第63話 落ちる涙

頭が、頭が痛い。

私は目の前に敵がいるにも関わらず、床にうずくまっていた。

「そろそろ、楽にしてあげる!」

キキは腕を振りかぶった。

やばい、避けないと。

私は足に無理やり力をこめる。

しかし上手く踏ん張れない。

「茜!」

レレさんの声だ。

キキはレレさんに突き飛ばされた。

「ちょっと!なにするの!?」

キキは頬を膨らませて怒った。

「君こそ、茜に何をするんだ!」

レレさんはそう言うと、私を助け起こしてくれた。

「君はいつも死にかけているね。歩けるかい?」

「なんとか……」

私は足を前に出そうとした。しかし、今までの疲労がたまっていて、一歩も踏み出せない。立っているのもやっとだ。力を抜いたら、座り込んでしまう。

「無理です」

「無理か」

レレさんは頭をかいた。

「とりあえず、気合いでこの部屋を出てくれ。お城には沢山部屋がある。空き部屋に入って、しばらく休むといい」

「……レレさん」

「ん?どうした?」

私は涙をこぼしながら言った。

「私は生きていていいの?

私は自分が大切に思えない。生きていていい人間に思えない。いっそここで死んで、楽になった方がいいのかもしれない」

レレさんは私の肩をガシッと掴んだ。

「そういうことは言うな!……とは言えないな。茜は悩んで、悩み抜いてこの世界に来たんだから。

だが、これだけは言わせてくれ」

レレさんは私の目を見つめた。

「君の人生は君のものだ!他人が縛っていいものじゃない。やらなきゃいけないことなんてない。君が悩むものは止めてしまえばいい。

君はもっと傍若無人に生きろ。

偉そうに指図するやつがいたら、そいつはナルシストのくそやろうだ。相手にしなくていい」

レレさんはキキの方を向いた。

「『生き方』に捕らわれるな」

「はい……」

私は少し心が楽になった。

私は返事をすると、歩こうとした。

足が細かく痙攣して、思うように動かない。

本格的にやばいぞ、これ。

私は床をはって進んだ。亀の歩みだが、歩くよりもこっちの方がまだ進む。

扉が、とても遠くに感じる。

私は残りの体力をほとんど使って、なんとか扉にたどり着いた。

「逃がさないよ!」

キキが追ってこようとする。

レレさんが攻撃をして、それを止めた。

「もー!本当に邪魔ばかりする!」

キキは標的をレレさんに変えた。

体の上半身が部屋から出た。

あと少しで、部屋から出られる。

それを見たキキが、痺れを切らしたように舌打ちした。

「もういい。一日に二発は初めてだけど」

キキは蓄音機のような機械を構えた。

私ははっとして叫ぶ。

「レレさん!その機械は精神的ダメージを受けます!気をつけて!」

「あなたがね!」

キキは私に機械を向けた。

え?私?

その直後、キキがスイッチを押した。それと同時に、レレさんが動いた。

レレさんは私の前に立って庇った。

「うっ……!?」

レレさんは両膝をつく。

「レレさん!」

「早く行きなさい!」

レレさんが大声を出した。

私がここにいても、なんの役にも立てない。そう判断し、私は部屋から出た。


腕が、足が重い。もう一歩も動けない。

今の私は、体重移動を利用して、転がって進んでいた。

段差から落ち、転がる速さが速くなった。私は体を辺りにぶつけながら、転がっていった。

私の体が止まったとき、目の前に部屋があった。

なんの部屋かなんて気にする余裕はなかった。

私は最後の力を振り絞り、その部屋に入った。

物がたくさん置いてあり、私は大きい家具同士の隙間に入って、力を抜いた。

私の目からは、まだ涙が流れている。腕で拭うが止まらない。

私は、泣きたかったのかな。自分に問いかけた。

私は、この国、異世界に来てから、一回も泣かなかった。いや、泣けなかったと言った方が正しいのかもしれない。

泣く暇なんてなかったのだ。

目まぐるしく状況が変わり、ついていくのに精一杯だった。

試練に参加してからは、常に気を張っていないと死ぬ危険があった。

いつも甘えが許されない状況。私の心は、私が知らない間に疲れ果てていた。

私は膝に顔をうずめて目を閉じた。しばらくこの涙に、身を預けることにした。

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