第4話 仕組み

「茜はこれからどこへ行くのか決まっているの?」

私は首を横に振る。

「じゃあ、私の家に来て。この国のこと、教えてあげる」

私はついて行くべきか悩んだ。

初対面の人の話を信じるのは危険だ。

ましてや、こんなよく分からない国では。

しかし、いく宛がないのは事実だった。

食糧もない。

このままでは飢え死にしてしまう。


私はトトの家に行くことに決めた。


トトは私が溺れていた湖の近くに住んでいた。

家に着くと、トトは私を玄関に待たせ、両親に私のことを説明しにいった。

トトの両親はとてもいい人たちで、私のことをすぐに受け入れてくれた。

私が話しかけると、敬語を使わなくていいと言った。

トト達は食事を用意してくれるだけでなく、家族であるかのように接してくれる。

最初は警戒していたが、トト達の親切な様子を見ているうちに、警戒しているのが馬鹿らしくなってきた。


3日経ったとき、トトは私を自分の部屋に呼んだ。

「そろそろ生活に慣れてきたと思うから、この国について本格的に話そうと思う。

でも、私には茜が何を知っていて、何を知らないのか、分からない。だから、茜が気になることがあったら質問して。

それにまず答えようと思うの」


私はまず、トトが姿を変えたことについて質問をした。大蛇に変わった時の驚きは未だにおさまっていない。

「私は今でこそ自由自在に姿を変えることが出来るけど、子供の頃は無理だった。強いイメージ力を持たなくちゃいけないの。あやふやじゃダメ。ヘンテコな形になっちゃうから。

原理はね、結構シンプルなんだ。だから茜にも出来ると思うよ」

「え!?本当に!?」

思わず大きな声を出してしまった。

てっきり、カラ国の住民にしか出来ないことだと思っていた。

「神様は、私達の今の姿、つまりヒトは、数ある形のうちの1つでしかないのだとおっしゃられたの。

私達ははるか昔から環境に合わせて進化を遂げてきた。

だから、元を辿れば皆同じ遺伝子を持っている。

その遺伝子が今、ここまで多くの種類に別れたのはそれぞれの生物が自由に姿を変えてきたから。

それならば私達にもそれができるはず。

進化は時間がかかるけど、退化ならさほど時間はかからない。

つまり、自らが進化してきた道のりを自由に逆戻り出来る」

私は信じられなかった。性格が明るく変化した人の顔が少し可愛くなる、くらいの話なら聞いたことがある。『病は気から』ともいうし……。

でも、体ごと変わるというのは、現実離れし過ぎている。私には無理だ。

そんな私の心を読んだかのように、トトは「そんなことない」と言った。

「やって見なければ分からないよ。

少し試してみたらどう?」

トトは猿になってみるように私に勧めた。

せっかくトトが勧めてくれたのに無下に断ることは出来ない。

半信半疑で日本猿を想像してみる。

……。

やはり駄目だ。

「やっぱり私には無理だよ。残念だけど。」

「そんなことないよ。きっと茜はまだ心の中で姿を変えることを不可能だと思い込んでるんだと思う。

既成概念を捨てて、信じきることが大切なの。

じゃないと、自分の殻から抜け出せない」

もう一度やってみて?と、トトは言った。


『自分の殻から抜け出せない』

それは嫌だ。私は変わりたい。もう誰にもいじめられないような人に。

私はイメージし続けられるように頑張った。想像している途中で出てきた現実的な反論を抑えて、猿のことだけを考えるようにした。

猿猿猿猿猿……。人生でこんなに猿のことを考えたのは初めてだ。

……。

あともう少し…な気がする。

…………。



右手に毛が生えている。

本物の猿の手みたいだ。少し怖いけど、魔法が使えたみたいでワクワクした。

「すごいよ、茜!この調子で頑張れば、すぐにコツを掴むよ!」

トトは心から喜んでくれた。どうやら、トトが茜にも出来ると話した時に、私の表情がとても嬉しそうだったらしい。それで、どうにかして茜もできるようにしてあげたいと考えていたみたいだ。

「ヒトの手を想像すれば戻るよ。多分、猿よりも簡単だと思う」

トトの言った通りで、ヒトの手にはすぐ戻れた。


現実感はない。本当に右手が猿の手になったのだろうか?夢を見ているじゃ……?

でも、とてもつない疲労感が私を襲っている。体が重い。夢とは思えない。


傍らでは、トトが嬉しそうにこちらを見ている。

私は右手を見つめた。




色々思うところはあるけれど、


今の自分は今までとは少し違う気がして、


とても晴れやかな気持ちだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る