第36話


「…………っ!」


 至近距離からの攻撃は、暁雅ぎょうがを狙ったものだった。


 しかし、それは身を寄せる沙耶に向けられたも同然で。


 殺意にさらされる経験なんてある筈のない沙耶は、恐怖で身を竦める以外、何も動くことができなかった。


「××××!」

「ぐ……っ!」

「……暁雅ぎょうがっ!?」


 突然、力強い腕に抱え込まれた、と思ったら、視界が塞がれた。

 凶刃から守るように、暁雅ぎょうがが沙耶を抱き竦めたのだ。


 酷く安心感を覚える暖かさに、一瞬だけ身体の力が抜けた、が、衝撃を受けたようにビクリと震えた暁雅ぎょうがに、焦って身体を捩る。


「ちょっ、だめ……!」

「×××!?」

「××、××!」


 木の鋭い先端が、暁雅ぎょうがの左腕に刺さっていたのだ。


 赤い血が滴りながらも、男の腕の拘束は解けない。


暁雅ぎょうがっ!」

「煩い、お前は口を閉じておけ」


 大したことはない、とでも言いたげな冷静な顔で、無造作に木の棒を掴んだ暁雅ぎょうが

 何をするのかと、嫌な予感に口元が引き攣る。


「……く……っ」

「ば、馬鹿っ、何やってるの……っ!」

「離れてろ」


 案の定、刺さった棒を力任せに引き抜いた暁雅ぎょうがは、その勢いのままに男たちへと向かって行った。

 まるで左腕の負傷なんて、ハンデにすらならないとでも言いたげに。


「×××!」

「遅いっ!」

「×、××!」


 的確かつ無駄のない動きで、相手を倒していく暁雅ぎょうが


 そのまま最後の1人に拳を入れた――その時、


「……っ魔獣が……っ!!」

「伏せろ!」


 突然、空を覆う巨大な鳥が、2人を目掛けて飛来したのだ。


 鋭い牙を剥いて襲いかかる魔獣……。


 昏倒した男たちを捨て置いた暁雅ぎょうがが、庇うように沙耶を押し倒した。


「…………っ!」

「きゃぁぁあああっ!!」


 頭上ギリギリを通り過ぎる、魔獣の羽。

 髪を乱す風圧と共に、むわりと生臭い匂いが鼻につく。


 安堵の吐息を零す暇もなく、旋回する羽音が聞こえて身を固くした……のだが、


「っなんだ!?」


 驚愕の声を上げた暁雅ぎょうがが、沙耶を抱き締める力を緩めた。


 それにつられて顔を上げた沙耶の目に飛び込んできたのは、


「……大型犬……?」

「いや、あれも魔獣だろう……が……」


 巨大な鳥を食い散らすように、1匹の大きな獣が飛びかかっていたのだ。俊敏に地面を駆けながら、鋭い牙を剥いて何枚もの羽根を散らしていく……。


 これが、一縷との出会いだった。


「縄張り争い……いや、助けてくれているのか……?」


 まるでこちらを伺いながら鳥達を退けていく気配に、怪訝そうに呟いた暁雅ぎょうが。しかしすぐに、悠長にしている時間はないと判断したのか、沙耶の手を強く引いた。


「今のうちに川を渡るぞ……っ!」

「えぇっ、ちょ、私泳げな……」


(真水でしょ!? 着衣でしょ!? 絶対無理じゃん! 死ぬやつじゃん!!)


 なんて抗議する暇もなく。

 背後に新たな追っ手の影が見えてしまえば、躊躇う余地すらなく、手を引かれるままに冷たい水の中へと進んだ。


 なんとなく、この男であれば信頼できると、思ったのだ。

 しっかりと腕を掴む力強さに、見捨てられることはないだろう、と。


 そして、水の流れに身を任せるように流されて行くうちに、いつの間にか気力は尽きて……。


 気が付いた時には、この男の端正な顔がドアップで、恐ろしく恐慌状態に陥ったのだった。



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