第35話

「っ……魔獣だと……っ!?」


 焦燥の表情をした彼が、縛られていた筈の縄をパラリと解き、立ち上がった――。




「ぇええええっ、ちょ、え、捕まってたんじゃないのっ!?」

「本当に縛られているわけないだろう」


 そんな間抜けな……なんて、シレッと言い切った暁雅ぎょうがが、素早く壁へと向かい、耳を澄ませた。

 外の様子を伺っているらしい。


 キビキビとした動作で何かを確認した彼は、戸口に立つと沙耶を振り向いて、唇に指を当てた。


「静かにしてろよ」


 そう言うと、戸惑う沙耶なんておかまいなしに、大胆に扉へと体当たりをし始めたのだ。


「え……え……?」


 突然の急展開についていけず、間抜けな顔で見つめる沙耶。


 その間にも、ガンッ、ガンッ……という衝撃が小屋の中に反響し、そして少しして、木が折れるような音と共に、陽光が入り込んだ……。


「××! ×××××!!」

「悪いが、もう必要なネタは仕入れたんでな。いつまでも付き合ってやる義理はない」

「×××!!」


 戸をぶち破った暁雅ぎょうがに、気付いた男の1人が、慌てて飛びかかってきた。


 が、顔色ひとつ変えないままに、一撃で昏倒させた暁雅ぎょうが


「すご……てか、じゃあ何で捕まってんのよ…………」


 思わず呆れた声が漏れてしまったのだが、しっかり暁雅ぎょうがにも聞こえていたらしく、


「こちらの事情だ。……他の奴に気付かれる前に、さっさと逃げるぞ。魔獣がきてる」


 ずかずかと歩み寄ってきた彼が、沙耶の二の腕を掴んで引っ張り上げた。


「へ……ちょ……靴が……!」

「我慢しろ。喰い殺されたいのか?」

「でも…………まって、ゆっくり……っ」


 足の長さからして違うのだ。

 大股な暁雅ぎょうがの早歩きでも、引き摺られるように付いていくのがやっとの沙耶。


 パンプスは両足とも脱げ、持っていたカバンも小屋の中に落としてきてしまった。

 こんなわけのわからない場所で、身元を証明する所持品を全て失ってしまう事に大きな不安はあったが、それよりも『喰い殺されるぞ』という脅しの方が恐ろしかったのだ。


 小屋を出て、背の高い雑草が多く生えた場所へと走っていく。


 背後を振り返れば、遠くに見える、何か……野生の……鳥……? それから、逃げ惑う男たち。


「あれ……何……」

「鳥型の魔獣だな。群れで狩をする。獲物に定められたら、群れごと薙ぎ払わない限り、助からん」

「……っ……人がっ……!」


 沙耶の見ている視線の先で、大きすぎる異形の鳥が、禍々しい牙の生えた大口を開けて、全速力で逃げる男の右肩を喰らったのだ。


 鮮血を吹き上げ、地面を転げる男。


「見るな。前を見て、走れ」

「……でもっ、あのままじゃ……!」

「お前を殺そうとしていた男たちだぞ? 魔獣に襲われるのは、自然淘汰の一つだ」

「……そ、そんなの……」


 痛々しいほどの絶叫に、耳を塞げない。

 異形の鳥たちは、聞いたこともない鳴き声を上げながら、地面に倒れた男へと嘴を向け……。


「沙耶! ……見るな、聞くな」


 暁雅ぎょうがの逞しい腕が、沙耶の肩を抱きしめた。


 ぎゅっと抱き寄せる肌の温もりに、恐慌しそうだった頭が、ギリギリのところで保たれる。

 沙耶も、暁雅ぎょうがに隠れるように身を寄せながら、何とか足を動かし続けた。


 しかし、


(早く……あの魔獣から、もっと離れないと…………)


 ……背後の異形の鳥にばかり意識を取られていたせいで、前方の警戒が疎かになっていた。川縁まで辿り着いたと同時に、


「××! ×、×××!」

「くそ……っ!」


 突然、茂みの間から、仲間と思われる男たちが出てきた。


 必死の形相で、鋭く尖った木の棒を暁雅ぎょうがに向けて振りかざし――!


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