十八話

 翌朝。昇り始めた太陽の恩恵が未だ届かない〝大絶壁〟の最下層――奈落で一人の少年が立ち尽くしていた。

 否、この場合は待っているといった方が正しいであろう。


「ガイア……まだかな」


 吐く息は白く、されど〝天死〟ニュクスの加護によって寒さを感じていない夜光であった。

 彼は朝食を取るなり「午前の訓練には遅れていくから」と有無を言わさない口調で白銀の少女から告げられたことで一人、こうして小屋の外にいる。

 無論、その間何もしていなかったわけではない。いつもの如く魔物を相手に戦い、研鑽を積んでいた。

 しかし周囲の魔物を粗方倒してしまったことで立ち尽くしていたわけである。


「お前も遅いと思わないか〝天死〟?」


 手元にある白銀の剣に問いかければ僅かに発光量を上げて応えてくれる。

 前々から感じていたことだが、やはりこの不可思議な剣には意志のようなものがあるらしい。

 らしいというのは、漠然としたものしか感じ取れず明白な意志を感じたわけではないからだ。


(こいつには意志がある。でもそれは人間のように機微に富んだものではないらしいな)


 と、夜光が己が相棒について考察していた時だった。


〝白夜王〟ガイアの気配をようやく感知したから来てみたがよォ」


 静寂を破る大声が響き渡った。

 その声に夜光が慌てて振り返れば、暗闇の中から眩い黄金の光があふれ出してくる。


「なんだァ、てめぇは……」


 やがて夜光の視界に映り込んだのは金髪の偉丈夫であった。

 豪奢な――悪趣味ともとれる金の服を着ており、その上からでも鍛え上げられた筋肉が見て取れる。

 しかし言葉使いとも相まってどこか粗暴な印象を受けてしまう。


(っ、なんだこいつは……!?)


 夜光が警戒したのは何もその男の言動が理由ではない。この大男が声を発するまで、すぐ近くまでやってくるまでまったく気配を感じ取れなかった点にある。

 思わず身構えた夜光を黄金の双眸が捉える。その瞳に宿る苛烈な意志は獲物を見つけた獅子の如くであり、獲物たる夜光は緊張から身体を強張らせてしまう。

 

 ――格が違いすぎる。眼前の大男は夜光がこれまで対峙してきたどんな魔物をもはるかに超越しており、あのクロード大将軍すら超える覇気を携えていた。


(なんだこいつ……もしかして二百年前に生き残ったっていうSS位階の魔物なのか……?)


 だとすれば今の夜光では勝機は皆無。ならば逃げるほかないが、そのようなことをしてしまえばガイアが危険に晒されてしまうであろう。それは避けなければならない。

 ならどうする――と最善の選択を模索する夜光に、大男が再度誰何してくる。


「おい、きいてんのか人族ヒューマン!!…………んん?」


 尊大な態度で夜光を眺めていた大男だったが、やがて何かに気づいたようにして納得の色を浮かべた。


「純粋な人族じゃねぇな。何かやがる……ああ、そういうことか。てめぇ、〝白夜王〟の眷属だな」

「……眷属、だって?何を言っているのかさっぱりだな」


 硬直する身体を叱咤するように夜光が軽口を返せば、大男は不愉快そうに眉根を寄せた。


「たかが眷属の分際で舐めた口きいてんじゃねぇぞ!!」

 

 たったそれだけ、大男が一言発しただけで大気が震えた。凄まじい覇気が空間を突き抜け、遠くから様子を伺っていた魔物たちがそれに当てられて逃げていく。

 夜光もまた蛇に睨まれた蛙のようにその場で固まってしまう。隔絶とした力量差は絶望的なほどに広いと悟ってしまったのだ。

 だが――、


「ほう……この俺の覇気に耐えるか。眷属として主を守らなくちゃだもんなァ……」

「…………」


 明らかな嘲笑を向けられても夜光は動じない。確固たる決意を込めた視線を大男に向ける。

 その戦意溢れる夜光の態度を受けた大男は嗤って右手を虚空に突き出した。


「いいぜ、なら相手をしてやるよ。前哨戦ってやつだな、肩慣らしにはちょうど良い」


 すると何もなかった空間――大男の右手に突如として大槌が現れた。身の丈ほどもある巨大槌を軽々と振った彼は喜悦を湛えて夜光を見つめる。次いで左手で挑発めいた仕草をした。


