第21話



「ここまでで大丈夫です。お忙しいところお騒がせ致しました」


 工部侍郎と共に廊下に出た沙耶は、丁重に礼をして別れを告げた。あとはまっすぐ戸部に帰るだけなのだ。送るも何も無い……というのに、


「おや、ここまででいいのかい? せっかくだから戸部まで散歩に行ってあげるよ」

「いえ、そんなご迷惑は……」


 背中に流した長い茶髪をなびかせ、にこやかに先を歩く工部侍郎。


 ……すごい、有難迷惑だ。


 連れ立って歩くと目立つから嫌だ、とは流石に言えず、掃除用具を持った女官たちの、チラチラ伺うような視線に晒されながら、長身の背中を追う。

 一応、男装して身分を偽っている身としては、無闇に目立ちたく無いのだが……。


「うちの人間が迷惑を掛けたようだからね、詫びだよ?」


 なんて、真意の読めない笑顔の工部侍郎。


(……私の知ってる『詫び』とは定義が違うみたいですねぇ……)


 という嫌味は置いておいて、ついでだからもう一言言わせてもらう。


「あの担当者、大丈夫でしょうか。あまり官吏としての適性が無さそうですが」

「彼ねぇ……官吏登用試験の成績は良かったらしいよ? 期待の新人、だったんだけどねぇ」

「であれば貴方がもう少し見て差し上げれば良いのでは。もしかしたら、何か良からぬ事の片棒をかつがされていますよ」

「ふふふ、かもしれないね。……でもこれで、問題が明るみになっただろう? 悪巧みをする奴らも、どこを突けばいいのかわかると、大胆になるからね」


 そう言って、普段通りの緩やかな笑みを浮かべた工部侍郎。


(……あぁ、そういうこと……)


 意図の読めた沙耶は、小さく唇を噛んだ。

 彼はあえて、付け入りやすそうな新入りをそのままにして、内部の澱みを浮かび上がらせたのだ。しかし……、


「……そういうやり方は、好きじゃありません。確かに、監視が容易な割に効果は大きいかと思いますが、彼の為には……」

「だけどね、付け込まれるような官吏は、中堅になればなるほど大事を巻き起こす。早めに適性が分かって、良かったと思わないかい?」


 あっさりと切り捨てる発言をする男に絶句する。1人の部下に対して、あまりにもぞんざいすぎる言葉だ。

 沙耶は腹立ちのあまりチラリと睨みつけると、すぐに顔を逸らして足早に半歩前を歩いた。


 というのに、


「ふぅん……これは『氷華』のお気に召さなかったみたいだね」


 興味深そうに呟いた男は、すぐに長い足で沙耶の隣に立つと、含み笑いをして顔を覗き込んできた。その面白がる様子に、更に苛立った沙耶は、冷めた目線を投げつける。

 流石に失礼だったか……なんていう心配は無用だったようで、


「そんな冷徹そうな顔をして、意外と情に篤いから、求心力があるんだろうね。……ほら、あまり怒っていると、体調が悪化するよ?」

「何の話ですか。むしろ絶好調ですが?」

「おや、自覚なかったのかい? 1人で帰すのが心配なくらい、熱っぽい顔をしているけどねぇ」

「熱なんて、そんな……」


 また適当な戯言か、と気にせず先を急ごうとしたのだが、


「一度立ち止まって深呼吸してみるといい」


 腕を掴まれ、いたって真面目な顔で心配されてしまい、戸惑う。


 え、そんなに顔色が悪いだろうか、と立ち止まったついでに工部侍郎を仰ぎ見れば、


「…………っ!」


 頭を上げた瞬間に、目線がくらりとブレた。

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