第16話 姉妹

 アリアさん、いや、今はウリエルさんがラボに担ぎ込まれてから丸一日が立った。現在彼女は毒を受けて倒れた僕が寝かされていたベッドで寝ている。

 セラムさんによる診断だと戦いでの負傷は無く、戦闘中にアラクネードが吐いた毒霧も吸った形跡は無いらしい。意識がないのはただ単に体力を急速に失ったせいだそうだ。いわば初めて変身して倒れた僕と同じ状態ということだ。


「ホントによく寝てますね、ウリエルさん」


「なんかちょっと腹立つな。人が30年も心配してたってのに」


 腹が立つ、そう言いながらも顔は嬉しそうだ。


「そもそもウリエルさんとはどういう関係なんですか?」


「なんていったらいいかな。姉代わりというか、部活の迷惑な先輩というか…」


 二人が出会ったのは今から人間の時間で何百年も前のことらしい。当時から引き籠りがちだったセラムさんは神々の部下として働くという天使の義務を果たしていなかったため、天使内でも問題となった。

 だが、天使の引き籠りというのはかなり異例だったそうで、天使内でも腫れ物に触るような扱いになり、どうすればいいか良い案が出なかったそうだ。

 そんな状況に業を煮やしたウリエルさんが、セラムさんの部屋のドアをぶち破り突入したのだ。それが二人の初めての出会いだった。

 ウリエルさんの性格的にそのまま部屋から無理やり引きずり出されたのかと思ったが、そんなことはなかったらしい。

 正確にはそうしようとして突入したらしいのだが、自室を改造し、ラボにして色々な物を作っていたセラムさんを見て考えを改めたそうだ。

 セラムさんの技術力が並みの天使と比べてずば抜けていることを見抜いたウリエルさんは、


「セラムのやつには他の天使には無い才能がある。それをちゃんと活かせる場所を用意してやれば、きっとアイツにしかできない方法で天使の使命を、神々の役に立つことができるはずだ」


 と言い、他の天使を説得して回り、最後にはシルフィーア様までも説得して天使のための武器やアイテムの開発をさせる代わりに引き籠ることを認めさせた上に専用のラボまで用意させた。

 その一件以来二人は仲良くなり、年も離れていたこともあり友達というよりは姉妹のような関係となったそうだ。


「しょっちゅうラボに訪ねてきたと思ったら開発したてで試運転も済んでない物を勝手に持って行ったり、無茶なものを作らせたり、もうメチャクチャな人だったよ。でも、なんでか分かんないけど、他の天使と一緒にいるのは苦痛だったのに、姐さんだけは違ったんだ」


「なんだか上手くは言えないですけど、そういう関係ってなんだか羨ましいです」


 生前の僕にも少ないながら友達はいたけど、そこまで深い仲だったわけではないし、兄弟もいなかった。だから二人の関係は心から羨ましく思えた。


「羨ましいっていわれてもなあ、迷惑なときはホント迷惑なんだよ。こっちの都合なんかお構いなしでラボの扉ぶち破って入ってきてはアレ作れ、これ持ってくぞとか、大事にとっておいたお菓子を勝手に食べたりとかってアイタタタ!」


 自分の悪口を言いまくっているセラムさんに反応したかのように意識を取り戻したウリエルさんが、ベッドからゆらりと起き上がると、セラムさんの頭にアイアンクローを決め始めた。


「誰が迷惑かけてたってえ!誰のおかげで引き籠れたと思ってんだテメエはよお」


「姐さんのおかげですううううう!だからやめて!これ以上は頭潰れるからあああ!脳漿ぶちまけちゃうからああああ!」


「分かってるのならよろしい」


 アイアンクローでそのまま持ち上げられ、プラプラしていたセラムさんがようやく地面に足を付けれた。


「ウリエルさん、体の方は大丈夫ですか」


「とりあえずは大丈夫だ。腹はヤベエ程減ってるからあとで飯持ってきてくれ。しっかしまあ、ここまで力落ちてるとは思わなかったぜ」


「30年も人間として生活してればそうもなるよ姐さん。さっき検査したけど天使としての力、全盛期の半分以下だったよ」


「マジかよ!チッ!筋肉まで落ちてやがんな。あれだけ育てるのにどんだけ苦労したことか」


「あの、天使としての力ってそもそも何なんですか?」


 天使としての力、正式名称はグリッターというそうだが、セラムさんの説明によるとそれは体の構造が人間とほとんど同じな天使の人間との最大の違いだという。簡単に説明してしまえば、ゲームで魔法や技を使うのに消費するポイントのようなものだそうだ。

 例えばヴァルキリーズの戦装束、あれはただ体を守るためのものではなく、装着車の身体能力を向上させるパワードスーツのような側面もあるらしい。もちろんパワードスーツというからにはエネルギー源が必要で、それを装着者のグリッターで補ってるらしい。

 アラクネードを貫いた技も、ヴァルスピアを媒体としてグリッターを集中させて放つ技で、僕のプレアーブレードのように武器自体のギミックではなく、ウリエルさんが激しい修行の末に編み出したオリジナル技だと自慢げに教えてくれた。


「とりあえず天使については分かったんですけど、もう一つ質問があります。アリアさんはどうなったんですか」


 二人には天使のことについて沢山説明してもらったが、僕には他にどうしても聞きたいことがあった。ウリエルという天使が覚醒したことで、アリアという一人の人間がどうなったかを。


