第15話
そして菓子屋のオーナーから聞いた調味料店の前。
「へいっ、いらっしゃい! 色んな香辛料があるよー!」
恰幅の良い店主の、威勢のいい呼び声が大通りに響き渡る。
声につられた数人が足を止め、色とりどりの様々な商品に視線を投げた。
沙耶も、そんな周囲に混じるように、店内を覗き見る。
店の前に雑多に積まれた、塩や味噌に類する調味料たち。その奥の棚一面にはスパイス類が並べられ、中でも高価なものは、全て丁寧に瓶詰めで保管されていた。
(……砂糖は……特に価格変動なし、と)
高価なスパイス類に並んで、瓶に入った、少し茶色がかった白い塊。貼られた値札は、普段沙耶が値動きを監視している数字と殆ど変わりなかった。
「お兄さんは、お砂糖かい!? お目が高いねぇ、
そう言って瓶を振る店主。
ついでとばかりに、他の客にも見せて回る商売魂に小さく笑う。
あぁやって客引きをするぐらいだ。在庫も問題ないのだろう。
市場価格も、在庫も異常なし……となると、沙耶の今日の目的は全て達した事にはなってしまうが、
(この店主は、仕入先から何か話を聞いていないだろうか……)
せっかくここまで来たのだから、どうせなら少し話を聞いてみたい。
人が途切れるのを見計らい、それとなく店主に近づいた。
「へいっ、お兄さん。何か気になるものはありましたか?」
人好きのする笑みで声を掛けてくれる店主。
沙耶は、瓶の中に入ったシナモンを指差した。
「スティックを一本、パウダーに出来ますか?」
「お安い御用です! いやぁ、スバイスをお求めになるなんて、良いご趣味ですね。余程のご身分の方なのでしょうか」
ニコニコと話しながら、シナモンスティックを取り出した店主は、薬の調合にでも使いそうな陶器のすり鉢に入れて削り出した。
ゴリゴリと音を立てる手元を、物珍しく眺めながら、振られた世間話に乗っかる。
「いえいえ、さっきちょうど菓子屋に寄りましてね。ならば紅茶にはシナモンでも、と」
「素敵なティータイムでございますね。それでしたらお砂糖も如何ですか? 紅茶に少し甘みをつけますと、更に美味しゅうございますよ?」
砂糖が入った瓶を沙耶に手渡してから、再びシナモンを削っていく店主。
沙耶は瓶を軽く振り、中の薄茶色の塊を見つめながら、話を誘導していく。
「そうですね、そう思って見ていたのですけれど、菓子が甘いものですから……。そういえば最近は特に、砂糖の需要が高まっているらしいですね」
「おぉ、そうなのでございます、よくご存知で。菓子屋以外にも、個人のお客様もよくご所望なさってくださいまして……。仕入れた分だけ出て行くので、私共としては有難い限りです」
「そんなに人気なら、沢山仕入れておかないと、すぐに品薄になってしまうのでは?」
「あはは、そうなんでございますよ。なので週に一度は
はっはっは、と楽し気に笑う店主の言葉には、いささかも砂糖産地における獣害の影響はなさそうだった。逆に、多めに売りにくるというぐらいなのだから、潤沢に在庫が有るのだと推測できる。
(あれ……? 本当に、市場に影響しない程度の被害だったんだろうか……。でも、あれだけの額の補填……)
実際に被害が少なかったのならば、多額すぎる財源の投入は問題だ。横領を視野に含めた、状況の洗い直しをしないといけなくなる。
(……面倒な……)
やはりあの男が相談してきた懸案だけある……とため息を吐きたい気分の沙耶に気付かないまま、店主が続けた。
「本当なら週に二度は届けに来て欲しいんですがねぇ。獣害対策が大変らしくて、なかなか難しいらしいんですよね」
「……獣害、ですか……?」
(きた……!)
