第3話 プロローグ③ N76星系から来た少女

 意識が瞬間的に霧散していく。私はその刹那、ああ、人ってこうもあっさり死ぬんだな、なんて呑気なことを考えていた。

 だが、予想に反し、私の意識は完全には消え失せなかったのだ。


 闇の中からとある声が聞こえてくる。その声の主に対し、私はこう問いかけた。


「ねえ、そこにいるのは誰?」


 すると、闇の中から一人の少女が姿を現した。その少女はさっき路地裏で目撃したあの赤い髪の少女であった。少女は実に申し訳なさそうに私たちにこう言った。


「あなたたちを巻き込んでしまって、本当に申し訳ないわ……」


 そう謝った後、彼女は自身のことについて私たちに話してくれた。彼女の名前はセレナ・エバーグリーンといい、自身をN76星系という星からやって来た宇宙人なのだという。それに対し、恐らく私の隣に横たわっているのであろうみずきが呆れた様子でこう言った。


「宇宙人って、何無茶苦茶なこと言ってんのよ……」


 彼女の言うことももっともだ。いくら今まさにスライム状の化け物に襲われた私たちだって、いきなり「自分は宇宙人なんです」なんて言われて、はいそうですかと簡単に信じられるわけがなかった。


「あなたたちの気持ちはよくわかるわ。でもこれは本当のことなのよ。どこかの宇宙で生まれ人間に危害を加えていた魔物を私がN76星系に護送している途中、やつらに逃げられ、それを追ってこの地球まで追いかけてきたの」

「ってことは、さっきあたしたちを襲ったあの化け物も宇宙から来たって言うの?」

「そうよ。本当に二人には申し訳ないことをしたと思っているわ……。なんとか誰の犠牲も出さずに任務を遂行しようと思っていたけど、まさかいきなりあなたたち二人を殺されてしまうなんて、本当にとんでもないことをしてしまったと思っているわ……」


 セレナは実に辛そうにそう言う。しかし、もしあれが本当に宇宙から逃げてきたものだとしても、それを捕まえようとしていた彼女を責めようとは私たちは思わなかった。私は彼女を励ますように言う。


「仕方がないよ。いきなり飛び出しちゃったのは私だし……」

「ありがとう……。それにしても、あんな気味の悪い化け物を目の前にして、よく私に危険を伝えようとしてくれたわね。普通なら、怖くて逃げてしまうような場面なのに、あなたたちは本当に勇敢だと思うわ。それだけに猶更、あなたたちのような人を失うのは惜しいと私は思うの……。だから、私はあなたたちに、私の命をあげることにしたわ」

「「え?」」


 セレナの突拍子も無い発言に困惑する私たち。


「あげるってあんた、そんなのどうやって……?」

「私があなたたちと一心同体になることで二人を生き返らせるわ。要は、私たちが三人で一つの命を共有するってことになるわね」


 サラっととんでもないことを言う彼女に私たちは唖然とする。私は半信半疑で尋ねる。


「そんなことできるものなの……?」

「できるわ。N76星系人にできないことはそんなに・・・・ないもの。でもその代わり、あなたたちには地球に逃げ込んだ魔物を退治する手伝いをしてほしいのよ」

「え……」


 退治って、あの化け物を私たちでってこと……? つい今しがた、私たちは何も出来ずにあっさり落命したというのに、それはあまりに無茶が過ぎるのではないだろうか? するとみずきもおんなじことを考えていたのか、彼女は怒りを露わにしてこう言った。


「ば、バカじゃないの!? そんなの無理に決まってんじゃない!? ってかそんな無茶なお願いするなんて、あんた本当に悪いと思ってるの!?」

「お、落ち着いてみずき……」

「ってか、あんたもさりげなく呼び捨てしてんじゃないわよ!」

「ええ、今度は矛先こっち!? だ、だって、みずきだってあの時私のこと呼び捨てだったから……」

「あ、あれは咄嗟に出ちゃったのよ! あたしはまだあんたのこと完全には許していないんだから、馴れ馴れしくあたしのこと呼ぶのは……」

「もしもーし、痴話喧嘩もそれぐらいにしてもらえるかしら?」

「誰が痴話喧嘩じゃい!?」


 キレるみずき。それでも声が可愛らしいせいで彼女が怒ってもそれほど怖くはないわけではあるが。


「おっと、どうやら時間がなくなっちゃったみたいね。詳しいことはここじゃなくて現世でゆっくり話しましょう。とにかく、申し訳ないけど生き返らせるからには必ず戦ってもらうからね。そうじゃないと、どの道この地球は終わってしまうもの。それじゃ、よろしくね!」

