二話

 光輝燦然――眩き光が収まりを見せた時、世界は一変していた。

 夜光の視界に映り込んだのは雪化粧をした公園ではなく、どこか厳かな雰囲気を醸し出す室内だった。

 壁にはタペストリーや照明器具がかけられており、最奥には日光を受けて燦然と煌めくステンドグラスがある。そこに至るまでの道には赤絨毯が、両脇には長椅子が左右均等に置かれていた。


(まるで聖堂みたいだな)


 と、夜光が得意とする世界史の知識と照らし合わせながら思っていると、不安さを滲ませた声音が耳朶に触れてくる。


「こ、ここは一体……や、夜光くん……」


 その声に夜光がハッとして視線を下向ければ、怯えを浮かべる陽和の顔が見て取れた。

 次いでずっと握っていた手の感触も思い出したことで夜光は思考の海から意識を上げる。


「陽和ちゃん、怪我とかはないか?」

「だ、大丈夫です。夜光くんこそ大丈夫ですか?」

「俺は大丈夫だよ。他の連中は――」


 顔を上げて辺りを見渡した夜光は少し離れた位置に明日香、新、勇の三者の姿を認めたことで僅かばかりの安堵を得る。非現実的なことが起きてしまった現状、日常の一部である彼らの姿は頼もしく映るものだ。


「……うぇ!?な、なにここ?何処!?」

「これは……」

「…………」


 三者三様、口にする言葉こそ違えど一様に表すのは動揺と不安だ。

 無理もないことだと夜光は思う。突然光に呑まれたかと思えば、次の瞬間には中世ヨーロッパを彷彿とさせる建物の中だったのだから。現に夜光自身も動揺と不安を抱えている。


 ――そんな五人の耳朶に、重い物がゆっくりと動く音が触れた。


 彼らが一斉に音の発生源に視線を向ければ、そこには両開きの大扉があり、しかもゆっくりと開いている最中であった。

 期待と、それを上回る不安を乗せた視線が向けられる中で、大扉が開ききり複数人が室内へと入ってきた。


「驚かせてしまい、申し訳ございません――勇者の方々」


 入室した人々の中から出てきた恰幅の良い男――歳は四十といったところだろうか――が唐突に言葉を発してきた。

 次いで男が片膝をついたことで、彼の後ろに控えていた者たちも同様の姿勢を取る。

 あまりの事態に夜光らが言葉を発せられぬ中で一人、勇だけがかろうじて問いかけを発した。


「あ、あの……あなたたちは一体?それに勇者とは――いえ、それよりもここは何処なのでしょうか」


 その問いに思い至らなかったとばかりに右手で額を叩くという大仰な仕草を見せた男は、


「ああ――……申し訳ございません!私としたことが召喚魔法の成功に狂喜してしまい、いろいろと手順を省いてしまいました」


 苦笑を浮かべて立ち上がると夜光たちを順に見やって――硬直した。

 しかし直後何事もなかったかのように繕った笑みを浮かべる。


「ん、んんっ……これ以上勇者の方々を立たせるというのもなんですので、場所を変えましょう。ついてきて下さい」


 男はそう言って踵を返すと現れた大扉に向かって歩き出す。まるで夜光たちがついてこないという未来がありえないと確信しているかの如き、迷いのない足取りであった。


「ど、どうしよう……」

「……ついていくしかない」

「そう、だな。少なくともここに残っても何もわからないし解決しないだろうからな」


 明日香の言に答えた勇と新が歩き出し、彼女もまた彼らに続いて足を動かす。

 その背を見つめながら考え込む夜光の袖を陽和が引っ張った。


「夜光くん、わたしたちも……」

「あ、ああ……そうだね、俺たちもついて行こうか」


 そう返して陽和と共に歩き出す夜光の表情は晴れない。

 何故なら――、


(あの男、俺の顔を見て動揺してたな……)