食い付き具合を悟られぬよう、言葉少なく、店主の喋りたいままに任せる。
「魔獣も砂糖を好むんでしょうかね? それはそれは、酷い有様だと嘆いておりましたよ。……大群で押し寄せて来た魔獣どもが、農地を食い荒らし、農具を破壊し……何とか追い払おうとした農民たちも噛み殺されたんですと。襲撃が引いた後には、あちこちに血や肉片が散乱していたと言うのですから……恐ろしいことですね」
「それは……大変な事ですね……」
「本当に。しかももう3度も襲撃されたと聞いた日には、店にある砂糖の在庫を確認してしましたよ。まぁ、この通り潤沢に御座いますので、是非とも気が向かれましたら……」
話のついでにも勧めてくる店主を笑ってかわす。
しかし、その話の通りなら、確かに獣害は深刻なものだったのだ。荒らされるだけじゃなく、人的被害まで出ているのだから、州兵を増やして対策するのは当然だ。
(けど……魔獣が砂糖を好むなんて話、聞いたことない……)
同じ魔獣である一縷に、甘いものをあげようとしたことはあるが、興味なさそうに顔を背けられただけだった。
魔獣にも個性はあるだろうから、甘味を好む種族がいたっておかしくはないが……。
「……本当に砂糖が狙われたんですかね……」
殆どの魔獣は肉食であり、縄張りを犯す人間を捕食することもある。砂糖よりも、そこにいた農民たちを狙ったと考える方が自然だ。
しかし、
「そこにいた者には目もくれずに、砂糖の保管庫を荒らしたようですよ。その間に逃げれば良かったのにねぇ、追い払おうとするから……」
「そんなに沢山の方が犠牲になられたんですか?」
「まぁ数人とは聞いていますがね……。あぁ、でも毎回1匹は魔獣を狩れてるみたいですから、農家の人間も凄いですよねぇ」
農作業で鍛えられてるんでしょうかね、と笑う店主に、驚愕のまま言葉を詰まらせる沙耶。
「え……っ、毎回、魔獣を1匹、狩ってる……!?」
「はい、そのようですよ。相打ちみたいな形なのが残念ではありますが、ご遺体と一緒に魔獣の死骸もあったようでね……はい、お待たせ致しました」
と、そこまで話したところで、シナモンスティックが完全に粉末状になったらしい。
小さな紙袋にサラサラと移し替え、簡単に封をしたものが手渡された。
「あ、ありがとうございます。……代金を」
「……はい、ちょうど頂きました。どうぞ今後ともご贔屓に!」
笑顔で送り出してくれる店主。
もう少し話を聞きたい気もしたが、次の客が声をかけたこともあり、礼を言って調味料店を後にした。
(武装した兵士でもない農民達が、魔獣を狩った……?)
獰猛で狡猾な魔獣は、入念に武装して鍛え上げた兵士であっても簡単に咬み殺す程に凶暴だ。そんな魔獣を、毎回1匹狩るだなんて、相当に凄い。
犠牲になった人もいたようだが、しかし、それで魔獣を1匹狩れているならば被害は少ないと言っていい。
是非ともどうやって狩ったのか聞いて、兵士たちの訓練に生かすべきだろう。
(あとは、毎週潤沢な量の砂糖を売りに来てくれる、|田駕(たが)州の商人、か……)
今後も安定した量を持ってこれるのだろうか、非常に気になるところだ。
状況次第では話を聞いてみたいものだが……、
(ぁ……シナモンのいい香り…………)
甘い独特の香りが漂ってきて、少しテンションが上がる。
値は張ったが、時々の買い物ぐらい、奮発するのもいいだろう。
そんなことを思いながら、待たせている馬車へと足を向ける。日の傾き具合から考えても、十分に時間は経っているから、御者も文句は言うまい。
(このお菓子は陛下にも分けてあげよーっと)
沙耶は、跳ねそうになる足取りを抑え、あくまでも颯爽と、大通りを歩いていったのだった……。
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