十四章 桜花
最後の護り
後方の弾薬庫も食糧庫も、半島ごと制圧されたロシア軍に解囲の術などなかった。
5月21日には、半島内で孤立した9割のロシア軍が水に喘いで降伏し、掃討戦へと突入。さしたる抵抗もできず23日には残存も全面降伏に至る。
5月24日には西部戦線の満州総軍が松花江を渡河。潰走するロシア軍を留める手段は存在せず、もはやハルビンの失陥も時間の問題だった。
同日 対馬沖
「……えー、まじか」
海峡まで200km。
秋山は紙面から顔を上げて、甲板に着艦した飛行船へ目を向ける。
「困ったことになったぞ一体」
「少将、ことばの用法が間違ってますよ」
「これで、よい。」
ルースキー島附は聯合艦隊への合流のため一個戦隊を組織し、ウラジオストクから聯合艦隊陣取る対馬海峡へ、『敷島』を旗艦に鹵獲戦艦4隻を後続させ、警戒陣で一直線。その途中での連絡だった。
(……さて、聯合艦隊が叛乱と来たか。どうするか)
泊地司令の秋山は、隣に控える副長の永野修身へ視線をやる。
第四艦隊設立初期メンバーであり、やがて海軍の三顕職である連合艦隊司令長官、海軍大臣、軍令部総長を全て経験することとなる唯一の軍人。
自啓自発の実力主義者。
(この事態に落ち着いて向かい合えるのは……着任から長く見てきたが、やっぱこの永野修身だけか)
これまで。今。そして史実知識でも、永野修身の真骨頂を知っているからこそ。
秋山真之は口を開く。
「いいか、永野。心して聞け」
・・・・・・
凡例: 『戦艦』[装甲巡洋艦]〈防護巡洋艦〉"母艦"
聯合艦隊 - 司令長官 東郷平八郎
◎戦艦打撃群 (旧第一艦隊)
・第1戦隊 『三笠』『富士』『八島』『朝日』『初瀬』『筑波』『生駒』
・第3戦隊 〈千歳〉〈高砂〉〈笠置〉〈吉野〉
・第1駆逐隊〜第3駆逐隊 計12隻
・ルースキー島泊地附 『敷島』+現地鹵獲戦艦4隻
◎機動遊撃群 (旧第二艦隊)
・第2戦隊 [出雲][吾妻][浅間][八雲][常磐][磐手][春日][日進]
・第4戦隊 〈浪速〉〈明石〉〈高千穂〉〈新高〉
・第4駆逐隊 第5駆逐隊 計8隻
◎哨戒遊撃群 (旧第三艦隊)
・第6戦隊 [鎮遠][定遠]
・第5戦隊 〈和泉〉〈須磨〉〈秋津洲〉〈千代田〉以下鹵獲艦8隻
「我々は聯合艦隊うち、戦艦打撃群所属のルースキー島泊地附やねんな。
んの泊地司令が秋山真之少将あなた、そしてその副長がこの不肖永野っちゃわけですさかい?」
標準語と方言があべこべになりながらも、状況を復唱することでどうにか事態を呑み込もうとする永野。
それだけに聯合艦隊の叛乱は、彼の想定の遥か斜め上を行っていた。
「こんなこと、お前にしか話せんからな」
この状況を受け入れなお前へ道を拓ける人材は永野修身を除いて存在しない、とまで言い切る秋山。
「なんばしよっとか、こげな戦況……。」
「決戦は行うつもりだ。滞りなく。」
「本気で言ってはります?」
愚問だな、と秋山は振り返る。
「俺がやらなかったら、誰がやる?」
その言葉にはっと息を呑んで、永野は長考に沈む。
やがて一呼吸して、いつもの冷静沈着な声でこう答えた。
「……確かにそうですね」
パン、と唐突に手を叩いて秋山は跳ぶ。
「今や我々は最後の皇國の護りだからな」
「いちいち動きが大きいの、台無しなんでなんとかなりません?」
「ならん」
そのまま二人は海図のほうへ目をやる。
「聯合艦隊抜きでバルチック艦隊へ対峙ですか、なかなかっすね」
「それがそーでもないんだな。本艦隊は『敷島』に鹵獲戦艦4隻。台湾に布陣する俺らが第四艦隊に合流すればどうとでもなる」
そうして秋山は合流後の艦隊総戦力を記してゆく。
第四艦隊
◎ルースキー泊地附 戦艦1隻 鹵獲戦艦4隻
『敷島』『ツェサレーヴィチ』『ポルターヴァ』『ポベーダ』『ボガトィーリ』
◎水雷戦隊 特型水雷艇32隻
◎潜水戦隊 "松島" "橋立" "厳島" +潜甲型潜水艇24隻
◎第一航空戦隊 "帝鳳" "秦鷹"
◎海軍台南航空隊 18隻
「……なるほど、やっていけへんわけでも」
永野は頷く。そこへ秋山は具体的な防御術を示した。
「台南空による哨戒、第一次爆撃。一航戦による第二次爆撃。潜水戦隊による波状群狼戦術。この3重攻撃戦法は…」
「対空も水中も、まっこと三次元に対応していないバルチック艦隊の艤装ちゃぁ、ずつないでしょう」
そう返す永野に、ただそれは皇國海軍にも同じことが言えるがな、と秋山は笑う。なにしろ皇國海軍も対空対潜能力は皆無である。ただでさえ貧しい皇國の技術力は全て航空と潜水技術にソースを割いたためだ。
「ほじゃけんど」
ひといき、永野が否定の意の方言を吐く。
「向こうさんの装甲は硬い」
「たしかにな」
バルチック艦隊は、聯合艦隊よりも4隻多い戦艦11隻を擁し、英国艦隊がインド洋大西洋に離散していることを考えれば、現在、世界最強にして最大の艦隊だ。
総装甲値で圧倒的優位に立つバルチック艦隊。18隻の爆撃と、24隻による群狼作戦だけではその前衛を剥がすことはできようと、中核となる戦艦部隊に中破以上の打撃を与えることは難しい。
ぴんこぴんこ席上を腰跳ねつつ、10分強の長考に沈む秋山。
「……やはり、最後は水雷戦隊による夜襲、続けて本艦以下戦艦5による単縦陣でしか決着はつけられんか」
回転椅子でくるくる回りながら結論を出した彼の前から、すでに永野の姿は消えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます