一話

 神聖歴千二百年二月二十六日。

 エルミナ王国首都パラディース――王城グランツ。


 常日頃活気に満ちている王城ではあるが、それを踏まえてもこの日はやけに騒がしかった。


『北区画はどうだった!?』

『いなかった。そっちはどうだ?』

『こちらにもいなかった。くそ、一体どちらにお隠れになられたのか……』


 平時であれば文官のみがせわしなく行き交う大広間には現在、大勢の兵士が存在していた。

 彼らが一様に浮かべているのは焦燥の色である。

 

 そんな様子を吹き抜けになっている二階部分から眺めている者たちがいた。

 数は四人。彼らに共通しているのは年若いという点と、彩度の違いはあるが黒髪を持っているという点である。

 

「なんだか騒がしいけど、なにかあったのかな?」

「さあな、分かんねえ……けどあまり良い話じゃないだろうな」

「え、なんでわかるの?」


 明るい黒髪――光の当たり具合では茶髪にも見える短髪を揺らす少女の名は江守明日香。この世界シュテルンとは異なる世界から召喚された勇者の一人である。

 友人を喪ったことで一時的に陰っていた元気は既に戻っていた。もっとも、以前とは違ってその笑みには若干の陰りが見えるが。


 そんな明日香の質問に応じたのは同じく勇者として王城で暮らすことを許されている短髪の少年――宇佐新である。

 彼もまた夜光の死によって精神的に打撃を負っていたが、折り合いをつけたのか普段の軽さを取り戻していた。

 

「みりゃ分かるだろ。朝からひっきりなしに走り回っている兵士たちの顔をさ」


 と新が顎をしゃくって階下を示せば、明日香はジッと兵士たちを観察し始めた。

 

「う~ん、なんか大変そう!」


 観察した時間は三十秒ほど、だというのに出た答えがそれか……と新は呆れたように嘆息する。


「あのなぁ、明日香……。まあ、いいや。陽和ちゃんはどう?何かわかるかな」


 酷いよ~、と騒いでいる明日香を後目に新は俯いていた小柄な少女に話しかけた。

 すると少女――天喰陽和はビクッと肩を揺らして顔を上げた。その表情は夜光を喪ったあの日から陰ったままである。


「わ、私は……いえ、分からないです」


 そう答えて直ぐにまた下を向いてしまう。元々内気な性格ではあったが、心を許していた夜光がいなくなったことでますます内に籠ってしまっていた。


(あんまりいい状態とは言えないな……)


 兄である天喰蓮が行方不明になってからその親友である夜光に依存していた陽和。そうすることでなんとか精神の均衡を保っていた。だからこそ依存相手を喪った今の状態は非常に不安定といえる。


(一応明日香やカティアさんがケアしてくれているみたいだが……)


 効果が芳しくないことは明らかだった。けれども何もしないよりかはマシだと思い、毎日それは続けられている。

 今日、こうして四人で行動しているのも部屋で一人きりになるのを避けるためだ。一人でいるとつい考え込んでしまうのが人であり、陽和が何を考え込むのかなど明白である。だからこその今なのだが、彼女はうつむきがちであり、新や明日香が話を振っても二言三言で終わってしまっていた。


(参ったな……こういうのは夜光の役目だろうが)


 思わずいなくなってしまった者に頼ってしまう。そんな自分が情けなくて新は自嘲の笑みを浮かべた。


(いなくなって初めてありがたみが分かるとは……我ながら勝手な奴だよほんと)


 陽和に話しかけそのまま黙り込んでしまった新。場の空気が重くなり始めたのを敏感に察した明日香がこれまで黙っていた最後の一人に声をかけた。


「ゆ、勇くんはどう思う!?」

「……どうって言われてもな」


 声をかけられた少年――一瀬勇がそう応じた。正義感溢れ、自己主張が強い彼は元の世界ではクラスのまとめ役的立場にいた。その為か、いつもなら積極的に会話に参加してくるはずなのだが、ここ最近は上の空でいることが多い。やはり彼もまた夜光を喪った衝撃から抜け出せていないのだろうか。何せ彼は夜光が〝大絶壁〟へと墜ちていく光景を直接見た唯一の人物だ。その出来事によって負った精神的な傷は大きいだろうと明日香たちも思っていた。