「え、ちょま……」


 困惑する私たちを残し、セレナは再び闇の中へと消えていく。すると、それにつられるように、私たちの意識も再び闇に落ちてしまうのであった。



 気が付くと、私は地面に上に横たわっていた。そして私の横ではみずきが目を瞑り、同じように倒れていたのだ。私は立ち上がると、自身の身体が鉛のように重くなっているのを感じた。


「から、だが……」


 私は目眩を覚えながらもなんとかしゃがみ込み、みずきの身体を揺らす。


「みずき、しっかりして」

「……か、かすみ? あたしたち、生きてるの?」

「どうやら生きてるみたいだよ」


 よく見ると、私たちが目を覚ましたのはさっき魔物に襲われたはずの場所ではなく、西日が差し込む私たちの教室であった。私はふと、朝みずきのパンツをずり下ろしてしまった時に見た光景を思い出し、心臓の鼓動が早くなるのを感じていた。


「ちょっとかすみ」

「な、なに?」

「これ見てよ。おんなじのがあんたの指にもついてるわよ」

「え?」

 

 みずきに言われた通り私は自身の左手と、彼女の左手を見る。するとなんと、私たちの左手の薬指には見覚えのない指輪がはめてあったのだ。指輪には蒼い宝石のようなものがついている。


「左手の薬指って、結婚指輪じゃないの……こんなの外してやる」


 みずきは躍起になって指輪を外しにかかる。


「やめなさい」


 だがそれは、再び私たちの前に現れたセレナに止められた。

 今の彼女は少し透けていて、教室の向こう側を見ることができるほどであった。また彼女はさっきとは違い、なぜか私たちと同じ学校の制服を着ていたのだ。セレナは私たちの指輪を指差しながらこう言った。


「それが私との契約の証よ。だからそれをとることはできないわ。とったら死んじゃうから注意してね」

「ええ!?」「はあ!?」


 軽い口調でとんでもないことを言うセレナに対し私たちは同時に驚愕と不満を露わにしたが、彼女にはことごとく躱されてしまったのだった。


「とにかく、細かいことはまた明日。二人は一度死んでから生き返っているから身体に色々と変調が見られると思うわ。だから今日一日はゆっくり休みなさい」


 セレナはそう言うと、なんとあっさり私たちの前から姿をくらましてしまったのだ。


「ちょっと!? 待ちなさいよ!!」


 みずきが叫ぶも、結局私たちは、ロクに事態を説明してもらえないまま、本日は解散することになってしまった。

 再び二人しかいなくなった教室で、ポツリとみずきがこう漏らす。


「せっかく転校できたのに、一体これからどうなっちゃうのよ……」


 彼女の言葉が気になりはしたが、今は身体のダルさが辛すぎて、それ以上を口を開く気にはなれなかった。

 かくして、私たちは各々モヤモヤを抱えたまま帰宅せざるを得なかったのであった。


 そして時間は飛んで翌日の放課後、私たちの前にセレナが再び現れていた。


「ちょっと! いい加減にどういうことか説明しなさいよ!」


 みずきは早速彼女に説明を求めて詰め寄る。しかし……


「そんなことより、街に魔物が向かっているみたいなの! これからすぐに出動するわよ!」

「はあ!?」


 セレナはまたしても何も説明することなく、私たちの手を取る。私たちは抵抗しようとするも、彼女はそれを意に介すことなくこう言った。


「行くよ!」

「だから待って……」


 そしてそのまま、私たちはどこかに連れて行かれてしまうのであった。

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