第37話
はぁ!? と思った瞬間、派手に咳き込み、涙目で見た周囲の光景もまた、理解が追いつかなかった。
武装した兵士のような男達が何十人も、ずぶ濡れの沙耶達を取り囲み、その中でも大層な格好の男が
「陛下っ、ご無事で」
その言葉に鷹揚に頷いたのは、もちろん目の前にいたこの男で。
再び、はぁ!? と声に出してしまえば、そりゃあもう注目の的だった。
しかも「この状況では帰せません」とか、「非常事の措置だ、なんて事はない」とか、
……本気でこの人、王様なの……? という疑問が顔に出ていたのか、不敬だと睨みつけられ、最終的には沙耶に身寄りがないことがバレて、後宮送りが決まってしまった。
そりゃあ勿論、抗議はしたさ。
普通に意味がわからないし。何するのかもわからないし。なんか凄く怪しいし。ていうか殆ど結婚じゃん、って。
でも
よく考えれば、こんな完全にファンタジーな異世界で、1人で生きていけるわけがないのだ。ならばこの人を信じて、流されてみるしかない、と思ったのだ。
その後、川の水で毛並みを清めてきたらしい一縷が、そっと側に寄ってきてくれた。
周囲はもちろん、魔獣の出現に恐れ慄き、一瞬で張り詰めた空気になっていた……のだが、沙耶だけは違った。施設にいた時、凄く懐いてくれていたワンコを思い出したのだ。こんなにも凛々しく、猛々しい姿ではなかったが、それでもじっと見つめてくる瞳がそっくりだったのだ。言葉は通じなくとも、寄り添ってくれる気持ちが伝わる、不思議な瞬間だった。
だから、後宮に行くなら一縷も一緒に、と懇願し、結果、魔獣だろうと評した
で。
与えられた後宮の宮では、本当に何もすることもない、誰とも会話をすることもない生活が待っていた。
これは病むわ……と宮の外を散策していて、偶然見つけた抜け穴から官吏の登用試験を受けて……。
そんなこんなで今があるんだよなぁー……と懐かしい感傷に浸る。
シナモンの甘く独特な香りが、最近全く感じなかった郷愁を誘ったのだろう。
暖かい紅茶に、ほぅっと息を吐き、同じくひとときの休息を楽しんでいる戸部尚書を見た。
「シナモン、如何ですか?」
「うん、美味しいね。いつもの紅茶が、また違う香りになって面白いよ。沙耶くんの生まれた場所では、皆こうやって飲むのかい?」
沙耶を、常識の通じない程遠くの山奥育ちだと認識している戸部尚書が、物珍しそうに聞いてくるのに笑った。
「いいえ、私の住んでいた場所でも、好みに分かれますね。飲み物に入れるよりも、焼き菓子などの香り付けに使う方が多いかもしれません」
「へぇ、菓子に……それはまた興味深いね」
「甘い菓子に入ってると、結構美味しいんですよ。この辺りの菓子店には無さそうなのが残念ですが……」
そう言いつつシナモンの入った袋を見つめると、
「…………郷里が恋しいかい?」
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