八話

 神聖歴千二百年三月五日。

 エルミナ王国東域西部プノエー平原。


『まもなくプノエー平原を抜けます』


 御者の声が馬車内に届いたことで勇者一行は談話を止めた。


「いよいよですね、カティア先生」


 と、新が真面目な表情を作れば、対面に座すカティアが頷きを見せる。


「ええ、アルベール閣下の情報によればこの先にあるシュタムの町にシャルロット殿下はいらっしゃるかと思われます」

「いよいよですね……」


 勇が緊張した様子で息を呑む。

 その一方でやっと夢から覚めた明日香は呑気に欠伸をしていた。


「う~ん……ねぇねぇ、カティア先生!シュタムの町ってどんなところなの?」

「明日香さん……」


 第三王女の捜索よりもこれから訪れる町の方を気にする明日香に陽和が苦笑した。

 尋ねられたカティアも苦笑交じりながら応じる。


「そうですね……一言でいえば裕福な町、といったところでしょうか」

「というと?」

「シュタムはエルミナ王国の中央と東方を繋ぐ中継地点になっています」


 いわば東方の玄関口であり、その立地条件の良さから交易で栄えている町――それがシュタムである。

 西方で採れる農作物は王都を経由してシュタムにたどり着き、そこから東方の各地へと輸送される。また北方で産出される質の良い鉱石や南方で獲れる新鮮な魚介類も同様にこの町を経由していた。

 加えて町周辺にはほとんど魔物が現れず、重要拠点であることから警備も厚い。その為野盗や盗賊などの被害も少なかった。

 このような理由からシュタムは東方四大貴族ユピター家の本拠地であるヒュムネの町すら凌ぐ大都市として栄えている。


「凄い所ですね」


 シュタムの話を聞いて緊張が和らいだのか勇がまだ見ぬ町へ想いを馳せながら言えば、明日香が瞳を輝かせた。


「じゃあじゃあ、おいしい物がいっぱいあるってことだよね!?」

「え、ええ……私が以前訪れた時は町中に商店が立ち並んでいて、美味しそうな匂いが立ち込めていましたから。きっとアスカ様のお口にあう物があると思いますよ」


 その返しに「やったー!」と歓喜の声を上げる明日香。

 そんな彼女の姿に誰もが笑みを浮かべていた。


「町に着いたら何か食べようか。シャルロット殿下の捜索はそれからでも遅くないと思うし」

「大丈夫なんでしょうか。王女さまを先に探すべきじゃ……」

「問題ないと思いますよ、ヒヨリ様。それにどのみちアルベール閣下が手配した兵と合流しなければいけませんので」

「ああ、確かシュタムの衛兵でしたっけ?僕たちがつく前にある程度捜索範囲を絞ってくれているとか」

「はい。ですので一度はシュタムに入らなければいけないのです」


 陽和の懸念をカティアが払拭すれば彼女も嬉しそうな表情を浮かべた。明日香だけでなく他の者もまた長旅の影響からか干し肉などではなく、ちゃんとした食事を摂りたいと無意識に思っていたのだ。

 それに天幕ではなく寝台で寝たいという思いや風呂に入りたいという欲求もある。

 故に町が近づいてきたという事実は彼らを弛緩させた。 

 


――その時だった。



 甲高い馬の嘶きが響き渡り、護衛の兵士たちが大声を発した。

 その声音は明らかに平時のものではない。


「何だ!?」

「お待ちください、ユウ様。まず私が見てまいります」


 外の物騒な雰囲気を感じ取った勇が飛び出そうとするのを制止てカティアが告げた。

 そして馬車の扉を開けて外界に降り立つ――と、一人の兵士が近づいてきた。


「何事ですか」

『カティアさま、お騒がせして申し訳ございません』


 低頭する兵士を安心させようと微笑みを向ける。


「私も勇者の皆さまもそれくらいで気分を害したりはしませんから安心してください。それよりも……何が起きたのですか」

『賊の襲撃です。ですがご安心を、数も質もさほどのものではなく、我らで十分対処できますので』


 自信に満ちた声――それは決して慢心とはいえない。

 何故なら彼らはアルベール大臣から依頼を受けたクロード大将軍が、王都守備隊から選抜した精鋭なのだ。〝王の剣〟によって選ばれたという自負があり、実際実力も申し分ない。

 そのことをカティアもよく知っていた。だから兵士の言葉を信用して頷きを見せる。


「分かりました。なら私は馬車に戻り、勇者の皆さまに説明してきます」

『かしこまりました。賊を一蹴し次第ご報告に参りますので、今しばしお待ちを』


 敬礼をしてから踵を返して去って行く兵士の背を見やってから、カティアもまた馬車に戻るべく足を動かした――その時。


『て、敵襲だ!!後方より新たな敵が現れた!』

『なんだとっ、クソ……数は?』

『に、二百ほどです!』


 怒鳴り声を上げる兵士たちが数を聞いて騒然となる。無理もない、こちらは百騎――全員騎乗しているとはいえ敵の数が二倍とくれば狼狽するなという方が難しいだろう。

 実際、カティアも焦りを抱いていた。


(倍近い数の奇襲――しかも前方でも戦闘が行われている)


 挟撃された――その事実にカティアは歯噛みする。


(プノエー平原だったら奇襲に気づけたでしょうけど……)


 現在地はちょうど平原を抜けた所――丘や岩が多く、お世辞にも見通しが良いとは言えない場所だ。

 確かに奇襲にはもってこいではあるが、それ故に兵士たちも警戒していたはず。

 だというのにこうもあっさりと奇襲を許してしまった。

 これを怠慢の一言で片づけるには少々不自然である。


(彼らはよく訓練された精兵――なのにこれは……)


