十五話
神聖歴千二百年二月二十五日。
この日、異世界より召喚された勇者たちが演習より帰還した。
初めの頃よりも多くの経験を積み、力を得たことで彼らは自信をつけて帰ってくる――と、当初アルベール大臣は考えていたのだが、勇者たちが帰還するのに先駆けてクロード大将軍が送ってきた伝令を受けてその考えを改めていた。
「勇者ではなかったとはいえ……彼らの仲間であったことには変わりないからな」
魔物の襲撃によって勇者たちの仲間であった間宮夜光が死亡。それによって勇者たちを襲った精神的苦痛、疲労は尋常ではないはずだ。
現に王城グランツの正門に降り立った勇者たちの顔色はかなり悪い。
「さて、どのような言葉をかけるべきだろうか」
どういった言葉を以てしても彼らを救うことはできないだろう。しかし何も言わずに、というわけにもいかない。
どうしたものかと馬車に歩み寄りながら考えるアルベールの前に男女が現れた。勇者たちの指導を任せているカティアとクロード大将軍である。
「一月ばかりの再開ですな、カティア殿、クロード大将軍」
「……ええ、お久しぶりですアルベール大臣」
「アルベール大臣……この度は申し訳ありませんでした。某がついておりながらこのような結果を招いてしまいました」
開口一番に謝罪を口にするクロード大将軍。
そんな彼を庇うようにカティアも頭を下げた。
「ヤコウさんの事は私にも責任があります。指導者として監督不行き届きでした……申し訳ございません」
「……お二方とも、顔を上げられよ。伝令からはどうしようもない事態であったと聞き及んでいる。しかし一切責任を取らせないという訳にもいかないですから、後に何かしら処分を通達することにはなるでしょう」
それよりも、とアルベールは馬車の傍で陰鬱な表情を浮かべる若者たちを見やった。
「勇者の方々はご無事ですかな?」
「……身体の方は何とも。ですが身近な人を亡くしたということで精神的にかなりまいってしまっています。なので彼らにはしばらく休息して頂こうと考えているのですが……」
「それが良いでしょうな。演習で肉体的な疲労も溜まっているでしょうから」
「ありがとうございます。では、私は彼らを送っていきますので」
「ええ、勇者の方々には私も心配していたとお伝え頂きたい」
勇者たちの方へと歩み去るカティアの背を見送ってから、アルベールはクロード大将軍に声をかける。
「……それで、ヤコウ殿の死は確実なのかな?」
「某もその現場に居たわけではなく、共に地竜と戦っていたユウ殿に聞かされたことではありますが……〝大絶壁〟に墜ちたとなれば死は免れないでしょう」
南大陸中央部を縦断する大地の切れ目――〝大絶壁〟。
深度は不明で、幾度となく送り込まれた各国の調査団が只の一組も生還できずにいる。
まさに秘境、魔境と呼ぶにふさわしく、そのような場所に落下したのであればまず生きてはいられないだろう。
加えて夜光は魔力を持たぬ身――生存は絶望的だろうと判断すべきだった。
「話ではユウ殿と共に地竜に吹き飛ばされた際に、彼よりも飛ばされる威力が高かったために崖につかまることすらできずに――ということだったが?」
「……ユウ殿自身が語っていたことです。事実と受けとめるほかないかと」
会話に込められた意味――二人は疑念を抱いていた。
地竜に同時に吹き飛ばされたというのに、果たして片方だけがそのような事態に陥るだろうかと。
けれども勇以外にその現場に居合わせた者はいない。故に彼の言葉がそのまま真実となるのだ。
「……まあ、既に終わったことだ。あまり詮索しすぎても良いことはないだろう。クロード大将軍もご苦労だった。今後のことは追って連絡する。今は休まれよ」
「はっ」
クロード大将軍は敬礼を行った後に早足で兵士たちの元へと向かっていく。
その背を見つめながらアルベールは嘆息した。