「おら、こいよ雑魚。〝王〟が直々に相手をしてやるって言ってんだ。感動に咽び泣きながらかかってきやがれ」


 完全に挑発だった。乗ってはいけないと一瞬思ったが、どのみちこの男を野放しにはしておけない。ガイアの名を口にしていた以上、彼の狙いは明らかだ。


「ガイアには指一本触れさせない!」


 己を鼓舞するように、ガイアに危険を知らせるためにもわざと大声を発した夜光は〝天死〟を構えた。

 その白銀の輝きに大男が目を細める。


「……あ?なんでたかが眷属風情が〝王権〟を持ってんだ?」


 何を言っているのか、正直意味が分からなかったが――好機だ。大男は考え込むように目線を下に落としている。


「っ――」


 鋭く息を吐き出して夜光は地を蹴った。その速度はまるで疾風の如しであり、大男との距離は一瞬にして縮まる。

 

「ハッ!」


 気迫一閃――白銀が暗闇を切り裂く。眼にもとまらぬ速さ、加えて相手は意識を逸らしていた。完全に決まったと思った夜光だったが。


「は、遅せぇ。蠅が止まっちまうぞ」

「な――っ!?」


 大男の左手――分厚い手が〝天死〟を掴んでいた。否、指と指の間で刀身を挟み込んでいる。

 その絶技に驚愕に震えた夜光だったが、即座に我に返って握る手に力を込めた。腕力で押し込んでやろうとしたのだ。

 しかしどれほど力を込めても微動だにしない。男の左手は震えさえもしない。それどころか彼は落胆の息を吐く始末である。


「〝王権〟を持っているからと期待してみれば……やっぱり単なる雑魚かよ」

「くそ……なんで――」

「前哨戦どころか準備運動にすらならねぇな。……もういい、死ねよ雑魚が」


 直後――夜光の視界が反転した。続いて凄まじい衝撃が身体全体をつきぬけ、遅れて撃音が鼓膜を揺さぶる。

 自分が男の持つ大槌の一撃を喰らって吹き飛ばされ、岩壁に激突したのだと理解した時には既に満身創痍であった。

 大槌を受けた腹には大きな穴が空いており、潰れ千切れた内臓が飛び出ている。至る所の骨が折れたのか立ち上がることはおろか四肢が全く動かせない。口から出るのは鮮血と意味をなさない単語のみである。


