一話

 深々と雪が降り積もる日のことだった。


「そうか、やっぱりあいつはまだ……」


 高校の近くに位置するとある公園。そのベンチに座る二人の内、少年の方が言った。

 少年の名は間宮夜光まみややこう

 日本人らしい、黒髪黒目を持っていて、冬の寒さに負けないよう厚着をしていた。

 高校一年生にして十六歳――もうじき十七歳となる彼の隣には、どこか暗い雰囲気を漂わせる少女が座っている。


「……はい、お兄ちゃんは行方不明のままです」


 少女の口から陰鬱とした吐息が零れ落ちる。

 彼女も黒髪黒目であるが、夜光とは比べ物にならないほど整った顔立ちをしていた。

 未だ幼さは残っているものの、人目を惹く容姿をしている。

 暗い雰囲気を纏っていようとも、その魅力が損なわれることはなく、むしろある種の背徳性すら感じさせる。

 彼女の名は天喰陽和あまじきひより

 夜光の親友である天喰蓮の妹であり、その縁から以前より何度か会話を交わす仲であった。

 

 そして今日、こうして二人で寒空の下にいるのも、蓮が原因であった。


「あいつが行方不明になってから半年……一体どこで何をしているんだか」


 夜光の親友であり、陽和の兄である蓮は半年前に突如として行方をくらませた。

 ある日突然、夜が明けて陽和が彼を起こしにいったら布団がもぬけの殻だったのだ。

 家族総出で近所を探し回り――夜光もまたその報を受けて捜索に加わったが――見つけることはできず、遂には警察に届け出たものの、半年経っても何の進展もなしであった。

 

 高校において唯一無二と言っていい友人――親友の失踪に、夜光も深く傷ついたが、陽和はもっと傷ついていた。

 それも当然で、彼女は内気な性格故か親しい者は少なく、優しさの権化と言っていいほど温厚な兄――蓮について回っていた。だからこそ彼の失踪に耐え切れなかったのだ。

 

 蓮がいなくなった当初、陽和は毎日泣いてばかりで部屋に閉じこもっていた。両親も蓮の失踪に傷ついていたが、このままでは陽和の方が壊れてしまうと心配し、比較的仲の良かった夜光に協力を要請してきた。

 夜光はそれを受け、彼女の元へと何度も足を運び――結果、彼女は再び学校へと通えるようになった。その過程で何度か放課後に会話を交わすようになり、今もこうして二人で共に居る。

 これが傷の舐めあいなのか、あるいは陽和の依存なのか……夜光は考えることがあるが、いつも答えを出さずにいる。


(どっちでもいい。それよりも蓮が帰ってくるまで陽和ちゃんを守らないと)


 親友が帰ってきた時、彼の大事な妹が壊れていないように。

 その想いから夜光は陽和と積極的にコミュニケーションを取っている。


「お兄ちゃん……」


 と、陽和が呟いた時のことだった。


「あっ、陽和ちゃんに夜光君だ!」


 冬の静寂を破って、元気な声音が公園に響き渡った。

 その声に夜光が顔を上げれば、公園の入り口からこちらに向かって走ってくる少女の姿を捉えることができる。


「江守……さんか」


 夜光の声――決して大きくはなかったが、彼女の耳には届いたのか嬉しそうに頬を緩めている。明るい黒髪――茶髪に近い色彩の短髪を揺らしてこちらに駆けてくる姿は子犬を連想させるものだ。

 そんな彼女の名は江守明日香えもりあすか

 夜光と蓮のクラスメイトであり、実家の剣道――江守流を修めている才女だ。


「やっほー、二人とも。元気してる?してないか、してないよね。ごめんね!」


 マシンガンのように放たれる言葉、内気な陽和はもちろんのこと、読書好きで陽気とは真逆の夜光としても反応に困ってしまう。

 そんな場に更なる介入者が現れた。


「明日香、困っているだろう。少し自重したらどうだ」


 その声に三人の視線が向けられ―――立っていたのは黒髪黒目の少年だった。整った顔立ちは多くの女性に黄色い声を上げさせるであろうことは間違いなく、実際クラスではそうなっている。

 顔立ちが良く、加えて明るく社交的とくれば当然そうなる。

 けれども、彼は何故か夜光を快く思っていないらしく、今も意図的に夜光を無視してきた。


(まあ、俺もお前のことは嫌いだけどな)