 だからこそ明日香は勇に元気を取り戻してもらおうと積極的に会話を振り続ける。


「ほら、兵士さんたちが忙しそうにしてるじゃない?なんでかなーって、勇くんなら分かると思って!」


 明日香はいつもそうだ。自分よりも他人を――周囲を優先して行動する。

 長年の付き合いからそれを良く理解している勇は内に秘めたる黒い想いに蓋をして笑みを繕った。明日香の気遣いを蔑ろにするほど勇は子供ではなかった。


「兵士たちの焦っている顔といい、走り回っている姿といい何かを探しているようにみえるね。いや、会話から察するに誰かをってところかな」

「流石は勇者――いえ、流石はユウ様と申した方が良いですかな」


 勇の予想を肯定する声――驚いて四人が後ろを振り返れば、そこには中年の男性が立っていた。

 齢四十にも関わらず、その身は引き締まっており武官を連想させる。しかし彼はこの国の文官の頂点――大臣であった。


「……アルベール大臣、いつからそこに?」

「つい今しがたですよ、シン様。皆様に用があってきたのです」


 勇者としての力、加えてこれまでの訓練で身に着けた察知能力は接近してくる存在をある一定の距離で感知できる。だというのにアルベールが声をかけてくるまで四人ともまったく気づけなかった。

 その事実に不気味さを覚えた新たちであったが、味方である以上危険はないと判断して会話を続ける。


「用、とはなんでしょうか。この騒ぎに何か関係することですか?」

「この騒ぎがあろうとなかろうと――といったところですな。しかし今回の騒動はちょっとばかり厄介でして……私の用が済み次第、皆様の御力をお借りしたいとは考えております」


 きちんと説明する姿勢は好感が持てるが、どうにも新には信用できない。アルベールの言葉の裏に真意が潜んでいることを彼は薄々察していたからだ。

 けれどもそれは憶測に過ぎない。下手に追及すれば関係が悪くなる恐れもある。それはこの世界で暮らすという意味でも、元の世界に帰還するという意味でも避けなければならないだろう。

 だから新は余計なことは何も言わずに会話を進めた。


「聞かせてください、その用というやつを」

「ええ、もちろんですとも。では私についてきてください。説明は道中にさせて頂きます」


 といって踵を返して王城の奥へと歩き始めるアルベール。

 新たちは互いに顔を見合わせて頷くと、彼の後に続いた。


「皆様は〝神剣〟というものをご存じですかな?」


 その言葉にまたしても顔を見合わせる四人。代表して勇が口を開いた。


「カティア先生から教わりました。なんでも超常の力を所持者に与えるとか、その力は一軍に匹敵するとか」

「ふむ、カティア殿のご高説は正しい。確かに〝神剣〟は所持者を一騎当千――いや、万に匹敵する存在へと昇華する」


 赤絨毯の上を往くアルベールがやや大仰な手ぶりを加えながら言葉を続ける。


「今より二百年前、我ら人族が住まうこの南大陸を救った神――〝月光王〟は付き従った五人の人族に己が力で生み出した武器を授けた。それが〝神剣〟と呼ばれる物です」


〝月光王〟はその〝神剣〟を携えた五人の英雄と共に中央大陸から侵攻してくる魔物の軍勢に立ち向かう。彼らの圧倒的な武力はSS位階の魔物にすら手傷を負わせ、S位階の魔物を単騎で討滅するほどであったと言われている。


「そして魔物の軍勢を中央大陸へと押し返したのち、〝王〟は下賜した五つの〝神剣〟をそのまま与えることにしました。いずれ再び訪れるであろう厄災を予言して……」


〝やがてこの世界に再び〝転換期〟が来る。備えよ、我が愛しき人族よ〟

 二百年前、姿をくらませる直前に〝月光王〟が発したとされる言葉だ。それを受けた五英雄はそれぞれ〝神剣〟を携えて南大陸の各地へ散っていったという。


「それから二百年、歴史に度々姿を現した〝神剣〟ですが、その都度歴史を大きく動かしております。例を挙げれば……第二代エルミナ国王ジョン陛下の〝国土解放〟レコンキスタなどですかな」