 そんな夜光に一瞥をくれた大男は興味を失ったのか既に目線を前方に――奈落にぽつんと建つ小屋に向けていた。

 が、しかし直後倒れ伏す夜光の全身が発光したことで意識を彼に向けなおした。

 白銀の光に包まれた夜光――やがて光が収束すれば大槌で吹き飛ばす前に時が巻き戻ったかのように、彼の身体は無傷であった。

 奇異な現象に目を丸くした大男は理解できないとばかりに怪訝そうである。


「……なんで只の眷属風情が〝神権〟デウスを行使できるんだ?一体何がどうなって――」

「その子はわたしの〝後継者〟だから――傷つけるな」


 清廉な声音――されど殺気に満ちた玉音と共に大男が吹き飛ばされた。

 火属性魔法による爆撃、放ったのは幼さの残る少女である。

 白銀の長髪は絹糸のように滑らかで、陶磁器の如き柔肌は穢れ一つない。

 紅玉のように美しい深紅の瞳には、夜光がこれまで見たこともないほど激烈な憤怒の炎が揺らめいていた。


「ガイ、ア……」


 負傷こそ〝天死〟の〝神権〟によって回復したものの、凄まじい痛みに襲われていることでかすれた声しか出せない夜光。

 そんな彼を一瞥してから白銀の少女――ガイアは前方を睨みつける。

 すると暗闇を黄金が喰らい尽くして、大男が再び姿を現した。


「おいおい、何百年ぶりに再会した兄に向かっていきなりじゃねぇか――〝白夜王〟ガイア

「あなたの事を一度として兄と思ったことはない……〝日輪王〟ソル。一体何をしに来たの」

「はっ、分かってるくせにそれを聞くのか?理解しているからこそ二百年も〝力〟を使わずにいたんだろ。俺や〝星辰王〟に感知されないためによォ」

「…………」


 激痛に耐えながら対峙する二人の会話に耳を傾ける夜光だったが、その内容を理解することはできない。分かるのは互いを敵視しているということだけだ。


(勝てるのか……?)


 確かにガイアは強い。七属性の魔法を自在に操ることのできる彼女に敵う相手など広い世界でも限られてくる。しかし対する大男もまた尋常ではない。高速で繰り出した夜光の剣を見もせず指で受け止める身体能力、更におそらくだが手にする大槌は普通の武器ではなく〝神剣〟や〝神器〟の類である可能性が高かった。

 そういった事を考えた夜光であったが、自分にはどうにもできないということも悟っていた。それは先ほどの攻防――否、一方的な展開が物語っている。今の己では天地がひっくり返っても勝てないであろう。

 だからこそ夜光は祈るような気持ちでガイアを見つめ――我に返った。


(いや、違う!!勝てる勝てないじゃない、!)


 そうしなければいけない。自分はまだ生きており痛みさえ我慢すれば動けるのだ。ならばどうして諦めて愛する人ガイアにすがろうとしている?違うだろう、そうじゃない。自分が弱いのはとっくに理解しているだろう?その上で立ち上がると、復讐すると決めたじゃないか。だというのに強大な敵が現れた瞬間折れて誰かにすがるのか?しかも守りたいと思った恩人に?


「……ふざけるな」


 怒りの矛先は己だ。隔絶した力量差に、受けた痛みに屈しかけた弱い自分が許せない。この胸を焦がす怒りの、憎しみの炎を嘘偽りにしてはいけない。


(立て、立ちあがれよ俺の身体……!)


 受けた負傷は既に治っているのだ。後は激痛に耐え抜く心の強さ、強敵に立ち向かう勇気の問題だ。

 

 夜光が胸中にある戦意に薪をくべている中、相対する二人は激突しようとしていた。


「しっかしこんな所に隠れてやがったとはなァ……道理で見つからないわけだぜ。いるとすれば〝月光王〟の大陸だと目星はつけていたが、まさか〝   〟の被造物である〝大絶壁〟の中とはな。そりゃあ見つけられないわけだ。ここは未だに〝神力〟が残っている場所だからな。俺の魔力による感知から二百年も逃れられたわけだ」

「……ここにいれば〝力〟を使いさえしなければ絶対に見つけられないと分かっていた」

「けど使っちまったろ?冷静沈着、計算高いお前にしちゃ珍しいミスだなァ。……大方、そこに転がってる眷属を創るのに使ったってとこか?はっ、馬鹿馬鹿しい。こんな雑魚を生み出すために他の〝王〟に見つかる危険を冒すなんて――」

「黙って」


 大男――ソルの言葉を遮ってガイアが怒気を露わにする。その小さな身体に似つかわしくない凄まじい覇気が立ち昇り、殺意と交じり合って独特な空間を生み出した。


「ヤコーを馬鹿にするな。あなた程度が推し量れるほど、彼の底は浅くない」

「……はっ、なんだよ。そんなにその雑魚が大切なのか?」


 ソルは鼻で嗤って、ふと面白いことを考え付いたとばかりに頷いた。


「そんなに大切なら――俺が壊してやるよ」


 その言葉に強い危機感を覚えた夜光は咄嗟に〝天死〟を持った右手を前に出した。

 次の瞬間、夜光の身体を襲ったのは衝撃――ではなく、その余波であった。


「ほォ……力が衰えたとはいえ、まだまだいけそうじゃねぇか〝白夜王〟」

「くっ……!?」


 夜光を救ったのはガイアだった。

 見れば彼女の背中から純白の三対六翼が生み出され、それらがソルの大槌を受けとめている。

 危機的な状況――にも関わらず、思わず夜光はガイアの姿に見とれてしまう。

 六枚の翼を生やした彼女の姿はその美貌と相まって神秘的で、まるで神話に登場する天使のようであった。

 

