第13話 透明 Aパート

今日は週に一度、市場が開かれる日。アリアさんに頼まれ買い物の手伝いで一緒に来ていた。


「さあ、今日もたくさん買いますよー」


「今日はいつもより張り切ってますね」


 いつも買い出しの時はお得に沢山買い込むと張り切っているが、今日はそれだけではないようだ。


「実は明後日、子供たちのための読み聞かせ会をするんです」


 本の読み聞かせ、入院生活を送っていたころはたまにあるそんなイベントが楽しみの一つだったことを思い出して少ししんみりとする。


「子供たちにとってはあまり楽しくないイベントみたいですけどね」


「本の読み聞かせですよね、楽しいと思うんですけど」


「本の内容が問題なんです。読まれるのがこの国の歴史書なんですけど、それが瞼が重くなるような内容の物でして」


「あー、確かにそれは子供が喜ばなさそうですね」


 絵本とかの読み聞かせ会というよりは学校の歴史の授業に近いのかもしれない。


「そうなんです。だからなかなか参加者が集まらないんで最後までキチンと参加したらお菓子をあげることにしてるんです」


「お菓子で釣るわけですね」


「そういうことです。それでもそんなに集まらないんですけどね。一応教会の仕事なんでやらないわけにもいかないんです」


 アリアさんのおいしいお菓子よりを諦めてでも聞くのが嫌とはそうとう退屈か難しい内容のようだ。


「じゃあ今日はいつもの買い出しに加えてその材料も買うわけですね。」


「はい、なのでまずはお菓子の材料から行きましょう」


 お菓子作りが好きなアリアさんはルンルン気分で買い物をしている。すると魚屋の屋台の方で騒ぎが起きていて憲兵が集まっていた。


「何かあったんでしょうか?」


「僕、ちょっと見に行ってきます」


 騒ぎの中心に行くと魚屋の店主がヴァルドさんに話をしていた。


「ヴァルドさん!何かあったんですか?」


「ん?なんだユウキか。実はここの魚屋の売り上げが盗まれたらしいんだがな。ただの盗難じゃねえんだよ。金を入れてた袋が空を飛んでったんだとよ」


「ちょっと分隊長さん、信じてないでしょ!」


 魚屋の店主に詰め寄られたヴァルドさんは頭をかきながら困った顔をしている。


「いやだってなあ、宙に浮いて金の入った袋が飛んでっちまうなんざ信じらんねーよ。」


「でも本当なんです。これじゃあ今日の売り上げがパーですよ」


 ヴァルドさんと屋台の店主が押し問答していると、ヴァルドさんの部下が報告に来た。


「分隊長、他の屋台でも同様の被害が出ているようです。どの店でも盗まれたものが宙に浮かんで飛んで行ったそうです」


「どんな泥棒だよ全く。とりあえず、付近一帯の捜索と被害にあってない店に注意を呼びけろ。」


「分かりました」


 ヴァルドさんの指示通りに憲兵たちが慌ただしく動き出す。


「ユウキ、お前も財布とか取られないように気を付けろよ。さあ、さっさとアリアちゃんとのデートに戻んな」


「べ、別にそんなんじゃないですよ!ただの買い出しです。」


「おやまあ照れちゃって、初々しくて若者はいいねえ。じゃあまたな」


 からかうだけからかってニヤニヤとしながら行ってしまった。


「ユウキさん、どうかしましたか?」


 いつの間にか隣にアリアさんが立っていた。ヴァルドさんのせいで変に意識してしまい、顔が火照ってくる。


「べ、別に何でもないですよ。」


「でもお顔が真っ赤ですよ、熱でもあるんじゃないですか?」


 そういって僕のおでこに自分のおでこをくっつけようとしてきた。


「ホ、ホント大丈夫ですから!早く買い物を済ませちゃいましょう」


「本当ですか?あまり無理してはいけませんよ。それじゃあ行きましょうか」