 エルミナ第二代国王ジョン――通称〝征服王〟。後世においてその名で賞賛されている彼は〝神剣〟の一振り〝聖征〟に選ばれた王であった。

 彼は当時、〝解放戦争〟において列強諸国に切り分けられた南方や、魔物の侵攻によって荒れ果て盗賊や魔物の住処となり果てていた北方を再征服して国土を回復させるという偉業を成し遂げた。

 

「まさに偉業と呼び称えるのに相応しい功績でした。魔物などという下等な存在を駆逐し、忌々しいアインス大帝国を始めとする侵略者たちを追いやって神聖なるエルミナ国土を取り戻された」


 背後にいるためその表情を窺うことはできないが、アルベールの声には確かな喜色があった。

 彼は日頃の冷静さを捨て去って悦に浸っている。


「ああ、なんと素晴らしきかな!…………おっと失礼しました。つい夢中になってしまいまして」


 勇たちが困惑する雰囲気を感じ取ったのだろう、アルベールは苦笑を浮かべて話題を元に戻す。


「そのように強大な力を有する〝神剣〟ですが、我がエルミナ王国はそれら五つの内三つを保有しております」

「なっ――」


 勇たちは絶句した。それほど貴重な武器を半数以上保有しているという事実に。

 それはすなわちエルミナ王国が圧倒的な軍事力を持っていることに他ならず、それ故に疑問も生まれる。


「……ならなんで俺たちを召喚したんです?俺たちがいなくても〝神剣〟所持者三人に任せればいいじゃないですか」


 新が怪訝そうに問えば、アルベールはもっともな意見だと頷きを見せる。


「所持者が三人いれば――確かに皆様を召喚することはなかったかもしれませんな。しかし現実には我がエルミナ王国に〝神剣〟所持者は一人しかいないのですよ」

「え、どうして?三つあるんじゃないの」


 明日香が不思議そうに首を傾げれば、アルベールは無念だと言わんばかりに重い息を吐いた。


「確かに三つあります。が、です」


 その言葉に瞬時に理解を示した者は二人。

 内一人は陽和で、彼女はハッと息を呑んだ。けれども言葉を発することはない。

 故にもう一人、新がなるほどと納得の言葉を口に出す。


「カティア先生から教わりました。〝神剣〟は所持者を、と」

「その通りです、シン様。〝神剣〟は選ばれし者しか持つことを許されない神聖なものなのですよ」


〝神剣〟には意志があり気に入った者にしか加護を与えない。強制的に従わせれば持ち主に反旗を翻し、最終的には殺してしまう。

 その説明を聞いた残る二人はカティアとの授業を思い出したのか、納得の色を浮かべた。


「そういえばそうだったな」

「……前に教わった――かも?」


 若干一名微妙な反応ではあったが……そんな彼女に苦笑を向けて新はアルベールの背中に言葉を投げた。


「なるほど、今その話をしたということは――俺たちへの用ってのは〝神剣〟に選ばれるかを確かめる……であってますか?」

「流石はシン様、その通りでございます」


 その言葉を発した直後、アルベールは足を止めた。続けて勇たちも止まれば、眼前には白を基調とした両開きの扉が鎮座している。すぐ傍には二人の衛兵が直立不動で立っていた。


『これはアルベール大臣、お待ちしておりました』

『既に国王陛下の許可証は拝見しております。中へどうぞ』


 衛兵はそう言うと両扉をゆっくりと開く。アルベールたちがここを訪れることを事前に知っていたようである。


「ご苦労。さあ勇者の皆様、私に続いて下さい」


 言って、躊躇いなく室内へと踏み入ったアルベール。

 彼の後を追って勇たちも中へと入れば、両扉が衛兵の手によって閉まってしまう。


「ここは……」

「凄い……!」


 黙っていた陽和さえも思わず言葉を発してしまう。それほどに室内の光景は圧倒的だった。

 壁、床、天井――全てが水晶で出来ている。凄まじい透明度を誇っており、色がほぼないことも起因してまるで空に浮いているかのような印象を抱いてしまう。

 

