第26話

***



「――そういえば、まさか垂氷たるひ様が降格処分だなんて、驚きましたわねぇ」


 食事も終わり、そろそろお暇か、と期待に胸を膨らませていたところで、突然降ってきた話題に驚いた。

 垂氷様というと、あの日、深夜まで賑やかにしていた宮の主人なのだ。翌日に宮正から忠告混じりの話は聞いていたが、こうも厳格な処分が下ったとは知らなかった。


「二十七世婦せいふに落ちるなんて、これからどうされるんでしょう……?」

「でも自業自得でございましょう? 大層な乱痴気騒ぎだったというじゃありませんか」

「そんなにお酒を好まれていたなんて、知りませんでしたわねぇ」


 妃達の他愛ない噂話ではあるが、後宮の事情に詳しくない沙耶にとっては非常に新鮮だ。

 想像以上に豪華なコース料理でお腹はいっぱいだし、なんだか眠くなってきた気もするが、姿勢だけは崩さずに聞き耳を立てておく。


「自制が出来ないなんて、四夫人といえどそこまでの方だったのでございましょう」

「自棄にでもなられたのかしら? 陛下が公の場に伴うのは、殆ど蘭月様でございましたから……ぁ……」

「っ貴女、ちょっと……」


 1人の妃の言葉に、周囲の妃達が顔色を変えて止めに入った。

 何か問題のある発言だっただろうか、と思ったが、そういえば今、この場には陽陵ひりょう様もいるのだ。確かに微妙な話題だったかもしれない。


 どんな反応をしているのだろうか、と上座へ視線を向ければ、一切表情を変えない蘭月様とは対照的に、陽陵ひりょう様は余裕のある笑みをして口を開いた。


「陛下と蘭月様がお並びになれば、それは大層絵になりましょうね。わたくし、新参者で御座いますので、まだお目かかったことがなくって……残念ですわ」


 そう言って頰に手を当てる陽陵ひりょう様はとても愛らしい。が、カケラも残念そうではない表情を見てしまうと、額面通りに受け取るのは難しい。

 何と言っても、彼女は後宮に入って日が浅いとはいえ、数ヶ月は経っているのだ。裏を返せば、それだけの期間で一度も、陛下と一緒のところを見たことありませんよ、という揶揄にも取れる。


 実際、数人がピクリと眉を動かしたが、殆どの妃は蘭月様を褒める言葉として流したようだった。


「それはもう! 一対の絵のごとく、溜息が出るような神々しさですわ」

「蘭月様の艶やかで濃い、焦げ茶色の御髪は、『日輪の君』の隣にいても遜色ございませんからねぇ」


 いつかの祭典を思い出しているのか、うっとりと話す妃達に、陽陵ひりょう様はにこりとしたまま相槌を打つ。


「そうなのですね、羨ましいですわ。わたくしなんてこんな髪色ですけれど、陛下は厭われませんでしたので、とてもホッといたしましたの」

「…………」


 ピシリ、と空気にヒビが入ったのを感じる。

 あくまでも邪気のなさそうな笑顔を振り撒きつつも、これは絶対に煽ってるに違いない……。恐ろしい子っ。


 蘭月様は無関心に暖かいお茶をすすってらっしゃるが、周囲はハラハラと、上座の蘭月様と陽陵ひりょう様を見比べている。


「……へ、陛下はお優しくてございますからねぇ。田舎者にも目を掛けてくださるのでしょう」

「ほんとうですわね。わたくし、あの黒い瞳に見つめられただけで……まるで抱擁されているような、それはもう、幸せな気持ちになりましたもの」

「…………」


 少し遠くを見つめるように、視線を流す陽陵ひりょう様と、顔を引き攣らせて固まる妃達。


 確かに、嘘は言ってない。嘘は。

 陛下に挨拶へとやってきた陽陵ひりょう様を、チラ見はしていた筈だ。というか、隣に私もいたんですけどね……。


 凍りついたような空気を気にすることなく、自分主体で会話をする陽陵ひりょう様に感心しつつ、そろそろ帰ってもいいかな……なんて思っていると、


「あら、蘭月様。杯がもう空ですわ。お代わりをお持ちいたしましょう。皆様も飲まれますよね?」



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