 呆ける夜光を後目に、唐突に始まった激突は加速してゆく。

 目にもとまらぬ速さ――強化された夜光ですら捉えられないほどの神速で大槌を繰り出すソルに、純白の六翼で対抗するガイア。時折彼女が繰り出す魔法の数々は何故かソルの眼の前まで行くとしまい無力化されてしまう。

 

 二柱の激突に耐え切れないのは世界の方だ。大地は抉れて無数の亀裂が生じ、空間は絶対的な力の衝突に割れている。暴力的な風が吹き荒れ、夜光は吹き飛ばされないよう地面に突き刺した剣を必死に握りしめていた。不意に視界に入った遥か遠き天空は遠目でもわかるくらい厚雲に覆われていて、渦を巻いている。

 天変地異にも似た戦闘――互いの実力が拮抗しているが故に永遠に続くかと思われたが、終わりは唐突に訪れた。


「……っ!?」


 六枚の翼――その内一つが大槌の攻撃に耐え切れずにへし折れたのだ。六枚揃った状態で拮抗していたのだから、その内一枚でも欠ければどうなるかなど明白。

 折れた翼が防ぐはずだった大槌の鈍重な一撃がガイアの小柄な身体を吹き飛ばす。彼女は短い悲鳴を上げて夜光の傍まで転がってしまった。


「中々愉しませてくれたけどよ……隠れて〝力〟をつけようともせず、加えて〝王権〟も手放した今のてめぇじゃ俺には勝てねぇよ」


 余裕綽々、凄まじいと夜光が感じた戦闘の疲れを全く感じない、それどころか退屈だったとばかりにソルは欠伸を一つ。


「本当に理解できねぇ……そんなにそいつが大事かよ。他の〝王〟に――俺に見つかる危険を冒してまで眷属にして、更には自らの根源を引き出す〝王権〟すら譲渡するとか……たった二百年で耄碌したか?」


 ソルは心底理解できないとばかりに吐き捨てると、夜光たちに近づいてくる。

 そして立ち上がろうとするガイアの小さな身体を夜光の眼前で踏みつけた。


「オラオラオラァ!なんとか言えよ〝白夜王〟!!」

「っ……ぅ…………」


 必死に抵抗しようとするガイアだったが、その身体も、背負う翼も地に伏したままだ。まるで何か重たい物で上からかのように、彼女は地面に縫い付けられている。


「少しは抵抗してみやがれ。それでも俺と同じ〝王〟かよ!」

「あがっ!あぁ……っ」


 先ほどまでとはまるで別種――もはや戦闘とは言えない、一方的な嬲りが続く。

 最後の矜持とばかりに悲鳴を殺していたガイアだったが、あまりの激痛に悲鳴を上げてしまっている。


「や、めろ……やめろ…………」


 夜光の眼の前で愛する少女が嬲られている。

 何度も、何度も、何度もなんどもナンドモ――踏みつけられている。

 翼は既に全部折れていて、その小柄な身体は踏みつけられるたびに嫌な音を奏でていた。

 口から漏れる悲鳴と相まって夜光の耳を蝕んでくる。耳を塞ぎたくても、目を閉じたくてもできはしない――否、してはならないのだ。

 愛する者が苦しんでいるというのに、一人だけ逃げ出すわけにはいかなかったからだ。


「ハハハッ!!なんだ、何かいったかァ?雑魚のさえずりは良く聞こえないなァ?」

「やめろ……やめろと言っているんだよ!」


 刹那、夜光は獣の如く飛び掛かった。駆け引きも何もあった物ではない、純粋に感情に突き動かされてのことである。

 しかしやはりというべきか、そのような稚拙な攻撃などソルには届かなかった。

 彼は嘲笑すると左手で扇ぐような仕草をする。たったそれだけの動作だというのに、頭上から凄まじい衝撃が――重さが加わって夜光は地面に激突してしまう。その目に見えない攻撃は夜光を地に縫い付けるどころか彼の身体を地面に少しずつ埋もれさせていく。