 残りの買い物を済ませて教会に帰ろうとしていると、ポケットに違和感を感じて見てみると財布がポケットから勝手に飛び出て宙を舞っていた。


「僕の財布が飛んでる!」


「ほんとですね、あんまり中身入ってないから風で飛んだんですかね?」


「そんな悲しい事実言わないでくださいよ!とにかく追いかけないと。市場の事件の犯人を捕まえられるかも。アリアさんは先に帰っていてください」


荷物をアリアさんに渡して空飛ぶ財布を追いかける。


「ちょ、ちょっとユウキさん、荷物いっぱいなのにどうすればいいんですかー!まあ、別に普通に持てるんですけどね、よいしょっと」


 山盛りの荷物を軽々持ち上げるのを見た周りの人たちの驚きの声を背に財布を追いかけて人込みをかき分け走る。


「すいません、ちょっと通してください!」


 今日は市場が開かれているせいで人が多く、なかなか財布に追いつけずどんどん財布との距離が開いていく。


「はーい、今日の目玉セールを始めるよー!集まった集まった!」


 後ろの方の店の店主が声を張り上げてセール開始の宣言をすると一斉に買い物客ががその店へと動き出した。その人波にのまれてどんどん財布から遠ざかっていく。


「ちょ、通して、通してください!僕の財布ーーー!」


 断末魔と共にそのまま人波に飲み込まれてしまい、なんとか人波から抜け出した時には完全に財布を見失ってしまった。


「ハア、ハア、こうなったらどこかの物陰に入ってセラムさんに連絡してドローンでって、ああああああ!財布の中に通信用の端末もいれてたんだ!セラムさんに怒られる!」


 以前にナイトチェイサーを壊した時にもそうだったが、セラムさんは自分の発明品にかなりの愛着を持っており、壊したり紛失したりすれば小さな子供のように拗ねてしまい、機嫌を取るのにかなり苦労する。


「ユウキさーん、財布は捕まえられましたか?」


「ダメです、飛んで行っちゃいました。」


「相当軽かったんですねえ、無駄遣いしました?」


「してませんよ!元々あんまり入ってなかったんです!」


 自分で言ってて悲しくなってきた。僕の収入源は主に教会の手伝いでもらえるお小遣いなのだが、本当にお小遣い程度の額で、何かの用事で街に来るたびについつい買い食いしてしまうため常に金欠だ。

 先生に絞られるうえに転生して体格が良くなったこの体はお腹がすきやすく、さらに元の世界で食べたことのない食べ物がたくさんあり、ついつい味が気になり食べてしまうのだ。やっぱり無駄遣いしてることになるのかこれは。


「でもおかしいですよ、財布の中には端末も入ってたから風で飛ぶほど軽くはないはずですよ」


「それもそうですね、とりあえず教会に帰りましょうか。帰ったらまずはセラム様のご機嫌を取らないとですね」


「はあ、そうですね。気が重いなあ」


 教会に戻りラボに向かうと天使なのに悪魔の形相でセラムさんがこっちをにらんできた。


「ヤアユウキクンオカエリー、ボクニイウコトアルヨネー」


「すいません!端末をなくしました!」


 下手に言い訳しても余計に怒らせるだけなので素直に謝ることにする。というかなんでもうばれてるんだろ?


「全くもう!なにやってのんさ!と、いつもなら怒るところだけど今日はまあ許したげる。街に行ったはずのユウキくんの端末の反応が山の方に向かって移動してたからなんかおかしいと思ってドローンで追跡してみたら怪人の隠れ家見つけたから」


「本当ですか!じゃあやっぱり一連の盗難事件はゾア帝国の仕業だったんですね」


「そゆことー。ナイトチェイサーもう使えるから乗ってっていいよ。たーだーし、今回はゼッタイ壊さないでよ。」


「はい!」


 ラボからナイトチェイサーを運び出した僕は山にアクセル全開で向かった。

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