四話

 長い白髪は雪景色と相まって幻想的で、豊かな知性を感じさせる翠眼はまるで翠玉エメラルドの如き美しさを誇っている。

 こちらに気づいて微笑むその姿は慈母のよう。何処までも優しさを感じさせる雰囲気を放つ女性が訓練場と呼ばれた空間に一人、佇んでいた。

 

「彼女の名はカティア・サージュ・ド・メール。普段は王立魔法学院で講師をしており、今回は皆さま方に魔法を発現してもらうための指導を任せた者です」

「初めまして、勇者の皆さん。私はカティアと申します。微力ながら皆さんのお力になれるよう、頑張らせて頂きますね」


 アルベールの紹介と女性――カティアの言葉に、硬直が解けた勇が応じる。


「は、初めまして!僕は一瀬勇といいます」


 美人を前にして緊張する気持ちは夜光にも分かる。それは皆同じだったようで、明日香や新、陽和でさえも言葉を詰まらせながら自己紹介をしていた。

 

「間宮夜光です。よろしくお願いします」


 最後に夜光が自己紹介をすれば、カティアは「あら……?」と不思議そうな表情を浮かべる。その仕草にアルベールが目線で問いかければ、彼女は小さく首を横に振った。

 しかしそれは一瞬のやり取り、即座にアルベールが話を進めたことで夜光たちは気づけなかった。


「互いに自己紹介も済ませたことですので、さっそく固有魔法の発現を行って頂くとしましょうか」

「アルベール宰相閣下、その前に勇者の方々に〝魔法〟という物について簡単に説明を行ってもよろしいでしょうか?基礎知識があるのとないのでは魔法発現の難易度が大きく変わってきますから」

「ふむ……そういうものだったかね。私が魔法を習ったのはもう何十年も前だから失念していたよ。流石は現役講師といったところか。……よろしい、では頼む」

「恐縮です、閣下。……では勇者の皆さま、魔法という概念について簡単に説明させて頂きます。詳細は後程ご説明させて頂きますのでご容赦願います」


 一言断りを入れてからカティアが〝魔法〟と呼ばれる超常の力について説明を始めた。

 

 それによると〝魔法〟という物は大気と同様にこの世界シュテルンのどこにでも存在する〝魔力〟というエネルギーを使って引き起こす一種の現象らしい。

〝魔力〟は無機物有機物どちらにも宿っており、無論人の体内にも宿っている。〝魔法〟というのは人が内に秘めた〝魔力〟を起爆剤に、世界に漂う〝魔力〟を動力として使うことで発現する現象。


「この二つは魔法を使う上で欠かせない存在です。どちらか片方が欠けていては魔法は発現しません。ですが……この法則に当てはまらない魔法が世界にはいくつかあります。それが〝固有魔法〟と呼ばれるものです」


 何事にも例外は存在し、魔法にもそれは存在した。

〝固有魔法〟――ごく一部の者が生まれながらにして持つ破格の力である。


「〝固有魔法〟は動力――すなわち世界に漂う魔力を必要としない、ある意味純粋な魔法なのです」


〝固有魔法〟を使える者は生まれながらにして強大な魔力をその身に宿している。一般の人など一蹴できてしまうほどの強大なる魔力を持つが故に一般的な魔法の発現方法を使わずにすむ。


「自らに宿る魔力だけで魔法を発現できる――だけでなく、その人だけが使える固有の魔法も持っているのです」


 普通の魔法は火、水、雷、風の四大属性と呼ばれる四種と、土、光、闇の習得困難な三種を合わせた七つの属性のみである。

 しかしそれら七つに当てはまらない魔法があり、それが〝固有魔法〟と呼ばれるものであった。


「ごく一部の人しか持ちえない物であり、その能力は人それぞれで同じ〝固有魔法〟を持つ者は今のところ確認されていません」


 とカティアが締めくくれば、明日香が興奮ぎみに問いかける。


「じゃあじゃあ、私たちにもその〝固有魔法〟ってのがあるの!?」

「ええ、ですよ。……なので今から発現してみましょう」


 カティアは何故か夜光をちらりと見やってからそう答えると皆に眼を閉じるよう指示する。

 アルベールを除く全員が閉じたのを確認したカティアが静かに言葉を紡いでいく。


「自らの内側に眼を向けてください。意識は……そう、胸元に。他のことは何も考えず、ただ内側だけに集中してください。そうすれば見えてくる……感じ取れるはずです。膨大な力を、大きな何かを」


 カティアの説明は極めて抽象的であったが、勇たちはその何かを感じ取ったのか驚きの声を上げる。

 

「おお……これって!」

「魔力ってやつなのか……?」

「凄い、凄いよ!温かくて大きい……優しい何かがあるよ!!」

「これが……魔力」


 しかし、皆の声を耳にする中で夜光だけが焦りを覚えていた。


(何も感じないぞ……皆は一体何を感じてるっていうんだ?)


