第67話 茜VSテテ

テテは少しふらついたが、足のかかとで向きを変えると、左足で、私の首に蹴りを放った。

私はなんとか左手で受けることはできたが、それは緊急処置でしかなく、衝撃で足が一瞬宙に浮いた上に、首に痛みも残った。

よろよろと立ち上がり、戦闘態勢をとろうとしたときに、左腕が上がらないことに気がついた。

折れた?

テテは、攻撃するときになって、手足を自分に有利な動物に変えてくる。だから一撃一撃が重いのだ。さっきのは、もろに食らったから、むしろ腕が折れたくらいで良かったのかもしれない。

しかし左腕が使えないのは、絶望的な状況だった。

私は目をキョロキョロと動かして、空き部屋を見つけると、テテに体は向けたままで、急いでそこへ入った。

「どうしたの?

逃げる気かなー?」

テテは面白そうに笑う。テテからしたら、遊びの様なものなんだろう。

それほどまでに、私とテテの戦力差は激しかった。

テテが部屋に入ってくる瞬間、私は部屋の家具を片っ端から投げつけた。

大きくてヒトの力で持てないものは、別の動物に手足を変えて、とにかくテテに家具をぶつけた。

大きい家具を投げつけられ、テテは視界が遮られる。

「ふん!こんなもので!」

テテが家具を払いのける。その隙に、私は部屋を飛び出し、反対方向へ逃げた。

それに気づいたテテが追いかけてくる。

「逃げてばっかりだね!

めんどくさ!」

慌てた私は、土でできた壁を傷つけることで発生した細かい土を使って、土煙をたてる。

「そんな量の土煙、一瞬で消えるよ!

無駄無駄!」

一瞬でいい。私は走り続けた。

テテは高く跳躍した。

私は立ち止まる。テテはにやりとして、私のことを、垂直方向から、殺しにかかった。

直後、私は後ろにずれた。

土煙が晴れる。私が元いた場所は階段だった。

壁には、針が潜んでいることを示す穴が、たくさん空いている。

テテは驚いたが、冷静だった。

全身を変える時間はないと判断すると、急いで手足をヤモリに変え、手を伸ばして壁に張りついた。

「なんで!?あなた、さっきまででここに立っていたじゃない!」

テテは叫んで、振り向く。しかし、そこに茜の姿はなかった。

気配を感じて首を上に傾ける。テテは壁に張りついた茜を視認した。

「そうか。開脚して、壁に両足をつけて空中で体を支えていたのね」

テテは舌打ちをした。

私はテテの手を蹴って、壁から剥がそうとする。この手さえ離れれば、テテは階段に落ちるからだ。

しかし、手は離れない。私は体の位置を下げ、テテの肩を狙った。

そこで、体の動きが止まった。

殺す必要ある?

私は攻撃を止めた。テテは怪訝そうな顔をする。

「もし、私があなたを殺さなかったら、あなたは私を殺しにくる?」

テテはため息をついた。

「甘い。甘いよ。なんで敵に情けかけちゃうかなー。

殺すに決まってるでしょ!任務なんだから!」

テテはふっと息をついた。

「もういいや。王様は最上階にいる。そこの階段を上がればすぐに着くよ」

テテからはもう、殺意が感じられなかった。

なぜだろう。いや、最初から少しおかしかった。戦う前も、私が起きるまで待っていてくれたし。

「テテ、今こうして私が話してる間も、私を殺そうと思えばできたはず。どうしてそうしないの?」

テテが鼻で笑った。

「なに?煽ってるの?」

私は慌てて否定した。純粋に気になっただけだ。

「冗談だよ。あなたは優しいから、ただ気になっただけなんだよね。

参加者の中で、あなたの上奏する内容だけが分からなかった。でも……あなた、この国の仕組みに気づいたね?」

「うん。テテも知っているの?」

「もちろん。側近はみんな知ってる。

茜、あなたのその好奇心や思いやりは、後々自分の首を締めることになるよ。なぜなら、世界は、残酷だから」

私は言葉の意味をとらえようと、テテを見つめた。

「一つ、例を挙げようか」

テテは目を伏せた。

『あるところに、仲の良い家族がいた。父親はおらず、娘にとって、母はかけがえのない存在だった。母を支え、生活を楽にするため、娘は王様の元で働いた。

娘は国のことを何も知らなかった。自分が何も知らなかったということを知った。娘はショックだったが、多くのお金を稼ぐため、王様の元で働き続けた。

しばらく経ち、上奏獲得試練の仕事にも慣れ始めた頃、試練の参加者に母がいることに気がついた。

娘は母が国の危険分子になっていたことにショックを受けた。

だが、母の参加理由は、娘の仕事に励む姿が見たい、これだけだった。

母は危険分子などではなかった。が、娘は仕事をまっとうした。娘は義務という名の鎖に縛られていた。

精神が不安定になった娘は、わざと明るく振る舞い、仕事に励んだ』

テテは、笑っているような、泣いているような、そんな顔をしていた。

テテは手を伸ばし、優しく私の頬を手のひらで包んだ。

両手を離したテテは、自然と階段へ落ちていく形となった。助けようにも、私の力では、支えられないから、二人で落ちることになるだろう。

「この国のトップは王様ではない。

茜、気をつけて」

それだけを言い残して、テテは落ちていった。

「ああ、もう疲れた……」

テテは少し笑みを浮かべ、階段にぶつかった。

瞬間、針が飛び出し、階段が赤く染められた。

テテは、己が仕掛けた仕組みで、この世に別れを告げた。

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