第60話 礼拝堂で、

礼拝堂にて、私とキキは向かい合っていた。

私は軽く息が切れている。私はキキの意図を図りかねていた。

キキはさっきから、全然攻撃をしてこないのだ。私が攻撃をしても避けるだけ。

戦う気がないのかと思い、扉から次の部屋へ進もうとすると、その時は邪魔をしてくる。

何が狙いだろう。

私は眉間にシワを寄せた。

「そんなに難しい顔しなくても大丈夫だよ!

すぐに分かるからさ!」

「どういう意味?」

キキがにやりとして、横にずれた。

キキがいた場所には、蓄音機のような形をした、大きな機械が置かれている。

「こういう意味!」

直後、私の視界が歪んだ。

平衡感覚を失い、立つことが困難となる。

「動物の形になったときに、体格が良いほど強くなれる。

でも私はこんなに小さいから。やっぱり不利なんだよね……。

だから、思ったの!相手を弱らせてから止めをさせばいいって!

堪能して?これが私の研究成果!」

キキは嬉しそうに言うと、恍惚とした表情を浮かべた。


頭が痛い……。我慢できずに口から呻き声が漏れた。

目の前に私をいじめていたやつが立っていた。

「この屑、まぬけ。なんにもできないんだね。おまけにブスだし。あんたなんかと毎日顔を会わせなきゃいけないこっちの身にもなって?」

嫌みったらしく言い放った。

依然の私なら、心が折れていただろう。でも私はこの世界にきて、楽しいことや、もっと怖いことを体験した。今さらあなたなんかにかまってられない。

「邪魔。どいて」

それだけ言うと、私はそいつを斜めに割いた。

感覚はなく、そいつは白い煙となって、宙を待った。

その白い煙は再び形作られ、お母さんになった。

「茜、勉強もしないで、何をやってるの?

あなたはもう受験生になるのよ?遊んでばっかりいないで、勉強したら?

別にお母さんは好きで言っている訳じゃないの。あなたのために言っているのよ」

「それにしては、思いやりのない、きつい言葉だね」

私はお母さんに向かって言った。これは幻だ。

自分に言い聞かせる。

「またそうやって言い訳ばっかり。

あなた絶対将来苦労するわよ」

うるさい。何回も聞いたよ、そんなこと。

「私があなただったら、どんなに楽か。

こんな問題、すぐに終わらせるのに」

お願いだから、もう黙って。

「本当に呆れた。あなたはまだ子供だからいいかも知れないけどね、社会に出たらもっと厳しい環境に……」

「うるさいって言ってるでしょ!」

絶叫に似た声をあげて、私はお母さんを爪で引き裂いた。

お母さんの幻は、また白い煙となって宙に消える。

私は息を荒立たせる。ここで、感情的になったら、相手の思う壺だ。落ち着かないと……。

私は深呼吸をした。

白い煙は私の形になった。

私は私に向き合っている。奇妙な感覚だ。

「ねえ、茜。あなたはこの世界で、変わりたかった」

「そうだよ。それがなにか?」

私は偽物の私に強い口調で答える。

こいつに主導権を握らせる訳にはいかない。

「あなたは変わることができた。今、学校に戻ったら、きっとあなたはいじめられない」

「そうだね。私は、この厳しい環境の中で、自分の意思で行動することの大切さを学んだ」

「そうだね。でもそれが、裏目に出てない?」

「どういう意味?」

私は偽物の私を睨み付ける。

「この国にきて、あなたは命の危険を感じてきた。その度に、あなたは大胆な行動で、乗り越えてきた。食堂では、ヌヌを殺しさえして」

最後の言葉には、私を責める響きがあった。

「確かに、悪いことをしたと思っている。でも仕方なかった。あのままじゃみんな死んでたし……」

「そう、それだよ」

偽物の私は私を指差した。

「仕方ない。仕方ない。あなたはその言葉を使って、人の命を軽く見るようになっていない?」

「そんなこと……!」

「ないって言えないよね。大広間での試練がその証拠。昔のあなたなら、死体をあんな扱いしないよ」

「でもみんなやっていたから……。あれが最適な選択だったんだよ」

偽物の私は私を軽蔑するように、冷ややな目で見た。

「みんなやってたならいいの?

それは、あなたをいじめていた人たちと同じではないの?」

「……っ!」

「この世界に来る前のあなただったら、全て『いいえ』と自信を持って言えたはずだよね?

あなたは変わってしまった。それも悪い方へ。

ねえ、あなたは本当にあなたなの?

変わってしまったあなたは、『茜』だと言えるの?」

言える、はずだ。だって私には茜って名前が合って、顔だって、茜のままだし……。

目の前のこいつは偽物だ。耳を貸してはいけない。

「ねえ、なんで私のこと偽物だって言えるの?」

私の思考を読んだかのように、話しかけてきた。

「私の顔はあなたと同じ。名前だって茜だよ。なんで私を偽物だと言えるの?」

だって、それは……私が本物だから……。

「あなたは本当に本物?

その根拠はどこから?

今お母さんがあなたを見たらきっと言うよ。

『うちの子は、こんな性格じゃない』って。

ねえ、『茜』って誰?

あなたは誰なの?」

なんだか、思考がぐるぐるしてきた。

私は『茜』……。でも証明ができない。

『茜』はどんな口調だった?『茜』はどんな表情だった?私は『茜』……?

「ねえ……」

「うるさい!うるさい!うるさい!」 

私は頭を抱えて絶叫した。

私の周りを白い煙が取り囲む。

「茜って最近生意気だよね」

「昔はこんな子じゃなかったのに」

「ねえ、あなたは誰?」

私の耳に色んな言葉が入ってくる。

やめて。頭がパンクしちゃう。

「あなたって生きてる意味あるの?」

「止めて――――――――!」

目から涙が止まらない。

頭痛はさらにひどくなり、視界に何が映っているかも、分からなくなって。

口からは狂ったように、うめき声が溢れていた。


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