第5話 指南

「おはようございます、ユウキさん。朝食の用意はできていますよ。と言ってももうお昼ですけど。」


「また僕、寝すぎたみたいですね。」


「それはもうぐっすりと。食事が終わったら宿舎の裏にくるようにと神父様が言われていましたよ。」


「わかりました。」


 昨日言っていたことと関係あるのかな。

 遅めの朝食を済ませた僕は宿舎の裏に向かうと、エレンドルさんが二本の木刀を持って待っていた。


「おはようございます、ユウキ君。」


「おはようございます。」


「さて、ここに呼び出した理由なのですが、勇気君は戦う使命を帯びてここにくる以前は剣術の経験はありますか?」


「いいえ、ありません。剣術どころか転生する前は体が弱くて運動すらほとんどしたことありませんし。」


「やはりそうでしたか。あえてはっきり言わせてもらいましょう。昨日の戦いは剣術を収めた者からすると酷いものでした。」


 自分でもわかってはいたけどこうまではっきり言われると少しへこむな。


「ゾアッパ兵との闘いでは剣を大振りに攻撃をして、体力を無駄に消耗。タートスチールとの闘いでは強引に甲羅ごと切る。剣のほうが強度が上だったからできた力業ですよ。」


 グサ!っと音が鳴りそうなほど心にダメージを受ける。確かに全部言われた通りだ。今の僕に足りないもの、それは剣の技術。


「ホッホッホ、少し言いすぎましたかな。」


「いえ、全部言われた通りです。」


「ではここからが本題です。ユウキ君、私に剣術を習う気はありますかな?」


「え!いいんですか?」



「ええ、隠居した身とはいえまだまだ腕は錆びつかせてはいませんからな。少々厳しくしますがどうしますか?」


「ぜひお願いします!」


「よろしい、では早速走り込みから始めるとしましょうか。ここから砂浜までの往復を5回程、始め!」


「え、あ、はい!」


距離感にあまり自身がないけど、確かここから砂浜坂道で1キロくらいだったから往復で2キロ、それが5往復だから合計10キロ。いきなりきついけど今の体ならいけるはず。


「行ってきまーす。」


「ちゃんと砂浜まで行った証拠に貝殻を取ってくるように。」


「はい!」


「ハッハッハッハハア。エレンドルさん、貝殻です。」


「よろしい。そうそうこれからは私のことは師匠、いや、正式に弟子にしたわけではないですし、先生と呼ぶように。」


「はい、先生。2往復目行ってきます。」


豊かな森を背に海を目指して走るのはなかなかに気持ちがいい。そう思えたのは2往復目までで、3往復目を過ぎるころには周りを見る余裕なんかなくなっていた。


「ハア、ハア、ゲホ!先生、5往復終わりました。」


「ユウキさんお疲れ様です、お水をどうぞ。」


「あ、ありがとうございます、アリアさん。」


 渡してもらった水を一気に飲み干す。いくら体が丈夫になったとはいえ慣れないことをするとかなり体力を消耗する。


「ユウキ君、少し休んだら次はこの木刀で素振りを千本。」


「はい。」


 予想していた10倍くらいの量が先生から課される。

 小休憩をした後、素振りが始まったが僕の剣の振り方は全然ダメらしく、先生にだいぶ修正された。


「いいかいユウキ君、剣を振るときに重要なのは右手ではなく左手。右腕に力が入れば剣筋が歪む。左手で振るように意識をして、右手はあくまで剣の舵のような役割だと考えるように。」


「はい、先生!208、209、210、211…」


「ユウキさん、頑張ってください。」


 アリアさんが家事や教会の仕事の間に応援に来てくれる。やっぱり女性に応援してもらえるとやる気が回復するのは男の性なんだろうなあ。


「998、999、1000!ハア、ハア、お、終わったー。」


 さすがに体力切れでその場に座り込む。


「ホッホッホ、やはり慣れないことは疲れるかね?」


「もうへとへとです。でも体を動かすのって気持ちいいですね。」


「それは何より。昨日の戦いの疲れも残っているせいもあるんだろう。今日は最後に私が稽古をつけましょう。木刀で私にかかってきなさい。」


「それって危なくないですか?」


 剣道の練習では防具をつけて打ち合いをしているのはテレビで見たことがあるが、それでも痛そうだったのに何もつけずにするのはケガをしそうで少し怖い。


「なあに、あたってもたんこぶができるくらいさ。それに私に一太刀でも当てられる自身があるのかな?」


 分かりやすくあおられている気がするけど、そんなことを言われると男として燃えないわけがない。


「わかりました。いきます!」


 木刀で先生に切りかかる。だが全て木刀を使わずに躱される。


「ほっほっほ、動きが単調なうえに振りが大きく隙だらけ、それでは一発も私には当たらんよっと。」


「あだ!」


 躱された瞬間に頭を軽く木刀で小突かれた。

 一撃一撃が当たらないのなら、連撃でカバーする。数うちゃ当たるというやつだ。だがそれが浅はかな考えだったということはすぐに身をもって理解した。


「当たらないからと数でカバーするとは愚策としか言いようがない。体力を無駄に消耗し、一撃一撃に精細さが欠けているから避けることもたやすい。自ら技術が無いということを敵に告白しているようなもの。明日からは体力づくりと並行して簡単な剣の型から教えるとしよう。今日はここまで!」


 そう言った瞬間、木刀を目にもとまらぬ速さで振り、僕が持っていた木刀を弾き飛ばし、頭にぽかんとお見舞いされてしまった。


「あいたたたた、わ、わかりました。ありがとうございました。」


「しっかり食事を取ってゆっくり休みなさい。それも又鍛錬ですよ。」


「はい。」


 この後僕は食事を取った後、疲れによる睡魔に負けすぐに自室のベッドに倒れこむように寝てしまった。翌朝起きると同時に体に異変を感じた。

 まるで金縛りにあったかのようにベッドから起き上がることができなかったのだ。無理やりに体を動かそうとすると全身が痛む。そう、これは金縛りではなく筋肉痛だ。


「いだだだだだ、昨日しごかれすぎたなこれは。」


 なんとかベッドから起き上がり、朝食を食べに行く。


「お、おはようございます、アリアさん、先生。」


「おはようございます、ユウキさん。」


「ほっほっほ、おはようユウキ君。その様子では昨日の稽古が相当効いたみたいだね。」


「はい、そうみたいです。」


「まあだからといって今日の稽古がなくなりはせんがね。朝食の後、アリアの家事の手伝いが終わったら体力づくり、午後から私の教会の仕事の空き時間で剣術の基礎練習をするからそのつもりでね。」


「わ、わかりました。」


 顔を引きつらせながら返事をする。


 こうして先生に毎日しごかれ、朝ベッドから起きると生まれたての小鹿のようになっているのをアリアさんと先生に見られて笑われるのが日課となったのだった。

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