七話

 その頃、エルミナ首都パラディース――王城グランツの一室では二人の男性が言葉を交わしていた。

 体格、性格――様々なものが違えど、彼らの胸中は同じ野望を抱いている。


「――それで、勇者の件はどうなっている?」


 部屋の主である細身の男――彼はこの国の第一王子だ。

 王位継承権第一位にしては脆弱な覇気を醸し出してはいるが、身の内から発する邪な気配は隠しようもない。


「密偵からの報告では滞りなく進んでいるとのことです、オーギュスト殿下」


 第一王子オーギュスト・ヘレンニウス・ド・エルミナに応えたのは、この国の文官における頂点――アルベール・ド・マルス大臣である。

 彼はエルミナ貴族を代表する四大貴族の一角、マルス家のだ。

 大臣に就くにあたって他派閥との軋轢を避けるため、表向きは一人息子に家督を譲ったとされているアルベールだが、実際に権力を握っているのは彼である。

 アルベールはその強かな精神で以って真剣な表情を維持し続けながらオーギュストに報告を行っていた。


「つい先ほど――殿下に拝謁する前に受けた報告では、勇者らは予定通りプノエー平原を行軍中とのこと。このまま何事もなく進めば明日には例の地点にたどり着くでしょう」

「そうか、ならば良い。……それにしても便利なものだな、〝魔導通信機〟というものは」


 魔導通信機。

 それは今より二百年前に生み出された魔力を用いる装置のことである。

〝魔力〟というものを発見し、〝魔法〟という技術体系を生み出した開祖――第二代〝人帝〟ルナ・レイ・スィルヴァ・フォン・アインスという女性が、〝魔王〟ライン・シエラ・フォン・フィンガーと共に創り出した〝魔導〟の一つ。

 平均的な馬車と大体同じ大きさをした〝魔導〟であり、見た目はかなり仰々しい。

 重量も相当なものであり、運ぶ際にはオリハルコン製の土台に乗せ大量の馬に牽引させるか、あるいは〝飛空艇〟で輸送するしかないほどだ。

 更に材料に貴重な代物を大量に消費しなければいけないという事実も相まって、現在では制作されておらず各国の主要都市にしか存在しない。

 それでも通信機間で肉声を常時やり取りできるという利便性は高く評価されている。


 アルベールはこれを使って王都から遠く離れた地に赴いている勇者一行の動向を素早く掴めていたのである。


「そうですね、おかげでこうして殿下にいち早く情報をお伝えすることができます」

「それもこれも〝戦女神〟アテナの功績だな」

「……アインスの皇帝に賛辞など送りたくはありませんが…………事実ではあります」

「ははは、貴様の大帝国嫌いは相変わらずというわけか」


 魔導通信機を発明した偉大なる二人の開祖――その内の一人であるルナ・レイ・スィルヴァ・フォン・アインスは、エルミナから見て東方――〝大絶壁〟を挟んで存在する大国の第五十代皇帝だ。

 エルミナよりも永い歴史を持つ超大国、アインス大帝国における英雄。二百年前の〝解放戦争〟――エルミナがまだ聖王国を名乗っていた頃に起こった大戦において、アインス大帝国を盟主とする東側諸国同盟――通称〝軍神同盟〟を勝利に導いた立役者。

 その功績を讃えられ、現在では〝戦女神〟としてアインス三大神の一角に列せられている。


 しかしそれらは戦勝国からの評価、敗戦国であるエルミナに生まれ、誰よりも祖国を愛しているという自負を持つアルベールからしてみれば悪神以外の何者でもなかった。

 けれども文明を発展飛躍させた偉人であることは事実。故にアルベールは苦々しげながらも認めたのである。


「お戯れを……それよりも殿下にお伝えせねばならないことがあります」


 逸れてしまった話を戻したアルベールの声音は真剣さを帯びていた。

 それに気づいたオーギュストは「なんだ?」と言い、ソファーに寝ころびながらもアルベールの方を見やる。


「西方と北方に不穏な動きが見られます」


 西方ではかの地を支配するヴィヌス家の本拠地デュレに私兵をつれた西方貴族が集結し始めた。

 北方ではヴィヌス家と同じ四大貴族の一角、レオーネ家が主導した大規模な軍事演習が近々行われるという。


「密偵からの報告ではどちらにも王族の方々が関わっているとのことです」

「……なるほど、よく分かった」


 言葉ではそう返したオーギュストだが、苦々しげな色が顔に現れている。

 報告を上げたアルベールもまた深く嘆息してしまう。


「こちらの想定よりも早い動きです。ですが――まだことに至るような真似はしないでしょう」

「何故そう言い切れるのだ?」

「彼らには大義名分がありません。大義無くして軍は成り立たず、民もまたついてこない。故にどう足掻いても彼らが先手を取ることはできません」

「……それもそうだな。しかし厄介なことになった」


 とオーギュストはソファーから立ち上がって長机に置かれていたグラスを手に取った。

 

「よもや愚弟までもがこうも大胆な動きを見せるとはな……裏でレオーネ家が糸を引いていると思うか?」

「複数の密偵からの報告とこれまでのルイ第二王子の言動から鑑みておそらくは。ですが……」

「何か気になる点でもあるのか」

「…………いえ、なんでもございません」


 窓の外――陽光によって積もっていた雪が解け始めた王都を見つめるオーギュストの背にそう答えたアルベールだったが、内心では一つの懸念について考えていた。

 

(もしもルイ第二王子が弱者ではなく王者だとしたら……)


 かつて抱いた懸念が再燃する。もしもルイ第二王子が常日頃から猫かぶりをしていたのだとしたら。この状況に至るまで雌伏の時を道化を演じることで稼いでいたのだとすれば。


(…………それでも私のやることは変わらない)


 己が胸中で膨れる大望――それを達成するために今日まで耐え忍んできた。その為に償いきれない罪を犯してきた。


(もはや後戻りなど出来はしない)


 アルベールは改めて覚悟を決め直すと、自らの主に向かって頭を下げた。


「では、私は政務がありますのでこれにて失礼致します。引き続き情報が入り次第、殿下の元へ参ります」


 そんな彼の姿が映る窓から視線を動かさずに「うむ」と応じたオーギュストはふと、あることを思い出して口を開く。


「そういえば我が愚妹の行方は知れたか?」

「……いえ、未だ見つかっておりません」


 シャルロット第三王女の失踪はオーギュストたちにとって想定外の出来事だった。

 しかし彼らはそれを勇者たちを動かす口実として利用することで利益としたのだが、その一方で子飼いの密偵を複数放ち捜索を行わせていた。


「まったく、こんな重要な時期に面倒を増やしおって……」

「見つかろうとそうでなくとも……どのみち我々の計画に大した影響はないでしょう」


 毒づくオーギュストをそう言って宥めたアルベール。

 信頼する盟友の言葉に留飲を下げたオーギュストは嘆息した。


「……貴様の言う通りだ。あ奴など大した問題ではないな」


 実際のところ、二人ともシャルロットの失踪を軽く見ていた。常日頃から他人の顔色ばかり窺う王族、王位継承権も低く、支持する貴族諸侯もいないとなれば当然ともいえよう。

 加えて長年かけて温めてきた計画の始動を前に彼らは自然と浮ついていた。



――故に彼らは知らない。この時の対応が後悔となる日が来ようなどとは。

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