七話
厚雲が支配する天空の下、エルミナ王国中域中部クロイツ平原にて〝勇者〟一同は再会を果たした。
「久しぶりだね、陽和ちゃん。元気してた?」
「は、はい!明日香さんもお元気そうで……」
南から平原入りした南方軍と、西から訪れた中央軍――二つの軍勢が陣を敷くその中間地点にて両軍の首脳部は顔を合わせた。
草花香る平原に天幕を張り、その下での邂逅である。
そして出会うなり南方軍副官である〝剣姫〟江守明日香は、中央軍副官〝光姫〟天喰陽和に抱き着いて再会の喜びを露わにしていた。
「はは、明日香は相変わらずだな。勇、お前も元気そうで何よりだ」
「そっちこそ元気そうじゃないか。あの仮面の女に襲われたって聞いた時は肝を冷やしたんだよ?」
再会の喜びを示したのは女性陣だけではない。男性陣である〝闇夜叉〟宇佐新と〝雷公〟一瀬勇、彼らもまた笑みを交わしあっていた。
「それについては陽和ちゃんのおかげでなんとかなったぜ」
「……陽和さんは大活躍だったようだね」
「ああ、切った張ったの大活躍。今じゃ〝光姫〟なんて異名で呼ばれてるくらいだからな」
「も、もう!新さん、止めてください……!」
新が陽和の活躍を語れば、当の本人は恥ずかしがって赤面している。
そんな陽和の様子に明日香が瞳を輝かせて「今度手合わせしようよ!」などと騒ぎ始めた。
段々と混沌としていく場を、両軍の参謀長たる二人の将軍たちは苦笑と共に眺めていた。
「いやはや、なんともお元気ですな勇者の方々は」
「ええ、そうですね。……ですが、私としては良かったと思っております」
「おや、アンネ将軍もですか。実は私も今安堵しておりましてな」
「……初陣、でしたからね。これを越えられるか否かで今後が大きく変わってきますから」
モーリス・ド・プラハ将軍にアンネ・ド・ブルボン将軍。
両者は出身地も年齢も性別も違えど、エルミナ王国の将軍として長年やってきた。
故に新兵が初の戦場に向かう場面を幾度となく見てきたわけだが、その結果についても大体把握している。
まず生きて帰ってくるか、否か。帰ってきたとしても五体満足であるか、否か。身体は無事であっても精神に傷を負っていないか、否か。
戦場とは殺し殺される場、殺伐の世界である。故に心身ともにまったくの無傷で帰還できる兵士は驚くほど少ないものなのだ。
そういった事情をよく知っている二人であったために心配事も同じだったのだろう。両将軍は顔を見合わせると安堵の息と共に苦笑を浮かべた。
「もう十年以上将軍をやっていますが……未だ慣れませんね」
「人の命やその後の人生がかかったやり取りですからな。私も慣れてはいませんよ」
「モーリス将軍、あなたですら?」
「ええ。……おそらく、これは一生慣れることのないことだと私は思っておりますよ」
歴戦の武将であるモーリスの言葉にアンネは驚きを隠せずにいる。
そんな年下の将軍の様子に頷きを返したモーリスは「頃合いですな……」と呟いてから咳払いをする。
「勇者の皆さま方、そろそろ軍議を始めましょうぞ。皆も待っておりますからな」
その言葉に居並ぶ幕僚たちは苦笑を浮かべ、年若い勇者一同はこの場がなんであるかを思い出して赤面しながら下を向いた。
そんな面々を見回して席に着くよう勧めたモーリスは、全員の着席を確認すると自らも椅子に腰を落ち着けた。
それを見て取った司会進行役の文官は、資料を手にしながら立ち上がって一礼し口を開いた。
『ではこれより軍議を始めます。……まずは現在の我々の状況からご説明させて頂きましょう』
そう言いながら文官は指揮棒を片手に、全員が座する円卓上に置かれた地図に眼を向けた。
『王都パラディースが中心部分にあるこのクロイツ平原ですが、現在我々がいるのがココ――平原南西部になります。中央軍が平原西部に、南方軍が南部にそれぞれ陣地を構築し待機しているのが現状ですね』
