第81話 トトの恐怖

トトの動きがピタリと止まる。

トトの呼吸は不規則になりだした。

「トト、どうしたの?」

トトは答えない。症状はひどくなり、立っているのもつらそうだ。トトは立ち上がり、苦しそうに首もとをおさえる。

「どうしたの!?落ち着いて」

トトはゆっくりと私の顔を見た。とても怯えた顔をしている。

「う、うう……」

「トト!?」

トトは顔を手で覆った。

「うああああああああ!」

「トト!」

まさか、発作?

なんで?

トトは天使なのに。神様側の立場じゃないの!?

私はトトの発言を思い出した。

『滑稽だよね。あの人達、自分ではこの国の上位に属していると思ってるけど、私から見たら皆同じ。役割が違うだけなのに』

神様も同じことを考えていたら……?

特別な力をもらっていた分、脳の負担は一般人とは比べ物にならないはずだ。

発作なんて起きたら……。

「トト!しっかりして!」

私はトトの肩に手をおいた。

「触らないで!」

トトが私の手を払いのけた。私は呆然とする。

「お願い……。近寄らないで……!」

トトは首をひたすら左右に振りながら後退していく。

「トト……」

「嫌っ!来ないで!」

トトには何が見えているのだろうか。目の前を見つめ、トトは恐怖していた。

「なんで、なんで、ママを刺したの!?

パパ!」

トトの目からさらに涙が流れた。

「なんで謝ってるの!?

なんで泣きながら私を殺そうとするの!?

ママは愛人を作って、家のお金を持ち出していたんだから謝らなくていいんだよ!

私もママのことはあんまり好きじゃなかったんだから、死体隠すのくらい手伝うから!

今からでも間に合う!それをしまって、いつもの家族に戻ろう。私は気にしないからさ!ね?」

トトは何かを掴む仕草をした。

「ほら、見て?

パパのおかげで、私、第一志望の大学に受かったよ!ここに松井汐莉って書いてあるでしょ?

ほら!だから……」

トトはどんどん後ろに下がっていく。

やばい。トトが向かっている方は湖がある。

ヒトの姿のまま落ちたら、トトが溶けて死んでしまう!

「トト!別の動物になって!」

ダメだ。私の声が聞こえていない。

「トト!」

私はトトに駆け寄って、止めようとした。

それにトトが反応してしまった。

「止めて!来ないで!

あっ!……」

トトはバランスを崩して、湖の中に落ちた。

水しぶきの大きな音が聞こえた。

「トト!」

私は急いで手を伸ばす。

トトが掴まり、顔を水中から出した。

トトは咳き込み、息を吸いこんだ。

「トト!早く上がって!」

水中からは肉が焼ける音が聞こえ、泡が浮かんできた。

かなり辛いはずなのに、トトは虚空を見つめて動かない。考え事をしているのか、その場に留まっている。

「トト!早く!」

「いや、これでいいんだ」

トトは異様に落ち着いて言った。

「え!?」

「茜、元の世界に帰りたいのなら、さらに下へ行って。他の国があるって聞いたことがある。

そのために、鍵を手にいれて」

トトは早口で言うと、水中に私を引き込んだ。


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