 と、夜光が冷めた視線を送っていると、少年――一瀬勇いちのせゆうがこちらをみてくる。より正確には夜光の身体に隠れるように身を縮めている陽和のことを、だ。


「久しぶりだね、陽和さん。お兄さんのことはけど、あれから少しは元気を取り戻せたかな」


 ――これだ。夜光が勇のことを嫌う理由がこの勝手ともいえる決めつけだった。


「お兄さんがいなくなって悲しむのは分かるけど、彼のような人物を頼るのはあまりいただけないな。だから明日香も心配するんだろうし、僕だってそうだ」

「いや勇君、私は――」

「だから僕――僕たちを頼ってくれてもいいんだよ?」


 明日香の訂正を遮って勇が続ける。

 そのどこまでも自分勝手で、どこまでも傲慢な態度が気に食わない。

 

「遠慮することはない、僕は――」


 夜光が隣で怯える陽和の様子に声を上げようとした時――、


「おい、勇。あんまり陽和ちゃんと夜光をいじめるなよ」


 苦笑を溢して一人の少年がこちらに歩み寄ってきた。

 黒髪を非常に短く切りそろえているのは、彼が体育会系の部活に所属していることを表している。活発さがにじみ出ており、どこか粗暴さを感じさせる雰囲気を醸し出していた。

 彼の名は宇佐新うさしん

 明日香や勇と同じくクラスの中心的存在にして、勇のストッパー役である。

 

「僕は別にいじめてたわけじゃ――」

「はいはい、でも陽和ちゃんは怖がってるみたいだぜ、勇?」


 新の指摘に勇がハッとしてベンチを見やれば、陽和が夜光の身体に隠れて縮こまっているのを理解した。


(ようやく気付いたか、この偽善者が)


 勇の性格――自分が常に正しいという思い込みを、夜光は酷く不愉快に思っている。

 しかも彼は何故かことあるごとに陽和と会話を試みるから油断できない。蓮が帰ってくるまで陽和を守ると誓った身としても警戒してしまうのだ。

 

「ご、ごめん陽和さん!僕はそんなつもりじゃ……」

「…………」


 勇の謝罪を聞いても陽和は黙ったまま。故に寒々しい沈黙が訪れる。

 そんな重苦しい雰囲気を払拭させようと新が明日香の方を見やった。


「そういえば明日香、さっき夜光と陽和ちゃんをみつけて走り出したからには何か理由があるんじゃないのか」

「……え、あ、ああっ!そうだった。ねえ、陽和ちゃん。今度の日曜日特別演武っていうのがあって、そこで私が剣術を披露するんだけど見に来ない?もちろん夜光君も!」

「演武……ですか?」

「うん、そうだよ。凄いんだよー、なんかね、こうシュババって感じでさ」

「いや、シュババじゃわかんねえよ……」

「ええー、そんなことないよ!ね、勇君?」

「……僕もちょっとそれは――」

「嘘、勇君も!?」


 活気を取り戻す三人を後目に、陽和が夜光に話しかけてくる。


「……どうしましょう、行った方がいいんでしょうか?」

「陽和ちゃんが行きたいのであれば」

「……夜光くんもきてくれますか?」

「もちろんだよ」


 その会話の最中、勇が鋭い視線を夜光に向けてきていたが、彼は努めて無視して笑みを浮かべる。

 それに安堵したのか、陽和が明日香に返事を返した。


「明日香さん、私……行きます。夜光くんも」

「おお!やったー!!ありがと、陽和ちゃん。夜光君も!」

「ああ……別にいいよ」


 ――こんな日々がいつまでも続くのだろう。

 夜光が漠然とそう考えていた時だった。


「……え、な、なにこれっ!?」

「うわ、なんだこりゃ」

「これは……一体」


 明日香、新、勇の驚愕した声に夜光が視線を向ければ、彼らの足元に光り輝く円のようなものが現出しているのが分かった。

 その不思議な円は複雑な紋様を刻んでいて、徐々に広がっている。


「や、夜光くん……っ!」


 幻想的だがどこか不穏な気配を発する円に、陽和が怯えたように夜光の服を握る。


(なんだこれ……まるで魔法陣みたいだな)


 対して夜光はそんなことを考えていた。

 だが怯えている陽和の様子に気づいて退避を試みようとした。

 しかし――それよりも魔法陣らしき円が夜光たちの足元に届く方が速かった。


 瞬間――、


「なんだ――光が――ッッ!?」

「きゃああ!?」

「なんだよこれっ」


 円が発光し、世界は眩い輝きに包まれる。

 視界が白に染まりゆく中で、夜光は陽和の悲鳴を聞いた。


「夜光くん――!?」

「陽和ちゃん、掴まって!!」


 もはや視界はあてにならない。

 だから夜光は手探りで陽和を探し、その手を握りしめた。


(守り抜く……絶対に)

 

 できるできないではない。やると決めたからにはやるだけなのだ。

 たとえそれがどれほど困難で、険しい道のりだったとしても。


「――――――――」


 その決意を最後に、夜光の意識は暗転した。

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