三話
……一体、どれほどの時が流れたのだろう。
そう思ってしまうほどオーギュスト第一王子の話は長く、また濃密なものだった。
「……つまり、ここは僕たちの知る世界ではなく――〝異世界〟であると。そして僕たちを召喚魔法というもので拉致したと。そういうことですね?」
一旦、区切られたオーギュスト第一王子の話が終わった後の第一声――勇の言葉に夜光は思わず苦笑してしまう。
(拉致とはね……まあ事実ではあるけれど)
オーギュスト第一王子の話を要約すれば――、
まず今いるこの世界の名はシュテルンというらしい。
この世界には五つの大陸があり、それぞれ五種族が住んでいる。
その内――夜光たちが居る大陸が
(で、俺たちを召喚した国家がエルミナ王国という国で、南大陸の西方を支配している……か)
そしてここからが本題、夜光たちを召喚した理由に繋がる話だ。
今よりおよそ二百年前、千年以上も昔に海に沈んでいた
各国、各種族が調査に乗り出すも、突然その中央大陸から魔物と呼ばれる敵性種があふれ出し各大陸への侵攻を開始する。
中央大陸を除く四大陸――四種族が反撃を行うも、無尽蔵に湧き出る魔物の大軍によって劣勢に立たされた。
敗走に次ぐ敗走、とうとう戦死者が一千万を超えた時――〝奇跡〟が起きた。
――〝王〟の降臨だ。
この世界における神――〝王〟と呼ばれる絶対種の登場によって形勢は一気に逆転する。
各種族に一柱ずつ味方し、その圧倒的な力によって各大陸から魔物は駆逐された。
されど殲滅には至らず、中央大陸へ押し返すに留まったという。
それから魔物の大規模な攻勢こそないものの散発的な攻撃はあるらしく――それが夜光たちを召喚した理由に直結していた。
「エルミナ王国は年々強まる魔物の攻勢に押されつつある。だからかつて人族を救った手段を再び行ったのだ」
「……かつて?ということは別世界――〝地球〟からの召喚には前例があるのか?」
新がオーギュスト第一王子に訊ねれば、彼は首肯した。
「今より千二百年前、〝名を禁じられし王〟の手によって一人の少年が〝異世界〟――チキュウと言ったか――から召喚された」
その少年は当時この世界の住人が持ちえなかった知識を携えていた。また〝名を禁じられし王〟に授けられた〝光輝く剣〟を手にしていたという。
「その者は未知の知識と己が武力によって人族を――ひいては他の三種族をも率いて、当時世界を席巻していた魔族の打倒に成功した」
世界を救った英雄王、あるいは救世主。
双黒を携えた現人神――〝軍神〟。
「その少年の名は……?」
気づけば、夜光はそう訊ねていた。
何故かは自身でも分からなかった。けれど何か――胸騒ぎがしたのだ。
初めて言葉を発した夜光に興味深げな視線を投げつつも、オーギュスト第一王子は答えてくれた。
「〝軍神〟、〝英雄王〟、〝黒天大帝〟――いくつもの名を持つ少年の名はノクト・レン・シュバルツ・フォン・アインスだ」
「えっ……?」
驚愕を溢したのは――夜光ではなく、その隣に座っていた陽和だった。
他の者も何故陽和が驚いているのかを悟って息を呑んでいる。
夜光もまたもしや、という思いに包まれていた。
(レン――蓮?いやまさか……)
語られた人物が親友であるという可能性――しかし低いと言わざるを得ない。
召喚されたのが千年以上も前であること、それほど永い時間が経っている為に正しい情報とは限らないということ。
そして何より――夜光自身、信じたくなかった。当たり前だ、もし本当に蓮が千年以上も前の〝異世界〟に召喚されていたとすれば――、
(とっくに寿命で死んでる――ってことになる)
それは夜光にとっても、なにより兄を慕う陽和にとっても――認めがたいものだ。
だから陽和も夜光も特に言葉を発しなかったし、勇たちも二人を慮ってか黙り込んでしまう。
そんな一同の様子を不審げに眺めていたオーギュスト第一王子だったが、このままでは先に進まないと感じて口を開く。
「何を驚いているのかは知らんが……質問には答えた。話を戻すぞ。〝名を禁じられた王〟は二百年前までこのエルミナの地に居たと言われている。その〝王〟に関する書物や口伝は大部分が失われていたが、異世界から救世主――勇者を召喚する術が記された書物が大聖堂から発見されたのが一週間前。それから召喚の準備を整え、実行に移し――今に至るというわけだ」
「……つまり僕たちにも〝軍神〟と同じことをしろと?世界を救えとでも言うつもりですか?」
饒舌なオーギュスト第一王子に勇が不安げに問えば苦笑が返ってくる。
「世界を救え、などと大仰なことは言わぬ。お前たちにしてもらいたいのはエルミナの防衛だ。要は我が国の兵士たちの希望になってもらいたいということだ」
(広告塔、あるいは偶像ってことか?)
オーギュスト第一王子の言に、夜光は疑念を抱いた。
(それだけの為に召喚魔法なんて大仰なものを使ったのか?いや、怪しすぎるだろ)
第一、精神論ではどうにもならない事の方が多い。魔物に押されている戦況を精神論でどうにかできるとは思えなかった。
(上辺だけの言葉だろうな。きっと本心は別にある)
かつて召喚された少年と同じ働きを強制されるか、あるいは誘導されるか。
どちらにせよ〝戦う〟ということには変わりない。
(皆はその可能性に気づいているか……?)
と、夜光が周りを見回せば、陽和は不安げな表情を浮かべており、新は懐疑的な目つきでオーギュスト第一王子を見やっている。
それはいい。だが、問題なのは明日香と勇の表情がやる気に満ちていることだ。
(……不味いか?)