西方征伐を終えた勇者率いる二つの軍勢であるが、征伐における大勝とそれに貢献した勇者の武威に恐れをなしたのか、恭順を示した周辺の貴族諸侯の私兵が加わることで戦力が増強されていた。
現在、新率いる中央軍が八万、勇率いる南方軍は七万まで膨れ上がっている。総数は十五万、開戦時の十万と比べれば征伐で減るどころか大きく増えているのが現状であった。
『合流時の混乱も今では粗方収まっていますし、決戦までまだ数日はかかりますからそれまでには両軍共に万全の状態に仕上がるという予測報告が上がっています。これは皆さま方であれば肌身に感じ取っていると思いますが』
との台詞には一同揃って頷きを示した。兵の動向は常に把握している為、当然のことであったからだ。
『兵站の確立と維持は問題なく、軍全体の士気も高い。叛乱軍である敵を討つという大義もこちらにあります。戦前の状態としては申し分ない状況であると言えるでしょう』
「……なるほど、こちらの状況は良く分かりました。では王都の様子はどうなっているのでしょうか?」
満足げな雰囲気を漂わせる幕僚たちを尻目にアンネが問いを発した。
それは当然の質問――何故なら王都パラディースにはこちらが擁するオーギュスト第一王子がいるのだ。
加えて国王が臥している現状では国家の頭であるアルベール大臣の身柄もそこにある――となれば、現状を把握しておきたいと思うのは当然のことである。
自陣営の本拠地、故に詳細に現状を把握しているだろう、と誰もが思っていた。
だが、進行役の文官が手元の資料を漁り始めたことで皆の表情に不審が奔った。
そしてそれは文官が冷や汗をかきながら口を開いたことで最高潮にまで高まる。
『王都の様子ですが…………不明です』
『……は?いやいや、それはおかしな話でしょう』
『左様、王都とこちらの連絡網は安全のはず。加えて王都は目と鼻の先、連絡は容易いはずでは?』
口々に怪訝を告げる幕僚たち。その姿には二人の将軍はおろか勇者たちも同意見であったのか、一様に疑問符を浮かべている。
幾人もの問いかけるような眼差しを受けた文官は焦りを浮かべて説明し出した。
『五日ほど前から王都からの連絡が途絶えているのです。それ以前に反発する勢力の締め付けを行っているという報告がありましたから、その騒動で連絡が遅れているのだろうと判断しておりました。ですがあまりにも遅いため、昨夜連絡役として護衛の兵と共に文官一名を派遣したのですが……まだ戻ってきてはおりません』
これには思わずモーリスとアンネがそれぞれの部下――王都との連絡を任せていた者――に視線を送るが、どちらも表情を青ざめさせるだけだ。
その様子に素早く気付いた進行役の文官が慌てて補足を加える。
『先ほども申し上げましたが、単に何らかの騒動で遅れているだけだろうと判断したため対応が遅くなりました。それに伴って両将軍と勇者さま方への報告も遅れました。誠に申し訳ございません……』
モーリスもアンネも将軍としては珍しい温和な性格であったことがここで幸いした。報告義務を怠った部下への怒りが湧かなかったのである。
それに五日も報告がなかったことに不審を抱かなかったこちらにも落ち度はある。参謀長として自らにも責任はあると思ったのだ。
故に二人の将軍は立ち上がると指揮官と副官たる勇者四人に頭を下げた。
「申し訳ございませぬ、ユウ様、アスカ様。この失態、如何様にも処罰を受ける所存でございます」
「私もモーリス将軍と同じく謹んで処罰をお受けする所存です、シン様、ヒヨリ様」
上官が頭を下げた――この事態に失態を犯した部下はもちろんのこと、他の幕僚たちも席を立つと片膝をついて首を垂れた。
これには勇者一同、堪ったものではない。
「ちょ……!?顔を上げてください、皆さん!僕たちは別に怒ってませんから――だよね、新?」
「ああ、当たり前だろ。むしろ謝るのは俺たちの方だ。そういった業務を全部皆さんに押し付けちまってる……指揮官としては失格だしな」
