十五話

「見えてきましたわね……」


 軍馬を駆る気品に満ちた女性――アレクシア・ユリウス・ド・エルミナ第一王女は、紅眼に映りこんだ敵中央に視線を固定しながら呟いた。

 身体を動かすのに邪魔にならない程度の軽装を身に纏い馬上の人となっていた彼女は、西方軍を導く御旗の如く一番前を駆けている。

 烈火を宿した紅き瞳は既に二人の少年少女の姿を捉えていた。


「あれが勇者……」


 予想通りとはいえ目的の人物が目の前に現れてくれたことにアレクシアは感謝した。

 彼女の漲る戦意に呼応して体内に取り込んだが脈動する。

 確かな〝力〟――感じ取ったアレクシアが笑みを深めていると、親衛隊の隊長が馬を寄せてきた。


『アレクシア殿下、軍議の通り我らは少年の方を抑えます。殿下は――』

「わたくしはあの少女の方を相手するわ。決着がつくまで手出しは無用よ」


 それが十日間の軍議で決定した勇者対策だった。

 大軍で以って複数の魔法を自在に操ることのできる少年を抑えている間に、魔剣を持つアレクシアが二刀使いの少女を仕留める。

 どちらか一方を倒すことができれば勝機が見えてくる。仮に倒せなくとも疲弊はさせられるだろう。その後、五万という大兵力が合流すれば数の暴力で一気に押しつぶせるはずだ。


(いくら固有魔法持ちといっても所詮は人族の範疇に過ぎない。その点、〝堕天〟したわたくしの方が体力、魔力共に上のはず)


〝勇者〟という御大層な肩書きに惑わされてはいけない。〝勇者〟とは単に固有魔法を持った人族に過ぎない。少年の方は〝神剣〟所持者ではあるが、その力量は未だ開花していない。あのクラウス大将軍と比べれば天と地ほどの差があると言えよう。

 そういった点を除けば、残るは真偽が不明な〝異世界〟出身者という違いしか残らない。

 ならば〝魔人〟となった己の方が自力、経験共に勝っている――とアレクシアは判断したのだ。


(固有魔法や神剣に慣れる前に討てば良いだけですわ。それに……今のわたくしなら)


 何も勇者を警戒しただけで十日も無為に過ごしていたわけではない。負傷者を一人でも多く回復させることや遠く離れた地での戦況の把握に努めるだけでなく、ノンネからもらい受けた〝魔石〟を身体に馴染ませるといったことも行っていたのだ。


(出来損ないのルイとは違う……わたくしは完璧な〝魔人〟よ)


 北方から南下中の兄を思い浮かべたアレクシアは嘲笑を浮かべた。ルイはアレクシアとは違って未調整の〝魔石〟を取り込み〝魔人〟となった。それ故に完璧には〝魔石〟の力を引き出せない。

 その点、ノンネが調整を施した〝魔石〟を使って〝堕天〟したアレクシアであれば問題はない。に力を引き出せる――とノンネから告げられているからだ。


(ふふ、玉座はわたくしの物よ)


 主力であり各軍の指揮官でもある勇者を始末すれば中央、南方連合軍は壊滅するだろう。その間にシャルロット第三王女の東方軍を蹴散らした北方軍が王都に向けて南下してくるだろうから、そこで自らより劣っているルイ第二王子を倒す。そうすれば叛乱軍から王都を救ったとして王都の民衆は歓喜の声で迎え入れてくれることだろう。

〝四聖壁〟を無血で越えさえすれば後は簡単だ。何の力も持たないオーギュスト第一王子とアルベール大臣を逆賊として公開処刑にでもすれば、救国の英雄としてアレクシアは玉座に就くことができる。

 その後は内乱で減少した国力の増強に努め、来る隣国との戦争に備えるのだ。


(そうすれば、わたくしとジルが結ばれることを邪魔する者はいなくなる)


 同性を愛してしまったアレクシアは、今のままでは誰にも受け入れてもらえないだろう。しかし国を救い女王となれば許されるはずだ。それほどまでに王座とは絶対のものなのだから。


(待っていなさい、ジル。わたくしが必ず二人で日向を歩める未来をつかみ取ってみせますわ)


