第15話 第2章⑧ いつまでも二人で…

 本当に短い間ではあったが、この数日間私たちは非常に近い距離感で行動していたこともあり、私たちは互いの動きが明らかに以前よりもよく分かっていた。

 みずきが火球を飛ばし、それが直撃した部分に私が追い打ちをかける。そうすることで、私たちは触手に大きなダメージを与えることができたのだ。


「みずき! これならいけるよ!」

「ええ! でも油断しないでよ!」


 訓練の効果は絶大だった。私はみずきの魔力の流れを理解できるようになっていたので、目で見ずとも彼女の攻撃の軌道を読むことができた。そしてそれは彼女も同じで、私が多少無茶なコースを走っても、彼女は決して私に火球を当てることはなかったのだ。


 絶妙な連携で一気に触手を追い詰める。そしてついに、あと一息であの気色悪く蠢く触手たちを倒せそうなところまできたのだ。


「よし! これでとどめ!」


 私もみずきも残っている魔力はそう多くはない。特に私よりも魔力貯蔵量の少ないみずきにこれ以上無理はさせられない。私は次の一撃で決めるべく、右手に最大限の魔力を込めた。だが、それはまさにその時起こった。


「え!? いやああ!?」

「かすみ!?」


 何かに足を引っ張られ転倒する。倒れながら私は自身の右足を見ると、なんと触手が絡み付いていたのだ。敵であるハードテンタクルは私たちの目の前にいるはずなのに、後ろから攻撃されるなんて一体どうなっているんだと思っていると……


「千切れた触手が動いてるわ!? さっきまで微動だにしなかったのに!」


 焦り切ったみずきの声で、私はようやく自分の身に何が起こっているのかを理解した。しかし、分かったところで今の状況を打破する手はない。そして千切れた触手はあっという間に私の身体を絡め取ってしまったのだ。


「あと、一息なのに……!」


 私は必死にもがくも、やはり触手が緩まる気配はない。すると、私の目の前に千切れていた他の触手が迫ってきたのだ。

 うじゅるうじゅると、気色の悪い粘液を噴き出しながら私の眼前までやってくる触手。まるで、これから私を犯してやると宣言しているかのようにそれは堂々と私にその姿を見せつける。私はその触手のあまりの禍々しさに戦慄する。そして声を上げ必死に抵抗を試みた。


「やめて! そんな気持ちの悪いもの近づけないで!」


 しかしその程度の抵抗を触手はまるで意に介さない。私はあまりに絶望的な状況に血の気が引いていくのがわかった。あんなものを挿れられたらとてもではないが命はないと理解してしまったからだ。


「かすみ! 諦めるな!」


 だが、そんなネガティブな思考はみずきの叫びで掻き消された。


「あんたは、あたしが絶対に助ける!」


 彼女の声と共に、大量の火の玉がこちらに飛んでくる。一体彼女のどこにこれだけの魔力が残っているのかと驚いてしまうほどの激しい攻撃により、私の眼前で力を誇示していた触手はあっさり灰燼に帰したのだ。


「かすみを、放せえええええ!」


 みずきはいつしか全身を紅色に発光させていた。そしてそのまま敵の本体に突撃していこうとする。恐らく、敵の本体を倒してしまえば辺りに散っている触手も活動を停止させると考えたのだろう。

 しかし、そのまっすぐすぎる攻撃ではあれだけの本数の触手を掻い潜ることはできない。一瞬にして大量の触手がみずきを捉え、身動きを取れなくしてしまった。


「みずきぃ!!」


 私は喉が潰ればかりの声で叫ぶ。大好きなあの少女を私はなんとしてでも助けたかった。その為なら、この身がどうなってもいいとすら思っていた。


「みずき……?」


 だが私の予想に反し、捕まったみずきはなんと笑っていたのだ。そして彼女は、笑みを浮かべたまま私にこう言ったのだ。


「かすみごめん。散々心配かけるなって言ったけど、多分あたしはあんたにもっと心配かけることになると思うわ」

「ど、どういうこと……?」


 みずきの顔まで触手が這い上がってくる。だがそれでも彼女は少しも嫌がる素振りを見せず、微笑を崩すこともなかった。そして次に彼女はこう言った。


「まあ、それはこれからのことを見てればわかるわ。……それじゃ、私が戦えなくなってもあんたはしっかりやりなさいよ」

「ちょっと待って! それってどういうこと!?」

「ごめん、詳しくはもう話している時間がないのよ。それに、正直言ってあたしにもはっきりした未来は分からないから。……もしかしたら、運良く助かるかもしれない。もしそうなったら、またあたしと他愛もない話をしてくれると、嬉しい、かな……」