「この部屋の名は〝水晶の間〟といいます。まあ、文字通りというやつですな」


 神秘的な雰囲気を破るようにアルベールの声が響き渡る。同時にコツコツと水晶の床を踏み歩く音が奏でられ、勇たちの視線は自然と彼に向けられた。


「そしてこちらにあるのが――未だ当代の所持者を選定していない〝神剣〟二振りです」

「……あれが」


 勇が息を呑んだ。アルベールが歩いて行った先には、この〝水晶の間〟においてたった二つ――否、三つだけの置物があった。

 一方は黄金の鞘に納められた直剣だ。柄は銀色で鍔では水晶らしき宝石が輝いている。

 もう一方は二振りの短剣であった。何色も通さない黒一色の鞘に納められており、柄すら同色。鍔には何もない。先の直剣と比べれば地味と言えるが、しかし左右対称――対となっているその双剣はどこか美しいと感じられる。


「神剣〝天霆〟ケラウノスに神剣〝干将莫邪〟ヤグルシ・アイムールです。どちらも百年ほど適合者が現れておりません」


 文献において〝天霆〟は〝雷〟を司り、〝干将莫邪〟は〝夜〟を司っていると記されている。それ以外に詳しいことは不明だ。

 何故不明なのか、一説によれば所持者たちが手の内を明かすことを嫌って後世に伝えなかったと言われている。

 そんな〝神剣〟を前に、勇たちは醸し出される厳かな雰囲気に呑まれていた。


「……さあ、皆様。どうぞ前へお進みください。そして手をかざしてください。選ばれれば〝神剣〟の方から近寄ってきますので」


 まるで〝神剣〟所持者が誕生した瞬間を見ていたかのような台詞――新はこれまでの会話からすぐさま理解した。


「エルミナ王国が所持しているのは三振り……その内一つには既に所持者がいる。大臣はその選定の場面に立ち会った――違いますか」

「ええ、そうですとも。でなければ私一人だけで案内役を務めることはできませんからな」


 新の言葉を肯定してアルベールは四人に手をかざすよう促す。

 四人は恐る恐る手を上げて――〝神剣〟へと掌を向けた。

 その瞬間だった。


 台座に置かれていた二振りが独りでに宙に浮いたかと思えば、一瞬で姿を消した。

 どこに――と疑問を抱く暇もなく、〝天霆〟が勇の手に収まり、〝干将莫邪〟は新の眼前に現れた。


「……僕を選ぶのか?」

「手に取れってことかよ」


 二人がそれぞれ言葉を発せば、二振りの〝神剣〟は一瞬だけ発光した。まるで応えるかのように。

 戸惑いながらも〝神剣〟を受け入れようとする二人にアルベールは歓喜を爆発させた。


「素晴らしいっ!よもや二振り同時に所持者が生まれるとは。なんという僥倖!!」


 笑みを深めるアルベール、そんな彼の急変に気圧されながらも明日香が勇と新を祝福した。


「やったね、二人とも!凄いよ!!ね、陽和ちゃんもそう思うでしょ?」

「……はい、凄いです」


 満面の笑顔で明日香が言えば、陽和もぎこちなくではあるが微笑みを浮かべてくれる。

 その様子――特に陽和が笑みを浮かべてくれたことに男二人は嬉しそうに笑う。


「おう、凄いだろ。勇もそう思うよな?」

「……ああ、そうだな。万の軍勢にも匹敵する力、これさえあれば――魔物の大軍だって直ぐに倒せるだろうさ。そうしたら元の世界に帰れるし」


 一瞬、何か考えるようにちらりと陽和に視線を向けた勇だったが、すぐさま視線を外して笑みを浮かべた。その様子に陽和以外の面々は気付いたが、指摘せずに笑みを浮かべたままである。

 

 その間に〝神剣〟は勝手に移動し、勇と新の腰に収まった。いつの間にか剣帯が巻かれそれに鞘が固定されている。

 新たな力を手に入れ喜ぶ勇者の四人。そんな彼らをしばらく見守っていたアルベールだったが、やがて咳払いをして注目を集めると言葉を発した。


「――さて、無事〝神剣〟にも選ばれたことですし、皆様に城内の騒動の原因をお伝え致しましょう。と同時にその騒動を治めるためにお力をお貸し願いたい」


 打って変わって真剣な表情を浮かべるアルベールに、四人もまた笑みを引っ込めて真面目な視線を向ける。

 そんな彼らに告げられたのは――、


「今朝から我が国の第三王女であらせられるシャルロット殿下の姿が見えないのです。城内や城下のどこにも。そして今も殿下は見つかっておりません。皆様には殿下の捜索にご助力願いたいのです」


 ――王族が行方不明という衝撃の事実だった。

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