物凄く久しぶりに、日中の後宮を歩く

第23話


***




 で。


 翌日。


 明け方には熱も下がり、スッキリと起きれたはずの沙耶は、現在、非常に困っていた。


「さぁ、沙耶さんもどうぞ。お毒味は済んでおりましてよ」

「あ、有難うございます……」


 煌びやかな後宮の一室。


 有無を言わさず渡された器を、恐る恐る受け取った沙耶は、中に入っている液体に見当がついて、頭を抱えたい気分になった。


(……梅酒ですか……)


「とても美味しゅうございますのよ」

「庶民の方では、飲むことも出来ませんからね。心してお召しなさい」


 そう言って勧めてくる、後宮のお姫様方。その中央の上座にいるのは、蘭月様だ。


 ……そう。


 ここはまさかの蘭月様の宮。


 尚食の女官たちが働く炊事場へと足を運ぶべく、自分の宮を出たのが失敗だったのだ……。




 普段、昼食は戸部で他の官吏たちと食べている沙耶。

 後宮では昼食は不要だと用意して貰っていなかったが、今日だけはココで過ごさないといけないのだ。簡単なものでいいから今から貰うことは出来るかと、暇潰しがてら炊事場へ訪ねにいく事にした。


 顔馴染みの女官がいれば話が早いんだけど……と思いながら、いつも通り髪を隠して地味な衣を帯で留め、一縷に声を掛けてから、俯きがちに自分の小さな宮を出た。


 が、


(うわー……日中ってこんなに人が多かったっけ……)


 普段人気のない時間にしか出歩かない沙耶にとって、昼間の後宮は、完全なる異空間だった。


 ――うふふっ、ですから……なんですってっ。

 ――まぁ可笑しい。……そういえば、そろそろ中庭の花も……。


 ――さっさと掃き掃除を終わらせなさいっ! ……様がこちらを通られるとお達しが……!

 ――今日は……様が問屋を呼んだそうだから、昼餉は遅い時間でいいと……。


 中庭で優雅に雑談中の妃達や、忙しそうに身体を動かす女官まで、沢山の女の人が活動していたのだ。


 その中を物珍しそうに、だが肩身狭そうに歩く沙耶。


(いやぁ、普段、堅っ苦しい官吏達とばっかりいるから……華やかだわ……)


 病み上がりには目に優しいかも……なんて冗談を頭に浮かべつつ、炊事場へと続く廊下を曲がり――、


「……っと、失礼致しました……」


 危ない危ない。

 目の前から歩いてくるのは、どう見ても位の高いお方だ。周りを取り囲むように歩く侍女がいるから間違いない。


 決して失礼をしないよう、平身低頭、きちんと脇に避けて頭を下げた。

 その前を、そそと通り過ぎる女性達……の足が、何故か止まった。


「…………?」

「……おや、珍しい。娘、お前も付いていらっしゃい」 

「…………へ……?」


 ワンテンポ遅れて、自分に掛けられた声だと気付いた沙耶は、慌てて顔を上げた。


「え、蘭月様……?」


 驚いたことに、目の前に立っていたのは四夫人の1人である蘭月様だったのだ。

 感情の読めない大きなヘイゼルの瞳で、沙耶をひたりと見据えると、すぐにフイと視線を外し、高く結い上げた焦げ茶色の髪を靡かせながら歩き出してしまった。


「え……え……?」

「アナタ、さっさと付いて来なさいっ」


 通り過ぎていく蘭月様を呆然と見送っていると、後ろから歩いてきた侍女の1人が、小声で叱咤してきた。


「え、私が、ですか……?」

「そうですよっ、蘭月様のお言葉を聞いていなかったのですか!?」


 いや、聞いたからこそ意味がわからないんですけど……という反論は許されず、先を歩いていってしまった蘭月様を追いかけるように、進路変更させられたのだった。

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