 先ほどの男が勇たちを見ても笑みを壊さなかったのに、夜光を見たとたん表情を強張らせたからであった。



 *****



 その後、聖堂のような場所から移動し、建物の外に出た夜光たちは眼前に広がる光景に驚愕と感嘆の声を漏らしていた。


「綺麗……!」

「神秘的だな……」

「すげえな、こりゃ」


 先ほどまで居た聖堂のような建物はどうやら高台に立っていたらしく、眼下には広大な街並みが広がっていた。

 規則正しく並び建つ建物群、その合間に敷かれた道は綺麗に舗装されており厚着の人々が行き交っている。白を基調とするのが法律で定まっているのか、建造物は一定の統一性を保っており、町全体が一つの芸術品と言っても良いだろう。

 

 更に神秘性と荘厳さに拍車をかけているのが夜光たちがいる場所のすぐそばに立っている城だ。

 一体どのような材質で造られているのだろうか、一切の風化が見られない白の外壁はとても美しい。


(白で統一された町か……)


 思い浮かぶのは地中海沿岸の街並みだが、それとは決定的に違う、、と断言できる証拠が一つある。

 それは――、


「!?ね、ねぇ皆!空、空見てよ!!」


 微量に降っていた雪に気を取られた明日香が空を見上げて驚愕の声を上げた。

 その声につられて夜光も上向けば――


 ――寒空に浮かぶ船の姿があった。


「飛行船……?」


 非常識すぎる光景に思わず夜光が呟けば、それに応えたのは件の男であった。


「〝飛空艇〟ですな。正確には魔力変換式軍用飛空艇〝オルトリンデ〟。我が〝エルミナ王国〟が誇る最新型ですぞ」

「は……」


 言葉の中に複数ある未知なる単語、加えて眼前に広がる光景に夜光たちは絶句するほかない。唯一、分かったことは少なくともここが夜光たちが知る〝世界〟ではないということだ。


「では行きましょう。いつまでも外にいては凍えてしまいますし、なにより殿下、、をお待たせするのは不味いですからな」


 聞きたいことは色々とあったが、男の言葉通りここは寒く長時間会話するのには向いていない。故に夜光たちは再び歩みを再開した正体不明の男たちについていく。


 そうしてたどり着いたのは先ほど視界に映り込んだ荘厳なる城であった。

 広い階段を昇っていけば正面玄関につき、そこには世界史に載っているような鎧を着こみ槍を持った直立不動の衛兵が並び立っていた。

 夜光らの姿を認めた彼らは一斉に敬礼――空いている右手で拳を作り自らの左胸を叩く――を行う。

 男はそんな彼らに軽く頷いて命令を下した。


「勇者の方々をお連れした。予定通りオーギュスト殿下の元へ向かう。扉を開けよ」

『はっ!』


 衛兵たちは再度敬礼するとすぐさま城の大扉に触れる。すると先ほど夜光たちの足元に現れたのと酷似した幾何学模様が大扉全体に浮かび上がり――大扉がひとりでに開き始めた。

 何度目かわからない驚愕に包まれる勇たちの中で、夜光はある推測を立てていた。荒唐無稽、現実と空想の狭間をはき違えたと普段であれば切って捨てているであろう推測だった。


(ここは〝異世界〟で……今のは〝魔法〟的なものなのだろうか)


 というよりそうでなければ説明がつかないことだらけだ。明らかに夜光の知る〝科学〟からかけ離れた技術がこの世界では用いられている。


(だとすれば全てが納得できる)


 夜光たちをこの世界に召喚したのも〝魔法〟、飛空艇なる未知の乗り物を浮かせているのも〝魔法〟、つい今しがた大扉がひとりでに開いたのも〝魔法〟。そう説明すれば納得する――せざるを得ない。