「どうもこうもねえよ、俺の中で眠ってるよ。そういやそれについてもちゃんと説明してやらねえとアリアにホのじの坊主がかわいそうだな」


「べ、別にそういうんじゃないです!」


「照れるなようカワイイやつめー、ウリウリー!」


 真っ赤な顔の僕の頭を新しいおもちゃを見つけた子供と同じ顔で撫でまわしてきたのでなんとか離脱して話を本筋に戻す。


「ウリエルさん、真面目にお願いします」


「わかったわかった、怒るなって。さっきも言った通りアリアは俺の中で眠っている。まあそもそも別人格が自分の中で寝ているってのはおかしな言い方なんだが、そう言うしかねえ」


「別人格ってことはウリエルさんが記憶を取り戻したからアリアさんという側面が消えたとかじゃないんですね!」


「ああ、正直なとこぶっ倒れた後俺は意識を統合しようとしたんだ。あくまでアリアという人格はウリエルという人格が記憶を失って機能停止している間に空の体に勝手に生まれたもんだ。だから本来の人格である俺が覚醒した今、もう必要のない人格だ」


「じゃあなんで統合しなかったんですか?」


「見ちまったんだよ、アリアの記憶ってやつをな。寿命なんて概念が存在しない俺たち天使からすりゃあ、瞬きぐらいの年月しかアリアは生きてねえ。だが、アイツはこの世界で生活して、もう完全に馴染んじまってる」

 

 そんな彼女を消すということはこの世界から、この街から、アリアという人間を一人消し去るのと同じだ、そんなことはできないと戦闘中とは違う優しい顔でウリエルさんは言った。


「そんでまあ、頭の中でアイツに事情を全部説明してやったら事情を呑み込み切れずにパンクしちまってな、それで寝てるって訳だ。目が覚めたらちゃんと会わせてやるから安心しな」


 最悪の事態、アリアさんが消えてしまったのでは心配ていた僕には朗報だった。心の底から安堵した自分に今までは見て見ぬ振りをしてきた感情が沸き上がってきて、はっきり自覚した。彼女のことが一つの屋根の下で暮らす家族ではなく、異性として好きということが。


「とりあえずは質問タイムここまでだ。早く飯持ってきてくれよ、背中と腹がくっついちまいそうなんだよ」


 腹の虫どころかお腹に猛獣でも飼ているんじゃないかと思わせるほどの音がウリエルさんのお腹から響いてきた。


「分かりました、アリアさんの作り置きのシチュー持ってきますね」


「パンとそれからソーセージとベーコンもあるだけ持ってこい!」


 記憶を見たと言っていたが日々の買い出しの記憶までも見ていたのか。


「どれだけ食べるんですか!」


「うるせえ!腹が減り過ぎてヤベエんだよ。後セラム、ボケっとしてないでプロテイン取り寄せろよ」


「もう用意してあるよ、姐さん。起きたら絶対そういうと思って」


 流石は俺の妹分とセラムさんの頭を乱暴に撫で、それに縮むからやめてと抵抗する二人の様子は本当の姉妹のようだった。

 微笑ましくみていたらウリエルさんに飢えた獣の目で睨まれたので大慌てで食事の用意を用意をしに宿舎へと向かった。

 シチューを温め直し、厚切りにしたベーコンとソーセージを隣でさっと焼く。それに言われた通りにパンも添え、女性一人には流石に少し量が多いのではと思いながらラボに運んだのだが、一瞬で消えてしまった。


「おい!全然足んねえぞ、もっと持ってこい!こんな量じゃおやつにもなりゃしねえ」


「あの、シチューは飲み物じゃないんですよ。もっとゆっくり食べて下さいよ」


「ごちゃごちゃ言ってねえでさっさとお代わり持ってこい。面倒だから鍋ごと持ってこいよ」


 鍋ごとってどんだけ食べる気なんだ。だけど逆らえば僕が食べられてしまいそうな勢いだったので大人しく従うことにする。

 先生にも手伝ってもらい、言われた通りに鍋ごと持ってきたシチューはまたも一瞬でぺろりと平らげられてしまった。

 それでもまだ足りないと言われ、追加で持ってきた買い置きのパンとソーセージとベーコンも全て食べられ、さらには先生の晩酌のお供用のチーズにセラムさんが隠していた夜食用のお菓子とカップ麺まで食べつくしたウリエルさんはようやく満足したのか「腹いっぱいになったから寝る」とベッドに横になり、豪快なイビキをかき始めた。


「なんというか豪快な方なのだね、ウリエル様は」


 豪快というかガサツというか、おしとやかで礼儀正しいアリアさんとは正反対の性格だ。


「さて、私は街の方に買い出しに行ってくるよ。このままじゃあ明日の朝食どころか今日の夕飯の材料もないからね」


「先生、それなら僕が行きますよ」


「無理をしなくていい。君だってまだ毒で弱った体が回復したわけではないだろう。ウリエル様のこともあってたいして休めていないんだから少し休んでいなさい」


 アラクネード撃退後、ウリエルさんのこともあってバタバタしていて、病み上がりの体を休めることが出来たとは言えず、本音を言えば今すぐベッドに横になりたい。


「すみません、それじゃあお言葉に甘えます」


「そうしなさい。夕飯は何か出来合いの物を買ってこよう。どうも私は料理という奴が苦手だ。ああ、捌くのだけは得意だがね」


 冗談を言って僕に気を遣わせないよう配慮してくれる先生に感謝しつつ、素直に休むことにする。

 宿舎の自室に戻り、体を休める為に眠るつもりはないがベッドに横になる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る