「今回の一件で勇者たちは精神的に不安定になってしまった」
落胆――しかしそれは瞬時に消え去って、アルベールの口元が歪んだ。
「だがこれは僥倖だったとも言える。早い段階で友人の死を体験できたのだから」
今後、勇者たちには戦いに赴いてもらうことになる。その際にいつも全員が無事というわけにもいかないだろう。死はいつだって人に寄り添っているのだから。
「あの使えないと思っていた少年にまさかこのような使い道があったとはな……いやはやなんとも」
深々と降り積もる雪を眺めやって、
「この世に無能はいても使えない人間はいないということか」
アルベールは嗤った。
*
その日の夜はやけに静かだった。
いつも笑顔を振りまいて周囲を明るくする明日香も、様々な話題を振ってくれる新も各々の部屋に籠っていた。陽和は言わずもがなである。
皆、それぞれ夜光の死という現実に向き合っているのだろう。どこかで何かしらの折り合いをつけなければ人は先には進めない。
そんな王城の一室で勇もまた夜光の死について考えていた。
ただしそれは三者とは異なる――負の意味でだ。
「僕は……僕は……夜光を殺した」
あの時、夜光だけを心配する陽和の声を聞いた時、勇の心は怒りと僻み、妬みで支配された。
――何故僕じゃないんだ。何故あいつなんだ――
そして我に返った時には夜光は奈落へと落下していて――彼の呆然とした表情は今でも勇の頭に強く残っている。
「殺した……殺したんだ、僕が……」
その後強い後悔の念に襲われて――地竜を倒して助けにきてくれた一同に勇は嘘をついた。
夜光は地竜の所為で死んだのだと、救えなくて残念だったと説明したのだ。
その時の皆の表情――特に陽和が浮かべた表情は、勇に取り返しのつかないことをしてしまったと思わせるに十分なものであった。
「僕が……僕の所為で……」
呪詛を吐くようにぶつぶつと呟きながら部屋をうろつく勇。その姿はさながら幽鬼のようでもあった。
そのまま思考が切り替わらなければ勇は精神的に死んでいたかもしれない。
けれども人というものは折り合いをつけることで前に進む生き物だ。
「……いや、違う……違うんだ」
そして勇の折り合いのつけ方は――自らを正当化するというものであった。
「夜光が悪いんだ。そもそもあいつが戦うなんて言い出さなければこんなことにはならなかった」
魔力を持たず、勇と比べれば雲泥の差がある夜光が魔物と戦えばどうなるかなど誰の眼にも明らかだ。
つまり――、
「あいつは自殺したんだ!だってそうだろう、勝算のない戦いに自分から向かっていったんだから!!」
その言葉を聞く他者は誰もいない。その声は勇自身に向けられていた。
「そうだ……そうだよ!僕は悪くない、悪いのはあいつで……むしろ僕は被害者なんだ!」
顔を覆っていた両手を広げて、天井を仰ぐ勇の表情は――狂気に満ちていた。
瞳孔は見開かれており、充血して赤く染まっている。口元は不自然に弧を描いていた。
「は、はは……ハハハッ!」
自己を正当化することで夜光を間接的に殺したことへの罪悪感を消し去った勇。
そんな彼の思考は次なる段階へと――今後の事へと向かう。
「……夜光が死んだ今、僕と陽和さんの間を邪魔する奴はいない」
庇護者を失った彼女はきっと深い悲しみと絶望に襲われていることだろう。
「そんな彼女を救うのは――救えるのは僕しかいない。だって僕は勇者で、誰よりも彼女の事を想っているのだから!」
第三者がいたら――明日香や新がいたらきっと止めるだろう、諫めるだろう。
けれども今、この場には勇一人だけだった。
「僕は正しい、僕こそが〝正義〟なんだ。だから――」
――僕たちが結ばれるのも正しいことなんだよ
その狂気を孕んだ声は誰の耳にも届かなかった。
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