 夜光が一人そう結論づけている間に大扉は開ききり、男たちが歩き始める。

 城内に入ればどのような仕組みか外の冷気が完全に遮断され、温かな空気に一同は包まれた。


「ここは王城グランツ。千二百年もの歴史を誇る世界で最も古い建造物の一つです」


 歩みを止めずに男が語りだし、夜光たちはそれに聞き入る。


「この城と同等の歴史を持つのはあの忌々しいアインス大帝国の首都くらいなものです」


 アインス大帝国――その国名を心底憎々しげに吐き捨てた男は今までとは別人のように感じられた。

 されどその因縁や関係を一切知らない夜光たちは困惑を浮かべるだけだ。


 そうこうしている内に目的地にたどり着いたのか、男がとある一室の前で歩みを止めた。

 次いで付き従っていた人々を解散させると夜光たちへと向き直る。


「勇者の方々、この部屋でお待ちになられているお方はこの国の第一王子であらせられるオーギュスト殿下です。あなた様方が〝異世界〟の出であることは知っておられ、それ故の礼を失する態度も多々あるであろうともご承知しておられます。ですが何卒、あなた様方の流儀でよろしいので最上位の礼を以って殿下に接して頂きたい」


 そう言って頭を上げてくる男の姿に、夜光たちは視線を交わす。結論は言葉にせずとも一致し、代表として勇が声をかけた。


「僕たちの礼儀がどれほど通用するかはわかりませんが、最善を尽くします」

「ありがとうございます。突然の事態に困惑されているでしょうが、殿下と私が説明させて頂きます故何卒ご容赦願いたい」


 その言葉に勇が頷けば、男は眼前の部屋の扉を軽くノックした。


「オーギュスト殿下、勇者の方々をお連れ致しました」

「アルベールか、入れ」


 部屋の中から尊大な返答が返ってきたことで男――アルベールが扉をゆっくりと開いた。

 そして躊躇いなく室内へ踏み入った彼の後に続いて夜光たちも入室する。

 

 室内には主を象徴するかの如く金銀財宝が無数に置かれており、最奥には執務机が置かれていた。

 それを前にしてこれまた豪勢な椅子に座る男が居た。

 金髪碧眼――細顔の男だった。体格も顔と同様に細く、身に纏う豪奢な衣装に相応しい貫禄は感じられない。

 

「よく来た勇者たちよ。まずは座るがいい」


 男は手ぶりで部屋の中央に鎮座するソファーを示した。

 夜光たちがアルベールを見やれば、彼は頷きを見せてくる。

 なので夜光たちは戸惑いながらも示されたソファーに座った。

 次いで視線を部屋の主らしき細顔の男に向ければ、いつの間にか彼の横にはアルベールが立っていた。


「さて、さっそくだがお前たちを喚んだ理由について――」

「殿下、まずは互いの名を知るべきかと」


 いきなり話始めようとした第一王子を遮ってアルベールが進言した。

 第一王子の語りを遮るなど不敬もいいところ、そんなことが許されるのかと夜光は首を傾げたが、意外にも第一王子は不快さを表すこともなく頷きを見せた。


「……それもそうか。相手が臣民であればその必要もないが、お前たちは我が国にとって重要な客人だ。だから我が先に名乗ろう」


 何処までも傲慢さを滲ませて第一王子は名乗りを挙げた。


「我が名はオーギュスト・ヘレンニウス・ド・エルミナ。このエルミナ王国の第一王子にして王位継承権第一位である」


 名乗られたのであれば返すしかない。夜光たちは次々に自己紹介を済ませる。


「ふむ、ユウにシンにアスカ、ヒヨリにヤコウか。伝承に記されていた通り、〝異世界〟とはなんとも奇妙な名で溢れているらしい」


 と、オーギュスト第一王子が笑う。

 自らの名を笑われたことで自尊心が傷ついたのか、勇が棘のある口調で言葉を発する。


「それよりもオーギュスト――殿下、僕たちはもう何が何だかわからないのです。お手数ですが一から説明して頂けますか?」

「ふっ、そう焦るな。ちゃんと説明してやるぞ」


 勇の皮肉が入った言葉を軽く一蹴してオーギュスト第一王子が語りだす。

 ――それは夜光たちの想像を超える話であった。

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