 軍学校時代、誰もがアレクシアを王族としてしか見なかった。その中でただ一人、ジルだけがアレクシアというを見てくれた。

 王族として他者に傅かれるのが当たり前だと傲岸不遜になっていたアレクシアを、ジルだけは諫めてくれた。

 それはとても勇気がいることだ。いくらジルが四大貴族の一員といえども、その権威は王族には及ばない。アレクシアがその気になれば彼女の首など容易く飛ぶ。

 けれどもジルは、それを理解したうえで尚、アレクシアに物申したのだ。それがどれだけ驚きで、どれほど嬉しかったことか――アレクシアはその時、初めて友と呼べる存在を得たのだった。


(あれから四年……ジルはこんなわたくしとずっと共に歩んでくれた)


 傲慢で腹黒く、嫉妬深い上に自尊心の高い――そんな欠点だらけの自分に、彼女は愛想をつかすことなくついてきてくれた。

 時には臣下として、時には友として、時には恋人として。

 その恩に報いたい、その愛に応えたい。

 そして、いつか二人で堂々と胸を張って、全天に知らしめたい。



――自分たちはこんなにも幸せなのだと。



 だからこそ、この戦で勝たなければいけない。眼前の脅威を排除しなければならない。

 

(ジル、見ていなさい――わたくしが勝利する瞬間を!)


 既に敵最先端――勇者二人との距離は一里を切っている。アレクシアは腰から魔剣を抜き放つと、二刀を携え佇む少女に狙いを定めた。


「勇者、あなたを――ッッ!?」


 アレクシアが気炎を吐き上げた――その時だった。

 突如として視界に捉えていた少女の姿が消えた、と思った瞬間に右側面から怖気の奔る殺意を感じ取ったアレクシアは、咄嗟に魔剣を右側に構えた。

 次いで右手に握りしめていた魔剣に激烈な衝撃が襲い掛かってきたことで馬上から弾き飛ばされてしまう。


『アレクシア殿下!!』

「わたくしに構わないで!少年を抑えて頂戴!」

『くっ……承知いたしました。ご武運を、殿下!』


 口惜し気な、それでいて心配そうに言った親衛隊隊長はそのまま指揮を引き継いでもう一人の勇者へと向かっていく。彼に続く形で第一陣の騎馬が立ち上がるアレクシアを避けて突撃していった。

 しかし、アレクシアに彼らを見送るような余裕はなかった。彼女を弾き飛ばした人物がこちらに鋭い眼光を向けてきているからだ。


「やっとこうして相まみえましたわね。……わたくしの名はアレクシア・ユリウス・ド・エルミナ。この国の第一王女にして西方軍総司令官よ」


 自らの状態を整える意味合いでの名乗り、故に返事を期待したわけではなかった。

 されど、対峙する茶に近い黒髪を持つ少女は名乗り返した。


「江守明日香。勇者の一人で中央、南方連合軍の副官だよ」

「……エモリ、アスカ……。なるほど、極東出身者のような名前ですのね。もしや生まれもそちらなのかしら?」


 南大陸の東端に位置するヴァルト王国――よりもさらに東、海を挟んだ島国の出身者がそのような名づけ方だったはず、と記憶を探って問いかければ、〝勇者〟江守明日香は即座に否定した。


「ううん、違うよ。私や勇くんたちはこことは違う世界から来たの」

「そう……やはり伝承は真実だったようね」


 言葉を交わしながらじりじりと間合いを図るアレクシアだったが、明日香も彼女に合わせて動くため中々間合いがつかめない。


「伝承……?よくわかんないけど、あなたは色々と知っているみたいだね」

「ふふ、そうだと言ったらどうしますの?」


 余裕を見せておく必要がある。こちらが緊張していることを悟られてはいけない。アレクシアは王族としての教育で培った対人力を総動員して笑みを浮かべた。

 それに食いついたのか、明日香の表情に僅かではあったが変化が訪れた。〝無〟ではない、期待と不安がない交ぜになった顔をしながら訊ねてくる。


「〝勇者〟を……私たちを元の世界に帰す方法はあるの?」


 一瞬、息が詰まった。勇者たちが戦う理由など考えもしていなかった。どうせ地位や権力、財産でも約束されたのだろうとばかり思っていたが……。


(この子たちは自分たちの世界に……故郷に帰ろうとしているだけ?)