 みずきの身体から発せられる光が強くなる。それに伴い、猛烈な魔力の波動も私には感じられた。彼女がとんでもないことをやろうとしているのは明白だった。

 そんな彼女を前に、私は叫ばずにはいられなかった。


「みずき! お願いだから早まらないで!」


 それは私の魂の叫びだった。だが、みずきはそれでもかぶりを振った。そして少し瞳を潤ませ、彼女は囁くようにこう言ったのだ。


「悪い、かすみ。あたしの分まで、どうか頑張って……」

「みずき!?」


 私を掴んでいた触手の切れ端は、何かを察したのか、あれだけガチガチに縛り上げていた私を放り投げる。そして他の触手と共にみずきに飛びかかろうとした。しかしその瞬間、みずきはこう叫んだのだ。


「吹き飛べこの触手ども! ブレストライトダイナマイト!」


 彼女がそう叫んだ瞬間、みずきの全身が炎に包まれ、そして……


「みず……」


 触手もろとも大爆発を起こしたのだ。


「きゃああ!?」


 私は爆風に飲み込まれ、そのまま意識は闇へと消えていったのだった。



「あ、れ……? 私、生きてる?」


 一体あれからどれほどの時間が経過したのだろうか? 気が付くと、あたりはあらゆる建物が吹き飛び、触手の姿は完全になくなっていた。しかし、それと同時にみずきの魔力も私には全く感じることができなくなっていた。


「みずき!」


 瓦礫の山を前にして、私は彼女の名前を呼ぶ。だが、いくら叫んでも彼女は姿を現さなかった。

 私は堪らずその場から駆け出す。すると、私はみずきの破れた服の一部を見つけたのだ。


「まさか……」


 嫌な予感がした。服の切れ端に血が付いている様子はないが、彼女の姿が全く見えないということはもしやと、どうしても嫌な想像ばかりが先走ってしまう。


 みずきはやはり、自分の身を犠牲にして触手を倒したのだろうか? そう考えると、私の身体からは力が抜けていってしまったのだ。


「私が死にそうになったら承知しないって言ったのに、自分のことはいいの……? そんなの、自分勝手すぎるよ……」


 文句を言ったって仕方がないのに、私はそう言わずにはいられない。私の身は案じてくれたのに、自分のことは全然考慮しなかった彼女に私は初めて怒りを覚えた。

 頬を涙が伝う。私はもはや哀しみを堪えることはできなかった。すると、泣いている私にあの少女が呼びかけたのだ。


「かすみ」


 それは今の今まで姿が見えなかった、ツイン・アプロディーテの生みの親であるセレナだった。私はそんな彼女にこう尋ねる。


「セレナ、みずきは、どこに行っちゃったの……?」


 聞いたところで意味がないことは分かっていた。彼女の口から残酷な事実が語られることを私は覚悟しながらも、なんとか都合の良い未来を見たくて、私は無責任にも彼女にすがることを選択していた。しかし、彼女の口から出てきたのは、あまりにも予想外な言葉だったのだ。


「どこって、ここだけど」

「そっか、やっぱり、みずきはもう……って、ここ?」


 私は前のめりになって彼女の手の中を見る。そこにはなんと、なぜか乳幼児の女の子の姿があったのだ。訳が分からず、私は彼女に率直な疑問をぶつけた。


「……セレナ、あの、その子は?」

「もちろん、みずきよ」

「ええ!? これがみずきなの!?」


 セレナの言葉に私は驚愕するしかない。


「どうやらみずきは、過剰に魔力を消費したせいで乳幼児まで戻ってしまったようなの。あの子にはあんな荒技を使ったらどうなるか分からないとは伝えていたんだけど、彼女はあれを使ってでもあなたを助けたかったのでしょうね」


 それからセレナがあれこれと説明してくれたが、私は全く現状への理解が行き渡らず、混乱は治りそうもなかった。するとそんな私に対し、彼女はとんでもないことを言ったのだ。


「ほら、なにボッとしてるの? 赤ちゃんの面倒はあなたが見るの」

「ええ!? 私!?」

「当たり前じゃない。みずきはコンビでしょ? あ、ちなみにこの子の場合はお乳じゃなくて魔力が必要だから、あなたがおっぱいで魔力をあげて元に戻るまで育ててあげて」


 セレナはさも当たり前のようにそんなことを言う。だが私にはこの状況に素直に納得できるほどの器量は備わっていなかったのだ。


「育てるなんて、そんなの無茶だよ!?」

「大丈夫よ。多分一週間もあれば元に戻るから」

「はや!? で、でも、いくら早くたって私には……」

「それじゃ、学校には体調不良って伝えておくからしっかりみずきを育てなさい、お母さん」

「話聞いてる!? ってか私お母さんになるの!?」


 かくして私は、有無を言わさないセレナにより、乳幼児に戻ってしまったみずきを押し付けられ、そしてこの歳にして早くも子育てに挑戦することとなってしまった。

 ……この状況に対し、言いたいことは星の数ほどある。でも、今は泣き止まないみずきを泣き止ませる方が目下の課題であったのだった。

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魔法少女よ、巨乳であれ。 遠坂 遥 @Himari2657

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