第28話
***
そして休み明けの戸部。
今度こそ
「もう熱は下がったのか?」
「はい、ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。……陛下、そこの決裁書取ってください」
「別に数日ぐらい休んでも良いだろうに。……ほら」
「有難うございます。いえ、調べたいこともありますので……」
そんなことを返しつつ受け取った書類に数字を書き込んでいた沙耶は、そういえば、と思い出して
中からは微かに、シナモンと甘い焼き菓子の香りが漂ってきている。
「これ、差し上げます」
そう言って渡した紙袋に、本日も変わらず精悍に整った顔が、片眉を上げて沙耶を見た。
「なんだ……?」
「前に頂いたものの、お返しです」
「は……? ……お前、これ、城下に行ったのか?」
流石にすぐに気付いたらしい。
「はい。私も
「……ちゃんと護衛は連れて行っただろうな」
何故か咎めるような口調になる男に、意味がわからん、と白い目を向ける。
「何でですか。別に役人だと名札を貼って行ったわけじゃないですよ?」
「それでも、だ。1人で城下に下りるなんて、物騒な輩にでも目をつけられたら……」
「お忍びで城下の菓子屋を散策する陛下に言われましても……」
「俺はどうにでもなる……じゃなくて、お前は昨日もだなー……っと……」
何かを言いかけて口籠る男。
その言葉に、はて……? と考える。
「昨日……? 昨日はお休みを頂いておりましたが……」
「あ、ぃや、あぁ……そうなんだが……。……酒を、飲んだだろう?」
「えっ!? まだ匂います……!? だいぶ時間が経ったんで、抜けてると思ったんですけど……」
思案するように言葉を探していた陛下の、予想もしない発言に驚いて身体を反らす。こんな格好をしているが、一応は女なのだ。アルコール臭でクサいなんて指摘されたら、悲しすぎて立ち直れない。
「いやっ、臭いなんてしてない、が、……あー……声が掠れてるからもしや、と……。まぁつまるところ、体調が悪い時に無理をするな、と言いたかったんだ。余計に苦しむ羽目になるぞ」
最後だけ勢いづいたように忠告してくる言葉に、既に遅いっす、と自分で自分に溜息が漏れる。
というのも、あの昼食会の後、自分の宮に戻ってから、気持ち悪すぎて大変だったのだ。あんな体調であんな甘いお酒を飲んだら、そりゃあ悪酔いするよ……とは思っても後の祭りだ。
一縷に慰められながらも、ぐったりベッドに突っ伏して、暫くは死んだように寝ていた。
「いえ……私も、全く飲む気なんて無かったんですけどね……」
状況が許してくれなかったんですー、文句があるなら貴方の妃達に言ってくださーい……なんて思ったものの、それで話をされるのも何か嫌だなぁ……という矛盾。5年以上の年月の中で、陛下にはそれなり以上の友情を感じていたらしい。……自分でも、そんなことが気になるなんて驚きだ。
「……ま、そんなことより。時間があるんでしたら、その焼き菓子でも食べませんか? 一緒に紅茶でも飲もうかと、シナモンも買ってみたんです」
ほら。ともう1つの紙袋を見せれば、呆れたように相好を崩す陛下。
「買い物は楽しかったか?」
「それはもう。久々だったんで城下を歩いているだけで楽しかったです」
「なら良い。飲もう」
ではお茶を淹れてきますね、と言い置いて席を外した。
もちろん、猛然と書類を仕分けしている戸部尚書の机の上にも、飲み物がないことはチェック済みだった。
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