝いをしてあげるのかもしれない。
が。
「……では、どこかで女官をつかまえて来ましょう」
いたって涼やかに、あっさりと断った沙耶。その表情には微塵も動揺はなく、痛快なまでに平静だ。
「お部屋に向かわせれば宜しいですか?」
「…………」
美形ならば、陛下で見慣れている。今更この程度で、自分のペースを乱されるような浅い経験値じゃないのだ。
まるで雑談を切り返すように躱した沙耶に、虚を突かれたのは工部侍郎である。
固まったように一拍を置いてから、フッと口の端を緩めた。
「……合格……」
「はい?」
「いいや。そうだね、部屋に呼んでくれると助かるよ。悪かったね、忙しいところを呼び止めて」
「いえ。私こそ先日はお手間をお掛けしましたので……」
さっきの空気はなんだったんだ、と言いたいぐらいに、簡単に引き下がった工部侍郎に、はて……? と戸惑う沙耶。
そんな様子に、何故か満足そうな笑みを浮かべた工部侍郎は、
「なんの。……あぁそうだ。先日といえば、このあいだの不正な決裁書、バックには
突然の話題に、何の事か一瞬考えた沙耶だったが、熱で倒れた日の決裁書を思い出して唸った。
「ぁあ……あの、記載ミスなのか意図的な改竄なのか、怪しかった……」
瞬時に、書類に記載されていた数字を呼び起こす。
魔獣による損害で対応に苦慮しているのも
(……てか。今までの会話の中で、コレが一番の本題でしょうが……)
まるで思いつきの噂話のように話す工部侍郎は、らしい、と言えば彼らしい。
「
緩い雰囲気の瞳の奥に、真剣な色が交じる。
自身の仕事で手を抜くことがない工部侍郎が、
真っ直ぐ見つめ返し、小さく頷いた沙耶に、伝わったと感じたらしい工部侍郎は、ふわりと踵を返して片手をあげた。
「じゃあ、女官を待ってるよ。……出来れば、慣れた高齢の女官がいいな」
「ふふっ……はい、なるべくご希望に叶うように声をかけてきます」
率直すぎる要望に、笑って頭を下げた沙耶は、颯爽と衣の裾をさばいて歩き出した。
視線はまっすぐに、そして頭の中ではめまぐるしく、
***
そして同じく、沙耶と別れ自室へと足を向けた工部侍郎。
しかし数歩歩いたところで、チラリと後ろを振り返った。
視線の先には、背筋を伸ばして歩いていく、戸部の氷華……。
「……惜しいね……あれで色無しじゃなければ……。いや、それでも『日輪の君』に半身を求める声は止まない、か……」
その表情は冷静すぎるものだったが、瞳には微かな憂いが含まれていた。
***
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