「あ――ガァア……ッ!?なん、だこれ……!?」


 意味が分からなかった。一体何をされているのか、どのような原理の攻撃を受けているのか理解できない。

 身体中の骨がきしみをあげだす中で、夜光はソルの笑い声を聞いた。


「はは、イイ顔じゃねぇか!その絶望に満ちた顔が見たかったんだよ」

「……お前」

「けどまだ足りねぇな。……お、そうだいいことを考えたぞ」

「お、まえ……」

「てめぇの眼の前で〝白夜王〟をやろう。どのみちこれが本来の目的でもあるしなァ」

「お前ェエエエエエエエエエエエエエエ!!」


 鮮血に塗れたガイアの首を掴んで持ち上げ、彼女の身体を揺らして禍々しい笑みを浮かべるソルに、夜光は我を忘れて叫んだ。

 怒りに突き動かされるままに身体を動かそうとするも、しかし僅かに指先が動く程度である。


「殺す、絶対にコロスッ!」

「はははっ、無様に地を舐めてる状態でか?それは無理ってもんだろう」


 心の底から嗤うソルは夜光に見せつけるようにゆっくりとガイアの首元へと口を近づける。

 よもや本当に喰らうつもりなのか。夜光は金切り声を上げて必死に謎の力に抵抗するもその重圧は増すばかりで解放される気配はない。


「アアアアアアアァ!!」

「おいおい、壊れるのはまだ早いぞ。これからが面白いんだからよォ」


 ガイアが抵抗する気配はない。胸元が僅かに上下していることから辛うじて生存を確認できはしたが、それも次の瞬間には失われてしまうことだろう。


(……許せない)


 その時、夜光の胸中を、心を、頭を支配したのは怒りであった。

 何故このような目に合わなくてはいけないのか。一体俺が何をしたというのか。どのような権利があって俺を嬲るのか。

 ふざけるな、許せない――怒りが夜光の全てを支配し、爆発的な感情は吐き出されることを強く望んでいた。けれども物理的にそれは叶わなく、圧倒的な憤怒が夜光の視界を朱く染め上げる。

 巡り巡った怒りは――やがて虚無へとたどり着く。人間そのようにできているのだ。感情の波で自我が崩壊しないように――それは一種の防衛反応でもある。

 そうして意識を手放すのが常人。されど夜光は非凡であった――悪い意味で。


(殺さなくちゃ……はは、そうだよ。俺を害する奴らは全員――


 虚無の果てで夜光がたどり着いた真理――それは殺意であった。

 自分を貶める存在、自分を見下す存在、自分を嬲る存在――それらはみな死ぬべきである。夜光は他人が聞いたら絶対に肯定しないであろう結論に至った。

 きっと愛する人ガイアなら諫めたであろう。かつて怒りに支配されかかった際のように。

 けれどもそのガイアが〝敵〟によって嬲られ貶められている。その事実が夜光の殺意を加速させた。


(殺すためには力がいる。こいつをぶっ殺す力が必要だ)


 今の自分にはない。出来ない――だから

 

(できる出来ないじゃない……やるんだ)


 何が何でも、どのような手段であろうがやる、殺す、成し遂げる。

 

 そんな夜光の純粋ともいえる殺意に――呼応するものたちがいた。

 

(ああ――力を貸してくれるのか。なら寄こせ)