 だとすれば――……否、だとしても。これは戦争だ、敵にかける情けなど無用。勝者だけが望みを叶えられる殺伐の世界。ならばここは最大限、利用すべきだろう。

 僅かに残った迷いを、想い人の笑顔で塗りつぶしたアレクシアは嘲笑を繕って告げる。


「――ありませんわよ、そんな方法。伝承ではあなたたちよりも前に召喚された〝初代勇者〟は、元の世界にも帰れずに死にましたもの」

「――――」


 冷酷にも事実を告げてやれば、少女ははっきりとわかるほど動揺を顕わにした。表情を強張らせて、間合いを図っていた足さばきが乱れる。身体から放っていた剣気も明らかに薄れていた。


――もう一押し、それから仕掛けよう。


 そう決断したアレクシアは口端を吊り上げて挑発する。


「あなたたちも〝初代勇者〟のように、この世界の人間に利用されるだけされて、やがては切り捨てられる――そんな未来しか得られませんわよ。きっと……ね」

「…………っ!」


 今度は明確に戦意が薄れた。それを証明するように二刀の切っ先が僅かに下向く。

 その瞬間――、


「だからここで――死になさいな!」

「っ!?」


――アレクシアは仕掛けた。

 話している間に全身に巡らせておいた魔力を使って跳躍し、明日香に魔剣を振り下ろす。少女は反応こそ遅れはしたものの、頭上で二刀を交差させてアレクシアの一撃を受け止めた。

〝魔人〟の全力の一撃に、耐えられなかったのは地面の方で、明日香の足元が激しく陥没した。

 しかし防がれるのは想定内、アレクシアは宙に浮いた状態から明日香に蹴りを繰り出した。相手の胸部に当たったその一撃の威力はすさまじく、衝撃波を発生させながら明日香を吹き飛ばした。

 彼女はその先で落馬していた西方軍兵士に激突して止まった。手を出すなと事前に言われてはいるが、目と鼻の先に大将首があれば取りたくなるのが武人の性。

 その兵士の周りに居た者たちがこぞって槍を扱いた。複数の殺意が明日香の身体を貫こうとして――紅い花が草原に咲き誇った。


『え――ゲバッ!?』

「…………邪魔」


 たった一言、それだけが兵士たちが聞いた最後の言葉となった。彼らの視界は一様に自らの首のない胴体を眺めながら暗闇に染まっていく。その表情は唖然としたもので、最後まで何が起きたのか理解できていなかった。

 起き上がる動作の五人もの兵士の首を刎ねた少女に、アレクシアは端正な素顔を引きつらせる。


「帰れない……カエレナイ?それがどうしたの――いや、違う。それは問題で……だけど私一人なら――」


 今しがた人を殺したとは思えないほど明日香の顔に動揺はない。何事かブツブツと呟いては首を振ったり手にする刀で絶命している兵士を突き刺している。

 異様な雰囲気を放つ明日香に気圧されたアレクシアは声をかけられないでいた。仕掛けることもできない――それほどまでに少女には隙があるようでなく、こちらの肌を突き刺す殺気は尋常ではなかった。

 やがて何か納得したのか、明日香は頷いて顔を上げた。その表情を見た――視てしまったアレクシアの背筋に怖気が奔った。



――笑っていたのだ。何の邪気もなく、何の含みもない――向日葵のような笑みを、鮮血と死体が転がる戦場のど真ん中で浮かべていたのだ。



「ありがとう!」

「…………は?な、なにが、ですの……?」


 聞いてはならない、けれども口が勝手に訊ねてしまう。

 これまで出会ったどのような人間、生物にも当てはまらない未知の生命体と遭遇してしまったかのように――身体を凍り付かせて、アレクシアは問うてしまった。

 そんな彼女の様子を一顧だにしない明日香は朗らかに笑って。


「最高司令官のあなたが知らないんじゃ、西方軍の誰も帰り方なんて知らないってことだよね!ありがとう、教えてくれて。これで戦えるよ!」

「――――――――は」


 なんだそれは。意味が分からない。

 一体何をどうやったらそのような答えに行き着くのか、アレクシアには理解不能だった。

 

