第45話 転向

悲鳴をあげる余裕すらなかった。

私は走り回っていた。息が深く吸えない。

右足が出ているのか、左足が出ているのか分からない。

化け物の腕が3本伸びた。

3人の足が持ち上げられる。

化け物の口が3つ開いて、ぽいっと中に放り込まれた。

「ニニー!」

参加者の1人が叫んだ。この男は、今食われた人と親しい間柄のようだった。

ボリボリと、耳にまとわりつく、嫌な音が響いた。

「よくも……!この化け物め!」

男は手を虎に変えて、化け物の目を引っ掻いた。

化け物の目から血が吹き出る。

男の人がもう一度攻撃を仕掛ける。

瞬間、化け物の目が縦に割れた。牙が何本も見える。目が口になったのだ。

男の人は頭から食われた。


怖い怖い怖い怖い怖い。

頭の中が恐怖で支配された。

短い悲鳴が何度も聞こえる中、参加者の人数は今までとは比べ物にならない速度で減っていった。

食べられたくないという思いから、自分で喉を掻き切る人もいた。

大広間は絶望に包まれた。


ついに私の方に手が伸びてきた。

手は想像以上に大きくて、私は死を覚悟せざるえなかった。


『常に踵をあげておくんだよ。一定のリズムでステップを踏めているともっといいけど。

そうした方が、いざというときに素早く避けられるだろう?』

唐突に、レレさんの言葉を思い出した。

私は足でステップを踏む。化け物の手が私に届きそうな時、恐怖ですくんでいたはずの私の足は、右に動いた。

再び、化け物の手が伸びてくる。

私はレレさんが教えてくれたことを確認した。


避ける方向は右か左。後ろに下がると追撃されたときに対応できない。

足でステップを踏む。疲れたら踵をあげるだけでもいい。

距離をなるべく取るようにする。

当たり前だけど、大切なこと。


私は右に避けた後、後ろに下がった。

化け物からの距離が遠くなるにつれて、腕が私に近づく速度も遅くなった。

化け物は私のことは諦めて、別の人を狙いだした。


今、大広間には3種類の人がいる。

1つ目は、私のように逃げに徹している人。

2つ目は、勇敢に戦っている人。

3つ目は、食べられている人。

圧倒的に3つ目の人が多いが、徐々に人が死ぬ速度が遅くなってきた。この化け物の動きに対応できる人が増えてきたのだ。


「ねえ!」

私は声がした方を見る。一緒に食堂で試練を受けた人だ。

「逃げてばっかいないで戦おうよ!」

「どうやって!? 戦うなんて、私はそんな勇気持ってないよ!」

「まとまって戦うの! 1人で戦えないもん、あんな化け物!

とりあえず私についてきて!」

私は化け物を警戒しながら、その女性についていった。

女性は部屋の端っこに向かった。そこには何人か人が集まっている。

ナナとケケ、ココもいた。

「ネネ、無事だったのである!」

「良かった」

「心配していたのよ」

「ありがとう。3人とも無事で私も嬉しいよ」

私達は微笑みあった。

「感動の再開はそこら辺で止めにしよっか」

女性がこほんと咳払いをした。

「まず名乗っておくね。私の名前はララ。自己紹介はしなくていいよ。あなたの名前は聞いてるもん。

ネネっていうんだってね?よろしく」

ララは手短に自己紹介を終えると、化け物を指差した。

「大広間にいる人に声をかけて、協力してくれるのが、ここにいる15人。

それで数えてみたんだけど、今生き残ってる人は20人しかいないんだ」

私は目を見開いた。

「ショックを受けている時間はないの。

ほら見て、また1人食われた」

悲鳴が聞こえる。私は目をきつくつぶった。

「ナナが作戦をたててくれたの。説明よろしく」

「分かったわ」

ナナが口を開いた瞬間、化け物の手が伸びてきた。

「避けろ!」

その場にいた1人が叫んだ。

みんなは素早く避ける。誰も捕まることはなかった。

私の心臓は速く脈を打っている。

今のはギリギリだった。


さっきのメンバーは素早く集まった。

ナナは何も前置きをせずに話し始める。

「メンバーをA、B、Cに分けるの。ネネ、あなたはCでお願い。Bがひきつけて、Aが攻撃、Cはそのサポートをしてちょうだい」

「ナナ、勝機はどれくらいあるの?」

「分からないわ。でも、『攻めは最大の防御なり』っていうじゃない! やる価値はあるわ」

「じゃあ、作戦開始!」

ララの合図で、私達はいっせいに散らばった。










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