第40話


(私以外に抜け穴を使って、後宮の外に梅の実を運んでいる人がいるのか……?)



 そう考えると、すぐに思い浮かぶのは、陽陵ひりょう様だ。後宮内で梅を砂糖漬けしている人物なんて、他には考えられない。


 ……そういえば数日前の朝にも、ここを抜けた倉庫のあたりで、陽陵ひりょう様と出会ったことを思い出した。あの時、甘いお酒の香りがしていたのは、もしかして飲んでいたわけではなく、同じように外へと持ち出していたから……?


(……結局、陽陵ひりょう様自身は、お酒だと知って周りに振舞っていたんだろうか……)


 何のために……?

 いや単純に、自分より上位の人間を蹴落としたいという、後宮内の権力闘争という線であれば簡単に想像できる。

 好意として贈っておいて、あわよくば酔って自滅してくれたらラッキー、的な……? 


 垂氷様がもし梅酒を贈られていて、それと知らずに飲み過ぎたとしたら……、結構簡単に泥酔したかもしれない。そして後日、贈り物の梅酒が怪しいと言い出せば、陽陵ひりょう様の元に調べが入る。その時に残された梅の実が見つかれば、誰かがアルコール臭に気付き、原因は特定される……。


 そこまで考えれば、危険を冒してでも外に運ぶ必要は理解できる。が、その場合、外にも協力者がいて、しかも外朝を好きに歩き回れるポジションにいるはずで……。


(……いや、そもそもどうやって、大量の梅酒を後宮内に持ち込んでいるんだろ……)


 ただの梅シロップならば、内侍省を経由しても容易に手元に届くはずだ。飲食物の贈答なんて日常茶飯事だし、少し頻度が多くても、誰も気にも留めない。

 しかし、お酒となると簡単じゃない。後宮での規則として、酒量については度を越さないように制限があるのだから、陽陵ひりょう様が公然と大量に所持するなんて不可能だ。


 内侍省が検閲もせずに物を受け入れるというのも考えにくいし、だからと言って、不正なルートから入手したものを、あんなおおっぴらに配るというのも考え難い。


 であれば、検閲しても問題がなかったのだ。


 つまり、


(アルコール発酵する前の状態で持ち込んで、梅酒の状態になってから振る舞った……とか……?)


 そうだとしても、疑問は残る。


 四夫人ほどの人にもなると、飲食物は必ず毒味されているのだ。蘭月様の分だって、ちゃんと後ろにお毒味役が控えていた。

 そんな状況で、毒味役にもスルーされるなんて都合のいいこと、あるんだろうか……。


(……うーん……。…………後宮の寵愛争いって怖…………)


 自分みたいなユーレイ妃には無縁の世界で良かったー、と他人事のような感想で考えることを放棄した沙耶は、ひとまず、この梅の実は見なかったことにしようと心に決めた。


 明日は田駕たが州の獣害について、実態をきちんと調べ上げないといけないのだ。今、沙耶的に全く関係ないご寵愛争いに、首を突っ込んでいる時間なんて無い。


(……てか、争うような寵愛なんて、ありましたっけ……?)


 陛下の実情を知っている身としては、徒労感は否めなかった……。




***

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