「そ、そうですよ!私たちは何もしていませんから……無責任で申し訳ないですし」
「そうだねー。私たちは所詮名ばかりの指揮官副官だし、実質的なトップはモーリスさんとアンネさんだからね。私たちに頭を下げる必要はないよ」
勇たちが必死に擁護の声を上げ、明日香に至っては色々とぶっちゃけてしまっている。
言葉を飾らない〝剣姫〟であるが、それは周知の事実でもある。
しかしたとえお飾り――名目上の指揮官副官であろうが、第一王子が異世界から召喚した勇者を神聖視するのが彼らの陣営の前提であるので、それを表立って認める者はいない。
なのであくまで指揮官副官から許しを得た、という体で幕僚と将軍たちは立ち上がると席に戻った。
その光景を受けてから進行役の文官は再び口を開く。
『でっ、では王都の状況につきましては本日中に戻るであろう連絡役を待つということで……。最後に敵――東方軍についてです』
今しがたの出来事によって天幕内には緊張感が漂っていたのだが、この言葉でそれが明らかに増した。
誰もが緊張を顔に張り付けて進行役の言葉を待っている。
『シャルロット第三王女を御旗とする東方軍ですが、密偵からの最新の報告では〝雪の道〟を南下中とのことで、もうまもなくこのクロイツ平原に入るとのことです。数にしておよそ九万五千ほど、当初の十万から五千も減っておりますが、これは北方軍との戦闘による損害だと思われます』
『予想よりも多いな……』
『二倍もの兵力差があった北方軍とぶつかったにしては少ない損害ですね』
『なるべく直接戦闘を避け、ルイ第二王子を捕らえることに成功したからだろう』
兵力差が二倍もあった北方軍との戦いにおいて東方軍が取った作戦――それを聞いた時、一同は驚いたものだ。
何せ言うは易く行うは難しといった内容の策であったからだ。
『本隊は徹底して地帯戦術を行い、その間に別動隊による本拠地襲撃。それによる総司令官のおびき出しに成功した上で殺さず捕らえたのだからな。よくやったものだと感心してしまうよ』
『ああ、そうだな。このような綱渡りな策、普通なら成功するどころか各個撃破されておわりだったろうに……』
『それが上手くいったのは様々な要因があったからだろうよ』
本隊の指揮を執ったのが先代〝王の剣〟であるテオドール・ド・ユピターであったこと、別動隊がエルミナ王国における精鋭部隊〝光風騎士団〟であったこと、その指揮官が当代〝王の剣〟クロード・ペルセウス・ド・ユピター大将軍であったこと。
他にも魔導爆薬や歴戦の東方軍など様々な要因があったからこそ成功した作戦であった、というのが幕僚たちの見解である。
『それにシャルロット第三王女が直接陣頭に立ったことも影響しているだろう』
『後は新たな〝王の盾〟の存在も大きい。彼が居なければルイ第二王子を生け捕りにすることなど出来なかっただろう、と密偵から報告が上がってきている』
『……ほう、貴官は〝王の盾〟が何者であるかご存じのようだ。是非とも教えて頂きたい』
このやり取りには多くの者が興味を引かれたのか、一斉に視線を向けた。その中には勇者四名の姿もある。
モーリスとアンネは既に報告を受けていたためさほど興味はない。ただ聞いた時、エルミナ王国にしては珍しい名前だなという感想を抱いただけだ。
『私が知っているのは密偵からの報告にあった名前と容姿のみで、それもこの後彼が報告することになっていたが……』
とその武官がちらりと進行役に視線を向ければ、彼は頷いて告げても良い旨を示す。
それを受けた武官は一度切った言葉を続けて〝王の盾〟の情報を告げた。
将軍たちにとっては既知の名を、されど勇者四人にとっては衝撃的な名を。
「〝王の盾〟の名はヤコウ・マミヤ大将軍。白髪に顔の左半分を眼帯で覆った――奇妙な少年だという」
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