 敵を殺す力を、消し飛ばす力を、夜光はに強く求めた。


「……ん?ほォ、面白いじゃねぇか……!」


 何も出来なかったはずの夜光が〝力〟に逆らって立ち上がろうとしている。ガイアを喰らおうとしていたソルはその光景を見て驚嘆の息を吐いた。

 夜光の身体が白銀に輝いている。手にする同色の剣は明滅し、墜ちた眼帯の下から蒼紫色の光が溢れ出た。


 白き光の世界――しかし瞬時に黒に塗りつぶされた。


 夜光が完全に立ち上がった時、彼が手にする〝天死〟は黒く染まっており雷を発していた。身体もその雷――黒雷を帯びており、妖しげに輝く左眼は殺意に塗れている。

 唐突な展開――にも関わらずソルは全て理解したとばかりに喜悦を弾けさせた。


「ハハハッ――そういうことか!〝白夜王〟、てめぇが〝力〟を使った理由がやっとわかったぞ」

「…………ヤコー」


 ガイアは虚ろな目で夜光を見やった。その瞳には悲壮な色が浮かんでいる。

 そんな二人が見つめる中で、白髪の少年は両手で黒剣を握りしめ、剣先を天に掲げた。

 黒に染まった〝天死〟が激しく雷をまき散らしはじめる。

 

「いいぞ、来い!その〝力〟を俺に見せて見ろ!!」


 ガイアを放り出し、両腕を広げるソルに冷厳なる視線を向けた夜光は静かに、されど有りっ丈の殺意を込めて呟いた。


「黎明を奪え――〝天死〟」



 ――虚無ヴォイド



 振り下ろされた〝天死〟から放たれた黒雷がソルを襲う。

 その〝力〟に、〝神権〟に気づいた彼は眼を見開いて大槌を前方へと翳した。


 刹那――大槌と黒雷が激しく衝突した。

 鼓膜を破ってしまうかに思えるほどの激烈な音を鳴り響かせながら黒雷が大槌を喰らおうと牙を剝く。

 対して大槌は眼に見えぬ力の圧力を発生させて対抗していた。

 そして――、


「お、おおっ!?」


 ソルが驚きの声を上げた――瞬間、黒雷と大槌が爆発した。

 圧倒的な力の奔流が大気を、空間を破壊していく。

 

 やがて煙が収まった時、ソルが喜色満面で立つ姿を夜光は捉えた。


「――やるじゃねぇか、ガキ。とるにたらねぇ雑魚だと思っていたが……面白い」


 そう言って笑みを深めるソルだが、五体満足とはいえない状態であった。

 大槌を握っていた右手が腕ごとなくなっており、付け根は何故か血が出ていない。切られた、千切れたとかではなく、まるでしたかのような有様である。

 そんな状態だというのに、なぜかソルは笑っていた。


「本当に面白い。まさか〝黒天王〟の時と同じとは――いや、それとは〝継承〟の仕方が違うか」


 勝手に語って、勝手に納得したソルはこちらを睨みつけている少年に黄金の瞳を向ける。


「考えが変わった。〝白夜王〟を喰らうのは後にしてやる。やっぱ弱った状態の〝王〟と戦ってもつまらないしなァ」


 そして地面に転がるガイアに視線を転じて鼻で笑った。


「ふん、こそこそと隠れていたてめぇの姿勢には反吐がでるが……最後の最後で面白れぇことをしてくれたからな、見逃してやるよ。っといっても俺の〝災禍〟をまともに喰らったからそう長くはねぇだろうが」


 言って、再び夜光を見やってからソルは踵を返して去って行く。

 その背に向かって夜光は殺気をぶつけた。


「逃げてるんじゃねえよ、クソ野郎。殺してやるからそこで待ってろ」

「はっ、気力だけで立ってるやつがよく吠える。もうそこから動けないくせに、どうやって俺を殺すつもりだ?」


 ソルの言う通りであった。〝天死〟と〝死眼〟、そして己が内にあった未知なる〝力〟によって一矢報いたものの、今の夜光ではこれ以上の戦闘行為は出来ない。〝力〟を使う身体の方が限界を迎えているが故に。

 図星を突かれた夜光はしかし、それでも隠すことのない殺意と戦意を向けた。そんな彼を肩越しに一瞥したソルは愉し気な笑い声を上げて去って行った。

 追いかけられない夜光は悔し気に歯ぎしりすると、首を振って意識を切り替え血だまりに倒れるガイアの元へと倒れそうになる身体を叱咤して向かった。

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