第14話

「この街の砂糖の仕入先は、そこの調味料店しかねぇ。自分たちで遠方から仕入れてるんなら別だがな」



 値踏みするような鋭い視線を真正面から受け止めた沙耶は、小さく微笑んでから会釈した。


「お忙しいところ申し訳ありません。オーナーさんですか?」

「そうだ。……聞きたい事はそれだけか?」


 ぶっきらぼうな口調が職人らしい、と思いながら、あくまでにこやかに話しかける。


「とても綺麗な菓子をお作りですね。見ているだけで楽しいです」

「世辞でもありがとよ。……で? レシピ以外なら答えてやるが」


 その言葉に、店員の方が焦ったように表情を変えたが、それを気にすることなく顎しゃくるオーナー。

 ぞんざい過ぎる態度に苦笑した沙耶は、申し訳なさそうに頭を下げた。


「いいえ、聞きたかったのはそれだけです。すみません、お騒がせしまして」

「……そうか。……帰るなら、コレも持って行きな」

「えっ、オーナー!?」


 驚く店員を無視して、何かを包装紙に包んだオーナーは、それを沙耶に持たせた。


「宣伝用だ。気に入ったなら、また来てくれ」

「いいんですか……?」

「売り物じゃねぇ。俺が好きに配ってんだ」

「なら有難く頂きます。……わ、焼き菓子ですね、美味しそう……」


 袋の中は甘い匂い香りが充満している。一口サイズ台の丸いシンプルな形に、店の焼印。


(あ。これ、陛下に今朝貰ったやつと一緒だ……)


 さり気ない偶然を面白く感じながら袋を戻す。とても好みのクッキーだったのだ。もう一度ゆっくり食べたいと思っていたからラッキーすぎる。


 用は済んだとばかりに、奥の扉へ向かうオーナーと共に、沙耶も踵を返した。


 一応は仕事のつもりだったが、普通に買い物を楽しんでしまった。

 口元がニヤけそうになるのを我慢して、簾を持ち上げてくれる店員に礼を言う。


 そのままくぐって、退店しようとした、が、


「――砂糖の仕入れだが……ここいらじゃ、あそこの調味料店が一手に引き受けている。他で砂糖を仕入れてるなんて話は、聞いたことがねぇ」

「…………?」


 オーナーの言葉に足を止めた。


「最近はどこぞの貴族の大量購入で、砂糖を運搬する人夫が足りねぇぐらい、盛況してるらしい。……聞いた話だ」

「……有難うございます」


 まるで独り言のように呟いたっきり、すぐに自分の作業を始めるオーナー。


 沙耶は小さく微笑んで礼を言うと、今度こそ大通りに出た。


(大量購入……そんなの相当な額でしょうに……。ま、とりあえず次はそこの調味料の専門店ね……)


 静かな店内から一転、活気あふれる雑踏を再び歩き出した。




***




「ありがとうございましたー」


 客を送り出し、簾を戻した店員は、不思議そうな顔でオーナーを振り返った。


「オーナー。知っている方だったんですか?」

「まさか。パッと見た外見でしか判断出来ねぇ奴は、客商売として三流以下だぜ。……あの指先を見たか?」

「え。……いや、見てねぇっす……」

「アカギレもねぇ綺麗なおててだったぜ。髪も丁寧に手入れされた長髪だ。そんで、人の目をシッカリ見て話す姿勢……簡素な服装だったが、ありゃどう考えても、そこら辺の小金を持った庶民じゃねぇ」


 そう話すオーナーに、懐疑的な目線の店員。


「そうっすか……? 確かに綺麗なツラしてましたけど……髪なんて俺らと同じくらい白っぽい金でしたよ?」

「瞳は真っ黒だった」

「あー……でも目の色が濃い奴は、時々庶民にもいますし……」

「そんなのせいぜい焦げ茶ぐらいだろ。とにかく、あぁいう方も時々来られるんだ。簡単に態度を崩すな」


 お貴族様が、従者もつけずに1人で買い物ねぇ……と首を傾げる店員。


「そういえば昨日は、あの新作を売ってましたよね。今日から宣伝用にされたんすか?」

「……あれは、昨日売った奴のリクエストで作った焼き菓子だ。今ので最後。……次はオーダーされるさ」


 頭の上にハテナを浮かべる店員を置いて、1人満足気なオーナーは、再び新作の菓子作りに没頭すべく、厨房へと戻ったのだった。





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