第27話

「あら、蘭月様。杯がもう空ですわ。お代わりをお持ちいたしましょう。皆様も飲まれますよね?」



 完全にこの場を主導しているノリで、笑顔で女官達に合図を送る陽陵ひりょう様。ただ、さすがは蘭月様の宮に勤めている女官達で、しっかりと蘭月様に目線で確認を取ってから行動を始めた。


 話題が梅酒に戻ったことで、誰もが幾分か安堵した様子で、数人の女官が恭しく持ってきた徳利を見つめる。当然のごとく、まずは蘭月様の杯に、と女官が寄るが、


「わたくしはもう結構ですよ。皆様にお配りして」


 穏やかな笑顔で蘭月様が断ったのだ。代わりに暖かいお茶を望まれたのだから、その場のほぼ全員が驚いただろう。


「ぇ……っ、あの、お気に召しませんでしたか?」


 焦って尋ねたのは勿論、陽陵ひりょう様だ。今まで自分が相当マウントを取った話をしていたというのに、全く自覚はないらしい。蘭月様が気分を害したのかも、なんて思いつきもしない様子で困惑している。


 そんな蘭月様は、食い下がる彼女を一蹴するするように、有無を言わせない笑みを向けた。


「いいえ、とても美味しゅうございましたよ。また、寝る前にでも頂きますわね」

「ぁ……そうですか……。えー……と、でしたら皆様、まだ沢山お持ちいたしておりますから、ご遠慮なさらずお飲みくださいね」


 蘭月様が断ったことで、自身らもお代わりをして良いのか躊躇っていた妃達だったが、陽陵ひりょう様が後押しをする形で続々と杯を満たしていく。

 そして末席ながらも女官が回ってきた沙耶は、蘭月様が断ったなら自分も許されるかな……と、同じく遠慮させていただいた。頰が若干火照ってきていて、アルコールが回ってきたらしいのだ。これ以上飲んだら酔うだろうし、また体調が悪くなるのはゴメンだ。


 しかし、陽陵ひりょう様は目聡かった。


「あら、貴女は宜しいの?」


 今まで掛けられたこともない、にこやかな声音にゾワっとする。

 やっぱり断らずに、入れるだけ入れてもらっておいた方が良かっただろうか……。


「え……と、はい、実は病み上がりで……」

「あらまぁ。でしたら尚のこと、梅の蜜は身体を温めますのよ?」


 でしょうねぇお酒ですし……とは言えず。

 淡々と暖かいお茶をすする蘭月様を羨ましく眺めつつ、さて、どうしようかと思っていると、少し頰を上気させた妃が割って入ってきた。


陽陵ひりょう様、良いではございませんか。庶民の出だそうですから、嗜み方がわからないのでございましょ」

「それでは仕方ありませんね……。わたくしも気に入った方にだけ、お贈りさせて頂きたいですもの」

「その中にわたくし達も入っていると嬉しいのですけれどねぇ……」

「勿論、真っ先にお持ちいたしますわ。あと数日ぐらいで飲み頃になりそうなものがございますし、これでも毎日作らせているんですよ? ちょうど梅の実が収穫時期で、実家から――」


 いやいや、それよりも砂糖の獣害はどうした。梅酒なんか仕込んでる場合じゃ無いでしょ……というか、本当に獣害なんてあったのかと疑わしくなってくるじゃないか。


(あー…………明日は絶対に出仕しよ……)


 陽陵ひりょう様のオンステージになり始めた昼食会は、お酒の力もあってか、だいぶフランクな雰囲気になってその後も続いた。


 沙耶は、結局なぜ自分が呼ばれたのか全く意味がわからないまま、徒労感だけを土産に自身の宮へと戻ったのだった……。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る