そう思った夜光が先手を打とうと口を開く――その前にオーギュスト第一王子の横に控えていたアルベールが言葉を発した。
「勇者の方々の衣食住はこちらで用意させて頂きます。危険についてですが、常に護衛をつけますし――なにより勇者の方々自身がお強いでしょうから問題はないかと」
どういう意味なのか、質問しようとする夜光たちを手で制してオーギュスト第一王子がアルベールの方を見やる。
「説明するより直接見た方が速かろう。アルベール、この者たちを訓練場まで案内せよ。後の説明はお前がやれ」
我はもう疲れたからな、とオーギュスト第一王子は言って席を立ち、執務机の後ろにある窓から外を眺め始めてしまう。
そんな主の様子に僅かばかりの呆れを含んだ視線を流してから、アルベールが夜光たちに声をかけてくる。
「殿下の言も一理あります。それに勇者の方々もずっと話ばかりでは退屈でしょう。ですから――実際に見て、体験して頂こうと思います。あなた様方が持つ〝固有魔法〟を」
「魔法!?」
その言葉に明日香と勇は興奮と期待がないまぜになった表情を浮かべ、新ですら強く興味を引かれたのか先ほどまでの警戒心を解いてしまっている。
無理もない。魔法という力がどれほど凄いものなのか、飛空艇や召喚魔法で知ってしまっているのだから。
(それにしても口が上手いな)
こちらが不安そうにしたとたん、話題を変えてきた。しかもこちらの好奇心を強く刺激する形で、だ。
夜光も興味を引かれはしたが、警戒心は抱いたままだ。
そんな一同の中で唯一、陽和だけが強い警戒心を抱いているようで、現に今も夜光の服の袖を握りしめて不安げな表情のままだ。
「夜光くん……これからどうなっちゃうの?」
そんなもの分かるはずがない。未来を識るなどこの世界にいるという神――〝王〟くらいにしか出来ないのではと思う。
だけどそうは言わずに、夜光は努めて笑みを浮かべた。
「大丈夫……なんとかなるさ」
*****
王城グランツの荘厳な廊下を歩いていく。時折すれ違う鎧を纏った男性――衛兵が、夜光たち――というより一同の先頭をゆくアルベールの姿を認めて脇に寄り、敬礼を向けていた。
その光景に興味を引かれたのか、新が問いかける。
「……アルベールさんはこの国の重鎮ですか?」
「重鎮……ってなに?」
「明日香……お前高校生にもなって知らないのか?現国の時間に習わなかったのか」
「え、あー……どうだろう」
「……お前って本当、刀馬鹿だよな」
「酷いよ新君!」
などと新と明日香がコントじみた会話を繰り広げていれば、アルベールが苦笑を浮かべながらも応じた。
「そういえば私の役職などについてはまだお話していませんでしたね。私は恐れ多くも国王陛下より大臣の任を仰せつかっております」
「大臣……って偉いの?」
「偉いに決まっているだろ……そうですよね?」
首を傾げる明日香に、若干の不安を浮かべる新。そんなふたりの様子を見てアルベールは思いついたとばかりに頷きを見せた。
「勇者の方々の住まう世界の政治機構はこの世界の政治機構とはかなり違うとお見受けしました。ですから訓練場につくまでご説明させて頂きましょう」
その言葉に夜光は強く興味を引かれて耳を傾けた。得意教科である世界史で歴史上の様々な政治機構、政治体制を知っていたが故に、異世界ではどのように違うのかと思ったからである。
「まずはこの国――エルミナ王国を統べるお方についてです」
今よりおよそ二百年前に聖王国から王国に名前を変えたエルミナという国は、国名から連想できるように国王と呼ばれる君主を頂点とした君主制である。
今代の王の名はアドルフ・マリウス・ド・エルミナ。
齢六十五の男性で、現在は病床に臥せっているという。
「今でこそ陛下は病に倒れておられますが、若かりし頃は叡智と武勇に優れた素晴らしいご活躍をなされておられました」
そう語るアルベールの表情に一瞬ではあったが悲しげな色が過ぎった。けれども直ぐに消え去って説明は続いていく。
「国王陛下を頂点とし、政を大臣である私が行っております」
政治については大臣が、軍事については〝四騎士〟と呼ばれる四人の大将軍たちが指揮しているという。
しかし彼らはあくまでも国王の代理という形であり、最終決定権は国王にある。
権力の一極集中――それは夜光たちが暮らしてきた国の民主主義とはまるで別物であった。
(中世ヨーロッパ諸国みたいだな)
フランス王国、神聖ローマ帝国などを思い浮かべる夜光。
そんな彼の耳朶にアルベールの言葉が触れる。
「とはいえ広大なエルミナ領土は私はもとい、国王陛下の御手にすら収まりきらないもの。ですので王都周辺と一部の地域を除いて他は全て貴族諸侯が管理運営しています」
王都パラディースなどの一部地域を王家直轄領とし、残る広大な国土を数多く存在する貴族諸侯に分け与え、管理運営を任せる代わりに税を治めさせる。
(本当に中世の政治体制じゃないか……)
その政治体制を敷いた国家が――王朝が最終的にどのような結末を迎えたのか、知っている夜光としては複雑な思いであった。
アルベールの説明が政治から歴史へと移り変わろうとしていた時――不意に開けた空間に出た。
温かな廊下から深雪降り積もる外へ出たことで、アルベールは説明を切り上げて眼前の空間へと手を向けた。
「訓練場に到着です」
その言葉に夜光たちは返事を返せない。眼前に広がる雪景色――ではなく、そこに佇む一人の少女の美しさに目を奪われたからであった。
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