第80話 だから私は……!
私は右肩を押さえる。
どうにかしなきゃ。
大丈夫。私は困難を乗り越えてきたんだ。
私は自分に言い聞かせた。
大丈夫。
トトが言っていたメキシコサラマンダーになるんだ。この際記憶なんて気にしないで、全身を変えばきっと治る。
しかし、体力が残っていないせいで、姿を変えることが出来ない。
あああ、もどかしい。なかなかヒトから変われない。
せめて肩だけを、メキシコサラマンダーに。
メキシコサラマンダーとはどんな形だろう。サラマンダー?オオサンショウオみたいなものかな?
姿を変えるには、自分に自信を持たないと。
早く。早く。
顔を持ち上げて、ヲヲを見ると、かなり押されていた。
「そろそろあきらめなよ、ヲヲ。今なら許してあげる」
「私は目が覚めた。例えこの命が消え失せようとも、国民を犠牲にするようなことに賛同はしない!」
トトが舌打ちをする。
「あとで冷静になったら後悔するよ」
「そうかもしれない……。だが私は人生の中で、一つ、貫き通したいものがある」
「そう」
トトが回し蹴りをヲヲの足に向けて放つ。まるでトトの足が刃物であるかのように、ヲヲの片足が切断された。声をあげる間もなく、ヲヲは肩を噛まれた。毒がヲヲの中に入ってゆく。ヲヲから力が抜け、その場に崩れ落ちた。
「ヲヲッ……!」
私は力なく叫んだ。
うかうかしてはいられない。早く肩を。
やっと、肩の血が止まってきた。傷口は完全に塞がってはいなかったが、私はよろよろと立ち上がった。
「あれ?まだ生きていたの?」
トトが面倒くさそうに呟いた。
私は強がって笑みを浮かべた。
「情けないことに、今にも意識が飛びそうだよ。でもその前に、トトに言っておきたいことがある」
トトは首をかしげた。
「いいよ。死ぬ前に色々と言わせてあげる。
……友達だしね」
「トトはさ……このままでいいの?」
トトが鼻で笑った。
「何を言い出すかと思えば……。
当たり前でしょう?」
「じゃあどうしてそんなに怖がっているの?」
トトは体の筋肉を強ばらせた。
「何を言って……」
「トト。私には、トトが私にくれた優しさは全部本物に思えるんだよ。
私が上層権獲得試練に向かうとき、トトは私の無事を案じてくれた。
本来、国民は試練の危険性を知らないはず。だからトトは側近以上の存在しか知らない試練内容を知っていたことになる。
国民として振る舞うには、矛盾が生じる発言だった。
でもトトは言ってくれた」
「それはあなたを試したの。気づくかどうか」
トトはうつむいて、瞬きをした。その目は落ち着きなく、動いている。
「トトは私をたくさん助けてくれた。そんなトトがこんなこと、自ら進んでやるとは思えない。
だって、トト、今つらそうじゃない……」
「そんなの、茜の先入観だよ!
茜は私のことを分かっていないだけ!」
「そうかも知れない。でも……。
トトはまだ隠していることあるよね?
ねえ、自分だけを敵にしないでよ。一緒に暮らしていたんだもん。トトが嘘をついているかどうかなんて、分かるよ」
トトは体を震わせた。
「分かる、ですって……!
あなたに何が分かる!
まだ子供のうちに、国を治めろと言われた私の気持ちが!
別の……もっと賢い人だったら、もっと上手くできたのかもしれない。
でも私は無理だった。だからせめて、自分の気持ちなんて……そうじゃないと……やっていけないんだよ!」
「それは違う!トトが国の奴隷みたいになることはないの!」
「それは綺麗事!」
トトはぎゅっと目をつぶった。
「トト、今からでも遅くない。国の皆の脳を解放して、もう一度やり直そうよ」
「…………」
「トト!」
「それは、無理なんだよ……」
トトは頭を抱え、髪をくしゃりと握った。
「この国は、私が任された時点で、壊れる寸前だったの……!音波では補い切れないほど、人々の脳は混沌とした状態だった。
だから、私は……。国民の脳の動きを止める必要があった……!」
「そんな……」
「カラ国の人を自由にするには、一度全て壊れるしかないの。だから私は……例え仮初めの姿だったとしても、せめて皆が幸せになれるようにって……」
私は口をおさえた。
そんなことって……。
じゃあトトは、ただ一人で真実を知り、その苦しみを、ずっと一人で抱えこんできたの……?
「トト……」
「茜、なんで……なんで気づいちゃったの……!
私はあなたを殺したくなんかないのに!」
トトの目から涙が落ちた。
トトの心は壊れかけていたんだ。
誰にも気づかれず、トトの心はぼろぼろになっていった。
どんなに苦しかっただろう。
「トト……もういいんだよ。
自分を自由にしてあげて……」
「でも神様が……」
私は大きく首を横にふった。
「神様がなにさ。トトの人生はトトのものなんだから!」
「茜……。
でも私は、神様に約束してもらっているの」
「約束?」
「神様は国を治めることができたら、パパに会わせてくれるって」
「パパ?」
「うん。死に別れたパパに。私がちゃんと国を治めたと判断できたら会わせてくれるって」
なんて神様だろう。人の願望を利用するなんて。
「トト、その願いはいつ叶えられると思う?
神様はトトを利用しているだけなんじゃないの?」
トトは少し狼狽えた。
「でも……神様が嘘をつくわけない……」
私はなんて声をかけたらいいか迷った。
「トト……自分に正直になった方がいいよ。
トトが自分の心を殺さないと成立しない役割なんて、放棄してしまえばいい。
真に人を縛れるものなんてないんだから」
トトは元の白い姿に戻った。
「私、自分に嘘つかなくていいの?
自分を押さえ込まなくていいの?」
トトの頬を涙が伝う。
私は大きく頷いた。
「うん。もちろん!」
「そっかぁ」
トトは安心したように胸元をぎゅっとおさえた。
私はトトに歩み寄り、トトの手を取ろうと、手を差しのべた。
それに応じてトトも手を伸ばす。
お互いの手があと少しで届く。
あはっ!
突然、誰かの笑い声が聞こえた気がした。
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