 斥候も出していた。注意深く警戒していた。けれども奇襲を許してしまった。

 

(しかも私たちがここを通ることはごく一部の者しか知らないはず)


 勇者の存在は未だ機密事項だ。故に存在すら知る者は少なく、まして今回の第三王女捜索任務を知る者はほとんどいないだろう。

 

(私たちの素性を知らずにただこの道を通る者を襲っているということでしょうか)


 それならば一応の納得は得られるが……それでも百の武装した兵士に守られている馬車を襲うというのは釈然としない。数で優っているとはいえ、装備も練度も上の集団をわざわざ襲撃しようとするだろうか。


(……考え込むのは後、まずはユウ様たちの所に向かわなければ)


 沸き上がる疑念を振り払い、馬車へと駆け出すカティア。

 そこへ――、


『馬車だ、馬車だけを狙え!!』

『兵士共は無視しろ、標的だけに集中するんだ!』


 馬を巧みに操った盗賊たちが何人か兵士を突破してきた。

 彼らは言葉通り兵士たちをまともに相手にはせず、馬の突破力を以って馬車へと突き進んでいく。


「っ、いけません――」

『おっと、先にはいかせないぜ』


 勇たちの危険を察知したカティアが魔法で風を纏い速度を上げようとした時、新手が彼女の前に立ちふさがった。

 所々刃こぼれした直剣を手にし、馬上からカティアを見下ろす盗賊たち。彼らの表情はか弱い乙女を前にしたにやついた笑みなどではなく、強敵を前にした兵士が如き真剣なものである。

 その姿から盗賊が明らかにこちらの素性を知っていることを悟ったカティアは立ち止まった。


「何者ですか、あなたたちは。誰の命令を受けているのですか」

『答えると思ってるのか?』


 投げつけられる失笑、カティアは表情を険しくさせて臨戦態勢を取った。


「……なら答える気にさせてあげましょう」


 宣言と共にカティアの手元に魔力が集まる。その量は常人のそれではなかった。

 だからか、あるいはカティアの事を知っているからか、男たちは手綱で馬を操り彼女の周囲を駆けだす。


『魔法がくるぞ、気をつけ――ぎゃあ!?』

「注意するのが少々遅かったようですね」


 カティアの口が紡いだのは静謐な声――しかし手元から放たれた魔法は激烈なものだった。

 土魔法によって地面におうとつが生まれ、足を取られた馬が転倒する。乗っていた男たちは当然落馬するが、彼らは器用に受け身を取ってすぐさま立ち上がった。

 戦場において足を止めるのは死に繋がる。それをよく理解していた彼らは大地を蹴ってカティアの元へと走るが、次の瞬間には正面から見えない何かが襲い掛かり男たちの屈強な肉体を吹き飛ばした。

 

『がっ、クソ……風魔法か!』


 見えない何かの正体は風魔法であった。

 カティアは土魔法を使って盗賊の足を封じ、それから風魔法を操って血を出さずに無力化しようとしたのだ。

 四大属性とは違って習得困難とされている三属性――その内の一つである土魔法を使用したというだけでも超越しているというのに、その上二つの魔法を連続使用して見せた。そんなカティアに男たちは畏怖の眼差しを向ける。

 

『ありえねぇ、この女一体どれほど修練を積んだっていうんだよ……!』


 土、光、闇の三属性が何故習得困難と言われているのか。それは単純に使用する魔力量が四大属性とはけた違いに多いためである。

 そのため保有魔力が多い者にしか使えず、加えて保有魔力は先天的なもの。これだけでも使用者が限られるというのに、これら三属性の魔法を使用するにはたゆまぬ訓練を日々続けなければならないという条件がある。

 理由は想像しにくいからだ。魔法とは世界に漂う魔力と己が内に宿る魔力に働きかけ、更には起こしたい現象を強く想起イメージする必要がある。

 燃え盛る炎を生み出したい、流れる水を生み出したい、荒れ狂う雷を生み出したい、暴力的なまでの風を生み出したい――というように脳裏に発現したい現象を思い浮かべる必要がある。

 四大属性は日常的に暮らしていれば誰もが目にする現象――蝋燭の火や川の水、雷鳴轟き突風吹きすさぶ荒れた天候の日などがある。その為比較的想像しやすい。


 けれども土は、光は、闇は?どうだろうか。

 土はただ歩くための踏み台でしかなく、光は太陽がもたらす恩恵だ。闇など夜を支配する黒色でしかない。

 それを一体どうやって魔法として想像できるというのだろうか――大多数の人間はそう考える。

 しかしカティアを含む一部の魔法使いたちは日々試行錯誤を繰り返し、訓練をし続けることで想像を強固なものとし、魔法として発現させているのだ。

 そこに至るまでの過程は決して楽なものではない。故に三属性を操る者を常人は尊敬と畏怖の眼差しで見るのだ。


「――さて、あなたたちが何者なのか、背後に誰がいるのか聞きたいところですが……今はそれどころではありませんね」


 風魔法によって地面に叩きつけられ、上から烈風で縫い付けられている男たちを後目に馬車の方を見やれば――、


「…………アスカ、様!?」


 燃え盛る馬車と、それを背に対峙する勇者たちと盗賊が視界に映り込んだ。

 しかしカティアが驚愕したのはそこではない。

 その場において険しい顔つきで二刀を手に、陽和たちを背にして立つ明日香の眼前で――



――男たちの雁首が宙を舞っている光景に、だった。

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