(なに、なんですのこいつは――)


 おかしい、そう、おかしいはずだ。

 なのに満面の笑みを咲かせて言ってくるものだから、おかしいのはこちらで、正しいのはあちらだと思いそうになる。

 未知の恐怖から硬直するアレクシア、そんな主の様子を悟ったのか周囲で奮闘していた兵たちが馬首を巡らせる。


『アレクシア殿下、今お助けに――ギャアア!?』

『くそ、こいつ速すぎ――アガッ!?』

「う~ん、歯ごたえがないなぁ」


 先ほどまでの動揺は何だったのか、明日香は物足りなげな表情を浮かべながら二刀を振るう。そのたびに鮮血と悲鳴が迸っては散ってゆく。

 一太刀凶刃が振るわれれば、一つ命が刈り取られる。

 阿鼻叫喚の地獄の中で修羅あすかが――嗤った。


「っ……いい気になるのもそこまでですわ!」


 そこでようやく我に返ったアレクシアは、怒りで頬を染めながら地を蹴って明日香に突撃した。〝堕天〟によって生み出された絶大な魔力を魔剣に込めて振るう。

 しかし、あっさりと左手の刀で弾かれて、残る右手の刀で左腕を切り飛ばされた。


「あ、が……うぅ……」

「へえ、凄いね。腕が再生してるよ」


 あまりの痛みにアレクシアが膝をつけば、即座に失った左腕が再生を始める。骨が生み出され、肉が覆い、皮膚が張り付く。その驚異的な回復力は〝堕天〟による恩恵の一つ、高速回復によるものだ。

 常人ならばその光景に絶望したかもしれない。どれほど攻撃を与えても殺せないのではと剣を捨てて背を向けるかもしれない。

 けれども〝魔人〟アレクシアが対峙する〝剣姫〟ミトラは――興味深そうに瞳を輝かせるだけ。


「どれくらいまで再生できるのかなぁ……とりあえず心臓を潰してみて、それでも大丈夫そうだったら頭にしてみようかな」


 何が――とは聞かずに、狂ってゆく世界の中でアレクシアは吼えた。


「な、めるなァアアアアアッ!!」


 人間性を捨てた、魂の咆哮と共にアレクシアの身体が変貌していく。安定を捨て去ったことで体内に宿る〝魔石〟が際限なく魔力を放出し始めたのだ。生まれつき適性を持つ〝魔族〟アスラとは違って、アレクシアの身体は〝人族〟ヒューマンだ。過剰すぎる魔力は毒となり、彼女の身体を急速に蝕んでいく。

 きめ細やかだった柔肌が紫に染まりひび割れ、四肢が膨張していく。エルミナ王家特有の絹のように滑らかな金髪は抜け落ち、その美貌は大鬼のように醜悪な物へと変貌を遂げた。

 

「ゴ、アァアアアアアッッ!!」


〝堕天〟の失敗――〝なりそこない〟の一種となり果てたアレクシアは叫ぶ。目につく者を殺したいという本能と――もはや思い出せないとの未来を欲して。

 そんな怪物を前に――明日香ばけものはすっと表情を〝無〟に変えて二刀を構えた。


「人であるからこそ人間は強いのに……駄目だよ、それじゃ。〝天〟には届かないよ」


 かつて視た〝天〟――明日香の生涯においてただ一人、彼女に土をつけた少年を思い浮かべながら、先ほどまでとは正反対な〝静〟を身に纏って声を発した。


「我は鋼、一切合切を切り払う剣なり」


 それは固有魔法を励起させる言霊だ。

 明日香が持つ魔力が〝剣神〟を起動させ、手にする二振りの刀――〝髭切〟と〝膝丸〟という、故国において〝霊刀〟として江守家が保有していた刀を再現する。

 その激烈な覇気を前にした〝なりそこない〟アレクシアは巨大な拳を振り下ろした。圧倒的な力に少女の身体は刀ごと潰され肉塊となり果てる――ただし、当たったものが残像でなければの話だが。