 どれだけ集中すれども何も感じ取れない。ただ虚無があるだけだ。


(どういうことだ?俺のやり方が間違ってるのか……?)


 と夜光が焦っている間にもカティアの説明は進んでいく。


「感じ取れたなら次は耳を傾けてください。聞こえてくるはずです、それぞれの魂が持つ〝言の葉〟が」

「何か……聞こえるよ。これって…………私の声?」

「自身の声が聞こえたのなら、それを復唱してみてください。そうすれば……」


 カティアの言に初めに反応したのは勇だった。


「我は光、大いなる輝きなり――〝光輝〟ゼウス!」


 瞬間、瞼を閉じていても尚眩しいと感じるほどの光量が夜光を襲い、彼は思わず集中を切って眼を開けてしまう。

 すると眩き黄金の光が勇の全身から放たれている光景が視界に映り込み、夜光は思わず息を呑んだ。


「我は影、見えざる闇なり――〝絶影〟エレボス!」


 驚愕に包まれる夜光の眼前で変化が起きた。

 輝く勇の隣に立っている新の姿が消え始めたのだ。

 まるで勇の放つ光に溶けていくように、存在そのものが希薄になっていく。


「我は鋼、一切合切を切り払う剣なり――〝剣神〟カーリー!」


 その声は明日香のもの。

 夜光が視線を転じれば、何も持っていなかったはずの明日香の両手に細長い棒のような物が握られていることに気づく。


(いや棒じゃない、あれは……刀か!?)


 二振りの刀――日本刀が明日香の両手に現出していた。


「我は天、英雄の血流れし者なり――〝天剣〟アイテール!」


 最後に詠唱を行ったのは陽和であった。

 夜光の隣に立つ彼女――その周囲に突如として無数の光が生まれ、集っていく。それらはやがて剣の形を取って陽和の周囲を動き始める。


 常識の埒外、超常の現象を前に呆然とする夜光。

 勇が発する光が収まりを見せる中で、カティアが夜光に語り掛けた。


「あなたは……何も感じませんでしたか」


 それは尋ねるというよりは予感が当たったという確信めいた口調であった。


「は、はい……俺は何も」

「……そう、ですか。……宰相閣下」

「ふむ、卓越した魔法使いであるあなたでも〝視〟えないと?」

「……ええ、何も」

「やはりそうか……」


 困惑を浮かべるカティアに落胆の色濃いアルベール。

 そんな二人の姿に夜光は嫌な予感を覚えてしまう。


「夜光殿、落ち着いて聞いてほしい」


 前置きと共にアルベールが近づいてきたことで夜光は思わず身構えてしまう。

 けれどアルベールはそんな夜光の様子に構わず言葉を続けた。


「勇者はこの世界に来るにあたって後天的に魔法に目覚め、体内に絶大な魔力を宿す。しかし夜光殿にはその魔力がまるで感じられない。……初めは魔法に疎い私の見間違いだと思っていたが――魔法に精通し、〝固有魔法〟すら持つカティア殿にすら感じ取れず、加えて発現できないとなれば答えは明らかだ」


 そう語るアルベールの眼は冷ややかなもので、夜光はたじろいでしまう。

 

「夜光殿、あなたは我々が望んだ勇者ではない。四人の勇者召喚に巻き込まれただけの、只の一般人だ」

「なっ――」


 何故、どうして――という言葉はアルベールが次に発した言葉で消え失せた。


「そもそも、我々が召喚魔法によって喚び出せる勇者は――四人まで、、、、なのだよ」

「――――」


 思考停止――言葉を発することすらできない夜光は凍り付いたように動きを止めた。

 アルベールの発した言葉は訓練場に居た者全員の耳朶に触れ、驚愕と興奮に包まれていた勇たちの熱も一気に冷めてしまった。

 誰もが言葉を発せない中で、冬特有の寒々しい風音だけが鳴り響くのだった。

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