②
さて入ってゆくとすぐに、慣れた友人たちは楽しげな様子で方々へ散っていった。三つの遊具はすべてロープウェイである。それぞれ何が違うかというと大きさで(友人たちは、難易度、と呼んだ)、一等小さなものとなると遊びに来ていた数少なの中学生たちが、始めから終わりまで地に足つけていられるほどだった。健太郎くんはじめ友人たちは、その彼らのいわゆる「初級」を嘲った。そのために、私も、初めてながら「初級」を「初級」と呼び、なおそれを馬鹿にしなければいけなかった。
それでも世話焼きの彼らに気を遣ってもらい、私がとうとう滑るのは「中級」だった。それは、というよりそれらは、なるほどロープウェイに分類されはするのであろうが、先の通り金属の部分がない、つまり、普通あるはずの鉄の留め具様のものもなくて、人々は固定された棒などを持って綱を滑ることなどできぬのだ。三つが三つ山の斜面を背にし、竹で組んだ、火の見櫓のような格好の始点があって、そこから下の終点へ綱が渡されてあるのは通常だが、皆が頼りにするのはY字の木の枝だった。もちろん太さは少年の手首ほどはあり、しかも皆がこれでもって滑降するのだから、その公園内ではまるで正解みたいだったけれども、Y字を逆さにして下の二本を掴み、かなりの高さからロープを下るというのは、初めてそこへ来た者からすると、危ないことこのうえなかった。
差し当たり健太郎くんが私につき、「中級」を教えてくれるというので、Y字の木の集めてあるところへ行った。そこはあたかも武器庫のようで、公園を囲んだ金網の目から斜め上に、木の棒を何本も突き立たせて、実際にY字は巌のような物々しさで、それへ引きかかっていた。このとき私に、儚い虚像のごとき決心が芽生えたのだと私は思う。
健太郎くんがひどく丁寧に、中級ならこれくらいがよい、とおそらく根拠なく勧めてくれたのを私は持って、彼の後ろをゆっくりと歩いた。そもそも人が多くなかったので、小川の橋を渡った向こうの「中級」の櫓の上には、全然滞りなく進めた。それは私が先刻見上げたより高いところにあった。健太郎くんは興奮気味に、Y字を持ってロープの先ばかり見るので、私は滑降する手段などが伺えず、果たして健太郎くんが涎を垂らしているかどうかも知れなかった。と、じきに、
「えいっ……」
とかすかに言ってから、健太郎くんは茶色がかった綱を滑り降りた。綱は健太郎くんの進むにしたがって大きくたわみ、元の緩やかな自然の曲線を留めなかった。ふいと下を見ると、健太郎くんは既に着地しており、そこには他の何人かの友人たちで、ロープは僅かに動揺していた。私はY字を強く握りしめ、司令塔のようなそこの突端に立ったが、健太郎くんがやったみたいに、また彼らが望むみたいに、綱を渡るイメージは湧いてこないのだった。それよりどれほどそうしていたのかは定かではないが、果然私は中空に跳んだ。Y字の棒は太く、綱との摩擦で不器量な音を鳴らした。綱は私が跳んだために大きくたわみ、その次に私の身体をフーワリと跳ね返した。着地の折に素早く手を離し、劇中の人のように大胆にしてみせると、反動で宙へ高く上がったY字が私の傍にどさと落ちた。それを見た健太郎くんが真っ先に、
「前、こんなに棒を飛ばして、それで、落ちてきたら頭にぶつかって、血が出たのがいたよな。あれやばかったよ。何針か、縫ったんだって」
私の滑りは、短く、そのうえ卑俗なものだった。着地してから、そこの友人たちは何を待つのかなかなか足を動かさなかったのに、私は、同じところに留まっていることができなかった。小川にザリガニの穴がある、というどこかからの音声を、一生懸命に聞いていた。
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