「遅い、やっぱり人であった頃の方が強かったよ」

「ガ、ゴァア!?」


 どこからともなく明日香の声が聞こえてきて――首を傾げた〝なりそこない〟だったが、直後全身を切り刻まれて悲鳴を上げる。

 足の筋を切られたことで膝をついたと思えば次の瞬間には四肢が斬り飛ばされている。目にもとまらぬ高速連撃は明日香が二刀を以って繰り出している技だ。


――双竜。


 通常、刀を一振りすれば硬直が生まれる。長年の努力によってその時間を短縮したり次の技につなげることで上手く活用したりと工夫はできるが、硬直そのものを完全に消すことはできない。これは人間の身体の構造上の問題だが、江守流の開祖はそれを否定した。

――心技体が完全に揃えばできるはずだ。

 そのように考えた開祖が編み出したのがこの双竜という技だ。足、腿、胴体、腕、首、頭といった身体、これまで編み出してきた江守流の数々の技、そして長い年月と護国の為に渡り歩いた戦場での経験、そこで培った折れぬ心――それらを全て使ったうえで、更に〝霊刀〟と深くつながることで……ようやくこの技は発動できる。

 開祖はこの双竜によって硬直のない連撃技の実現に成功した。

 だが、それを扱えたのは開祖のみで、歴代の家人は誰一人として再現できなかった――明日香という麒麟児が現れるまでは。

 明日香はこの技の再現になんなく成功すると、今度はそれをさらに改良してみせた。

 それが今、明日香が使用している江守流改〝双竜〟である。


「再生速度が追い付いていないみたいだね。不死身だったらどうしようかと思ってたよ」

「――――」


 悲鳴を上げる暇もない。〝なりそこない〟は明日香が二刀から繰り出す終わりのない連撃を前に一方的に嬲られていくだけだ。

 元々、明日香が元の世界で改良した双竜は〝霊刀〟を使って〝日ノ本〟の大地から霊力を常に供給することで無限の体力を生み出し、敵を滅するまで終わらない連撃を繰り出すというものだ。

 しかしこの世界には霊刀も霊力もない。だが、その代わりに魔力というものがあった。

 明日香はこの世界に召喚されてからずっと、暇さえあれば魔力を使った技の開発に努めていた。その結果、元の世界で霊力を使用しなければ使えなかった技を、魔力を代用とすることで使用可能にまでしていたのだ。

 その結果が――今につながっている。


「そろそろ回復が追い付かなくなってきたみたいだね」


 四肢を切り落とされては再生し、また切り落とされる。心臓を貫かれても、頭部を破壊されても再生するその回復力は凄まじいといえようが、そのたびにまた貫かれ、破壊されるということが繰り返される。

 これでは恩恵というよりも拷問に近い。

 無限に続くかと思われたこの繰り返しだったが、明日香が疲れることを知らないというばかりに連撃速度を上げ続けているため、それに比例して回復速度が追い付かなくなってきていた。

 切られ、貫かれ、抉られて……その果てに明日香の瞳に映りこんだのは、〝なりそこない〟の胸で妖しげな紫光を放つ塊――〝魔石〟であった。

 その石が放つ魔力にこれが〝核〟だと当たりをつけた明日香は攻撃を集中させた。

 始めは斬りつけても無傷だった〝魔石〟だが、膨大な数の連撃に晒されることで徐々に亀裂が入っていく。

 自らの急所が破壊されかかったことで〝なりそこない〟が反撃しようと試みるも……反撃するための腕がない、牙がない、足がないのではどうしようもない。

 そして――、


「これで終わりだよ」

「――――――――ぁ」


 パキィン――という硝子が砕け散る音に似た音色と共に、〝魔石〟が弾けた。

 世界が壊れる音が耳朶に触れ、一瞬だけ意思を取り戻したアレクシアの瞳に、馬を降り、涙を流しながらこちらへ駆け寄ってくる、最愛の人ジルの姿が映りこんだ。


――最後にアレクシアの脳裏を過ったのは、彼女には泣き顔よりも笑顔の方が似合うのに、という平凡な、でもとても大切なことだった。

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